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こうなったら生来の小心者の私でもなんでもする。実は高校時代に一年だけ剣道の基本を学んだのだ。
私は頑丈そうな扉に鍵を差し込んだ。取っ手を回す。重々しい音に続いて、耳に入る歌声が一際大きくなった。
部屋には、左側には砂嵐を映したテレビと看守用だろうか丸椅子があり、右側には3つの鉄格子の牢屋がある。一番奥に歌を歌っている寝間着姿の青年が入っていた。そして、真中の牢屋にはこれも同じく寝間着姿の中年男性がいた。手前の牢屋は空っぽだった。
「どうしたんですか? 大丈夫ですか?」
歌うのを止めた青年に、呉林が優しく声をかけた。
「あなたたちは? 僕は何か悪いことをしたんですか? 寝た時までは覚えているんですが」
青年は努めて落ち着いているような口調でいったが、だいぶ混乱しているはずだ。若者らしい薄い青い色の上下の寝巻き姿だ。
それに、看守用のジャンパーを着ている私を当然、看守と間違えているようだった。
「君達、俺は夜からの記憶がないんだ。俺は何かしちまったのか」
中年の男は真剣な眼差しで、私の方を見た。その顔は怯えていて青冷めている。オーソドックスな黒の上下の寝巻き姿だった。
「大丈夫です。ここは特別なところですが、私たちが何とかするのでご安心ください」
呉林が珍しく敬語を使う。呪い師の不思議な雰囲気はこの時、効果を発した。誰でも安心しそうな説得力がある。
「特別! 特別って何だ!」
中年の男が鉄格子を掴んで、呉林に噛みつくように吠える。
「夢の世界のようなものよ。この悪夢を信じる信じないは別だけど」
呉林は敬語を止めて優しく言った。普段と違うのは呪い師の雰囲気を纏ったところだ。
「夢の世界って、本当なんですか」
青年は少々驚いた顔をしているが、呉林の言葉に半信半疑だ。
「夢。そんな話は聞いてない! 何でここに俺は入れられたんだ!」
ビジネスマン風の中年の男はまったく信じていないようだ。無理もない。私も未だに信じてはいない。いや、信じたくはない。けれど、現実ならば受け入れないとどうにもならないこともある。