いや、違う。
確かに聞こえる。
幼い、少女の声が。
「ねぇってば」
その声は記憶の中の“彼女”とどこか重なるものがあったらしい。
いつに間にか俺は穴からもう一度顔を出していた。
「ご機嫌よう、お嬢ちゃん」
「わ……」
なんて失礼な奴だ。
人の顔を見てこの反応とは…全く礼儀がなってない。
…顔なんてないんだけどな。
「何のようだ?」
「人探しよ」
「そうかい。」
「そう。」
「……」
「……」
そこまで会話が続くと、その少女は何かを期待するようにこちらを見つめる。
「…聞かないの?」
「何をだ?」
「…探してる人のことよ」
「なんで?」
「なんでって…」
そう言うと彼女は言葉を詰まらせた。
「普通は…気になるものでしょう? 私、困ってるのよ」
「……残念、俺は気にならない。」
「小さな女の子がこまってるのに?」
「………」
こりゃ呆れた。
「お邪魔するわね。」
「……は?ちょ、ちょっと待てって。」
俺の返事も聞かずに、その少女は厩舎に中へ入ろうとしてきた。
小さな体は意外にも壁の穴に入るらしく、地面を一生懸命に這いながら、中へと入ってきた。
「お前なぁ…」
もう笑うことしかできない。
「…随分狭いのね、」
「…そうかもな」
「まるで犬小屋よ」
「犬小屋の方がまだマシさ」
少女はぐるりと厩舎を見回すと、やがてこちらをクルッと振り向いて、手を差し出した。
「私、ナリア。ナリア・グラスレットよ」
自己紹介をしたナリアは自慢げに笑う。
「…おいおい…冗談じゃねぇよ…」
グラスレットって言ったら、ここらじゃ有名な貴族じゃねぇか。
俺なんかが相手できる家系じゃないぞ
「あのな?お嬢さん。」
「ナリアよ」
「そうかよ…あのな、ナリア。此処はお前さんみたいな貴族が来る場所じゃない。
とっとと帰んな。」
「でも、人探ししてるのよ!」
「そんなもん、召使いだのメイドだのに頼めばいいだろう?」
そこまで言ってナリアに顔を向けると、俯いて目を逸らした。
「…メイド達は…忙しいのよ」
「…へぇ? それでもこんな場所にお嬢さん一人で向かわせないだろ?」
「………」
ナリアは何も答えない。
「…冗談だよな…?」
「冗談だったらよかったわね」
「…まじかよ」
“治安が悪い”で有名なこの街区に年端もいかぬ女児一人で向かわせるとは…
なかなかの親らしい。
ナリアは悲しげな表情を見せたかと思うと、その場に座り込んでしまった。
「ま、待てって…此処で泊まられても困るんだよ…」
「……いいじゃない…私、行く宛がないの」
「…宿屋は?」
「お金持ってないわ」
「いつ俺が金取らないって言ったよ…そもそも泊まらせない」
「…私に野宿でもしろって言うの?」
「………」
確かに、こんないい家柄の少女がこの町で野宿をして、無事なはずがない。
「……わかった、泊めてやるよ。」
「やったー!」
満面の笑みを浮かべた彼女は俺の体に抱きつく。
「離せって!」
「やーだよ!」
「……」
本当なら怒鳴りつけて外に放り出したいところだが、幼いとはいえ彼女の名門貴族の後継ぎなのだ。
下手な真似をしたら後でどんな目に遭うかわからない。
ナリアはパタンと動かなくなったと思うと、そのまま寝息を立てて寝始めた。
白に水色のグラデーションがかかった髪、真っ白な肌。
どこか記憶の中の“彼女”と重なる気がする。
きっとコイツを此処に泊めることにしたのもそれが理由だろう。
まだ忘れてないんだな… とんだ惚気野郎だ…自分に呆れて乾いた笑いがこぼれる。
そのまま動くこともできずに、夜を迎え、一睡もできないまま、朝を迎えたのだった。
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