出前人質事件があった夜遅く。犯罪者達も眠りにつくような時間帯にさしかかった頃、ぺいんの電話が鳴った。
「はい。ミンミンボウの伊藤ぺいんです!」
電話番号が非通知だったため相手が誰か分からない。ぺいんは「出前か」と思い、いつものように電話に出たが違ったようだった。
「ふはっ。相変わらず、元気いーね?」
「あのぉ、どちら様でしょう?番号が非通知なので誰か分からなくて………」
数秒後、返ってきた言葉は予想外の人物の名乗りだった。
「久しぶり。ぺんちゃん。不破湊だよー」
「ふわっち!え?ちょっと場所移動するから待って!」
大声を出したぺいんをミンドリーとさぶ郎がいぶかしんだので、ぺいんは二人に心配ないことを伝えた後、店裏のガレージに出た。
「ちょっと待って。ふわっち、なんで、どうして!?」
「ま、いろいろあってね。今はこの街にいる」
どうして彼がこの街に?───いるはずがないと思っていた人物からの電話にぺいんは混乱し始めた。
「今日、うちの子が世話になったみたいで。中華料理屋の店員て聞いたからさ。電話しちゃった」
「え?うちの子?」
「そ。銀行強盗。人質になったっしょ?」
「なったけど?え?ふわっち、そっち側なの?」
「まぁね。No.1、やらせてもらってますわ」
No.1───ぺいんは彼らしいその言い方から、彼がこの街でどういう立ち位置にいるのかを悟った。
「でさ。ぺんちゃん、うちに来ない?若い奴らばっかりでさ、ぺんちゃんみたいな人が必要なのよ」
それは突然の提案だった。彼らしい軽い口調ではあったが、この街での生活を左右するようなお願いである。おそらく言葉通りにぺいんを必要としているのだろう。他の知り合いとは異なり、無碍にはできない彼からの頼みでもある。
しばらくの間、無言で思案していたぺいんだが、意を決して返事を伝えた。
「………行かないよ」
「………」
少しの間、沈黙が流れる。やがて、少し沈んだ声でぽつぽつとぺいんは言葉をつないだ。
「僕ね。中華料理店は家族とやってるんだ。あと、家族団欒してる。この街ではね、前の街でできなかった家族の時間を大事にしたいんだ」
「ピーナッツレースで見かけたよ。緑の髪の人と、ピンクの髪の女の子?」
「そう」
「人だかりできて、目立っていたからね。さすがに気付いちゃった」
「3人でね、レースに参加して移動販売もした」
「楽しかった?」
「楽しいよ。みんなでお店の準備して販売したり、出前行ったり。今日は遊園地にも行った」
静かなぺいんの声とは逆に彼は明るく話しかける。
「そっか。ぺんちゃんにも家族できたか!」
「ふわっちもでしょ?」
「にゃはは」
互いの近況を少しずつ話した。しばらくして、もう一度彼から誘いの話が出た。
「うちに来なくてもいいからさ。そのうちでっかい事、一緒にやらね?」
ぺいんはその言葉に少し思案してから返答した。
「ふわっちとも遊びたいけど、今は答えられない。家族に相談する。ふわっちに悪いようにはしないから、そこは信じて欲しい」
「もちろん」
それなりの時間が過ぎていた。ぺいんも少し気を持ち直してきたところで、久々の交流は終わりを告げた。
「なんか呼ばれたから行くわ」
「ふわっちもさ、今度、お店来てよ」
「指名手配じゃなかったら行くわー」
彼はいつも通りの明るい口調で次の約束を口にし、電話を切った。
「………ふわっちらしいや」
電話を切った後もぺいんはしばらくその場を動けずにいた。
一方、店内ではさぶ郎とミンドリーが、電話をしながら出て行ったぺいんが長い時間戻らないため心配をしていた。
夜も大分更けたので様子を見に行こうとしたところでぺいんが帰ってきた。
戻ってきたぺいんはいつもの明るい様子がなりを潜め、仮面で分かりづらいが少し気持ちが沈んでいるようだった。
「ぺいん君」
「お母さん、電話終わった?」
「ぁ。な、なに?」
「なんか様子おかしいけど、なんかあった?」
「………なんでもないよ」
「なんか声おかしいよ?お母さん元気ない?」
家族はごまかせないのか。しばらく黙っていたぺいんだが、ミンドリーとさぶ郎の問いかけに観念し、少しずつ話し始めた。
「あのさ。昔の知り合いから電話きた」
「俺たちの知っている人?」
「あー。どうだろ。僕の双子の兄弟みたいだったやつなんだけど」
「さぶ郎、その人ならお話だけ聞いたことあるよ」
「そうだね。大分前にさぶ郎には話したことがあったね」
「今、その人が街にいるの?」
「ピーナッツレースに行った時に僕たちを見かけていたらしい」
その後は少し言いづらそうにしたが、黙っていてもしかたないと思い、ぺいんは本題を切り出した。
「まぁ、隠せないから言うけど、そいつからギャングに誘われた」
黒に誘われた、という事実にさぶ郎もミンドリーも驚きを隠せなかった。
「お母さん、ギャング行くの?」とさぶ郎が心配そうにする。
「行かないよ。断った。今、一番大事なのは家族だから。正直、会って話をしたり、遊びたい気持ちはある。けど、ずっとギャングやる気はない。行ったら戻れなくなることも知っているから」
そこまで一気に話したぺいんは一息ついてまた続けた。
「僕、二人と一緒にいたいんだよ」
3人はお互いをじっと見つめあった。その言葉が本心かどうか、見極めているようだった。
やがてミンドリーが口を開いた。
「だったら、傭兵でもいいんじゃないの?」
「は?」
「やりたい事はやりたいって相談してくれた方がいいよ?」
「いやいやいやいや。いきなり話飛びすぎ」
「お母さん、どうするの?」
「また連絡するって言ってたし。時間があれば店に来るって言ってたし。何かあったらその時、もう一度相談するよ」
ぺいんが一つ手を打つと、「はい、この話はここで終わり。明日も朝早いんでしょ?」と話を切り上げた。
3人は元々家族の時間を作りたくてこの街に移住してきた。
だが、実際に住み始めてそれぞれの思惑とは別に、自分たちが何かに巻き込まれていくような予感がした。
コメント
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ストーリー全部神すぎます✨ これからも頑張ってください!! 応援してます!!