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シンデレラが来ているとソフィアに教えてくれたのは、若くして騎士団長になったレオさんだった。
レオさんはセオドアさまの護衛につくことがあるので、ソフィアとも顔合わせを済ませていた。
筋骨隆々の体に、黒髪黒目の精悍な偉丈夫だ。
セオドアさまの剣と護身術の訓練も担当しているのだとか。
つまりセオドアさまの見事な逆三角形を作ったのは、レオさんだったのね。
レオさんは一礼すると報告を始める。
「ソフィアさまに会うまでは帰らないと、シンデレラ嬢が門前で座り込みを始めてしまってね。世間体が悪いんじゃないかと伝えに来たんだ」
アポなしの突撃だけでなく、座り込みまで……。
グレイスがシンデレラを止めるはずがないし、こうなってしまってはあの子は梃子でも動かないでしょうね。
「私がシンデレラに会うことは可能でしょうか?」
「規則で、約束がない客をお城に入れてはいけないんだけど、話が出来る位置まで案内することはできるよ」
レオさんの好意に甘え、ソフィアはシンデレラが座り込む門前の近くまで連れていってもらった。
そこには――ラスボス装備のシンデレラが、胡坐をかいていた。
胡坐?
シンデレラが胡坐?
どこまで私のシンデレライメージを破壊しつくす気なの!
「シンデレラ、そんな座り方をしてはいけないわ」
「来たわね、ソフィア! 私はグレイスと違ってすんなり諦めたりはしないわよ! さあ、私の王子さまを返しなさい!」
ということは、グレイスはセオドアさまを諦めたのね。
さっさと見切りをつけて別の人を狙うのは確かにグレイスらしい。
グレイスは恋愛についてはサバサバ系なのだ。
むしろ異様に根性があるシンデレラの方が厄介なのよ。
「シンデレラ、よく聞いて。王子さまが見染めてくれたのは、間違いなく私だったの。貴女ではなかったのよ」
「そんなの嘘よ! だって魔法使いが言っていたわ。魔法で願いを叶えてあげられるのは心のきれいな令嬢だけ。そしてそれは、将来のお妃さまにふさわしい人なんだって! つまり魔法のドレスと靴を持っている、私がお妃さまになるってことなのよ!」
「え? 本当に魔法使いがそんなことを言ったの?」
魔法をかけるのにそんな前提条件があったなんて、全然知らなかったわ。
「間違いないわ! 本人の口からも証言させたいんだけど、魔力切れとかでずっと寝込んでいるみたいで、今は呼べないのよ!」
間違いなくその魔力切れは、水色のドレスを何度も仕様変更させたラスボス装備のせいだろう。
「そういうことだから、ソフィアはさっさと家に戻って、私の代わりに家事をしてちょうだい! 私が今日から王子さまの隣に立つわ!」
今にも門を乗り越えようとしているシンデレラを、レオさんが必死に押しとどめている。
「シンデレラ、どうしたら諦めてくれる?」
「諦めないわよ! 私がお妃さまになるんだから! 王子さまは私のものなのよ!」
堂々巡りで埒が明かない。
「ソフィアさま、俺が責任を持って家に送り返してくるから。もうお城の中へ戻ってていいよ」
レオさんが手を振って、ソフィアを下がらせる。
シンデレラはレオさんによって肩に担がれ、叫び声とともに門から遠ざかっていった。
「シンデレラ、どこまで未知数なの」
それからシンデレラは毎日のように門前にやってきては、レオさんに担がれ帰っていった。
そろそろ10日目になるかという頃、レオさんがソフィアを訪ねてきた。
「ソフィアさま、シンデレラ嬢のことなんだけどさ。どうしてお妃さまになりたいか、知ってる?」
どうしてお妃さまになりたいか?
それは王子さまのことが好きだからではないの?
ソフィアはそう返したが、思いもよらない答えがレオさんから返ってきた。
「家事をしたくないからなんだって。お妃さまになれば使用人が家事をしてくれるから、自分はしなくていいだろ?」
「え?」
そんな理由で?
そんな理由であの子は舞踏会の日にお城までガラスの靴で走ってきたの?
あんな重たそうなラスボス装備のままで?
実は、この武勇伝をソフィアに教えてくれたのもレオさんだった。
どうやらこの10日間で、レオさんとシンデレラは忌憚なく話す仲になったようだ。
シンデレラを担いで帰る道すがら、シンデレラの言い分を否定せず聞いてくれたレオさんに、シンデレラも色々ぶっちゃけたのだろう。
あんなに苦労したのに無駄になったとシンデレラから聞いたとき、レオさんはふと思ったそうだ。
「もういっそのこと令嬢を辞めたらどうかな? 騎士見習いにでもなって、家から出たほうがいいと思ったんだよ」
「令嬢を……辞める?」
「シンデレラ嬢はすごく根性があるだろう? それに負けず嫌いだ。教育さえ間違えなければ、真っすぐないい騎士になると思うよ」
ついにシンデレラが令嬢枠から飛び出すかもしれない状況に、私のシンデレライメージは粉砕した。
シンデレラが騎士見習い?
でも考えてみれば、ソフィアもシンデレラを噛み付き癖のある闘犬呼ばわりしていたじゃない。
ガッツはあるのよ、闘魂も……。
ソフィアはしばらく悩んで、もしシンデレラがそちらの道を選ぶならば、レオさんに後見をお願いしてもいいか聞いた。
「任せておきなよ、新人を教育するのはお手の物だ。嫌いな家事をいやいやするより、伸び伸び暴れたほうがいい。俺がつきっきりで見ていてやるから」
レオさんの頼もしい言葉にソフィアは感謝の意を告げた。
そうよ、シンデレラがなりたいというのなら、ソフィアは応援するわ。
そんなにまで家事が嫌いだったとは……知らなかったけど。
はあ。
これまでシンデレラが壊した数々のものを思い出して、ソフィアは溜め息をついた。
これであの家に残ったのはグレイスだけになったわね。
きっとグレイスも家事を嫌がるわ。
でも、ソフィアもシンデレラも家を出てしまうなら、自分でするしかないわよね?
大丈夫かしらとグレイスを心配していたソフィアだったが、この後、シンデレラが騎士見習いになって家を出ると聞いたグレイスが、あっというまに裕福な貿易商を捕まえて結婚してしまうのは、たった1か月後のことだった。
むしろ入団準備や、制服を新調してもらっていたシンデレラの方が、グレイスの後に家を出た。
まんまと最後まで家事を押し付けられて、シンデレラは相当お冠だったようだ。
シンデレラが騎士見習いになる日、ソフィアはレオさんに案内されて入団式を見に行った。
真新しい制服に身を包み、ちょっと興奮に頬を染めて、嬉しそうに他の入団生と列へ並んだシンデレラがいた。
ソフィアは、ずっと自分がシンデレラを『シンデレラ』という枠にはめていたことに気がつき、申し訳なく思った。
家事が嫌いなシンデレラ。
落ち着きのないシンデレラ。
燃える闘魂のシンデレラ。
どれもシンデレラの真実だ。
私が勝手に童話シンデレラの世界だと思って、シンデレラにストーリー通りのことをさせようとしてしまった。
ストーリーはすでに瓦解している。
ソフィアがいい証拠だ。
シンデレラにも、これからは好きに生きてもらいたい。
ガラスの靴でお城まで完走しようが、ギラギラのドレスで胡坐をかこうが、それがシンデレラなのだ。
ソフィアは並ぶシンデレラに近づき、お祝いの言葉を贈る。
「おめでとう、シンデレラ。制服がとても好く似合っているわ。あのドレスよりもね」
「なによ、私はなんでも着こなせるんだから! 騎士見習いになったら、身の回りのことは自分でしないといけないけど、家事はしてくれる人がいるんだって。レオが言ってた。こんなに簡単に家事から逃げられるなら、もっと早く騎士見習いになりたかったわ!」
シンデレラは心底嬉しそうだった。
良かった、本当に良かった。
シンデレラの場所を奪ってしまったのではないかと、悩んだこともあった。
セオドアさまから愛を囁かれるたび、嬉しさと反対の気持ちも、どこかに確かにあったのだ。
罪悪感、申し訳なさ、ソフィアでいいのかという思い。
だけどソフィアも、今はセオドアさまをお慕いするようになってしまって――。
「シンデレラ、私、王子さまと幸せになるね」
「そうね、お妃さまはすることがたくさんありそうで面倒だから、ソフィアに譲るわ! 頑張ってね!」
シンデレラが太陽のように笑う。
その笑顔が眩しくて、ソフィアは目を細めたのだった。