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昨日帰らなかった?
湊の言葉は私にとって衝撃だった。
あんな状態だったのに、連絡も無く帰らないなんて考えてもいなかった。
私も帰らなかったんだから、湊だけを責めることは出来ないかもしれないけど。
でも私と湊は違う。
マンションに帰らないで彼女と何をしてたの?
そんなの……聞かなくても分かる。
湊は彼女と……。
言葉の出ない私に、湊は気まずそうに続けた。
「彼女は仕事で悩んでて……弱ってたから放っておけなかったんだ」
悩んでた? 弱ってた?
信じられない。
昨日私の前で、湊に明るく笑いかけていたのに。
藤原雪斗にだって楽しそうに話しかけていて……私よりずっと幸せそうに見えた。
「私だって弱ってた! 湊にこんな風に裏切られて!」
耐えられなくて叫ぶと、湊は顔をしかめて溜息を吐いた。
ずっと分からなかった湊の気持ちだけど、今だけは良く分かる。
私の事を疎ましく思ってて……今、憂鬱な気持になっている。
湊はどうしてこんな態度がとれるんだろう。
さっきから、言い訳ばかりで謝りもしない。
「私は彼女よりずっと傷付いてる。湊に裏切られて……どうしてこんなに酷いことが出来るの?」
「……美月を傷付けようとした訳じゃない」
「……」
「あんな所で偶然会うなんて思わなかった」
「ばれる訳無いと思ってたの? こんな近くで浮気して……何考えてるの?!」
強く責めると、湊は私を睨む様に見据えた。
「浮気なんかじゃない」
「じゃあ何? あの人と付き合ってるんでしょ?」
今更どんな弁解をされても信じられない。
湊の彼女に向ける笑顔はどんな言葉より真実を語ってたんだから。
でも、湊はいい訳なんかしなかった。
「彼女とは疚しい関係じゃ無い。けど俺は彼女が好きだよ、浮気じゃなく本気だ」
浮気じゃなくて本気。
湊はどこまで私を傷付けるんだろう。
湊への恋心も、幸せな思い出も、少しは残っていた自尊心も何もかもが粉々に砕け散っていく。
胸が痛くて、目の奥も痛い。
でもなぜか涙は出て来なかった。
こんなに苦しいのに……。
「本気とまで言って疚しい関係じゃないなんて嘘つかないで」
声だけは震えているけれど、湊はもう私の変化なんて気に留めないのか、素っ気なく答えた。
「美月が疑ってる様な体の関係は無いって事だよ」
「そんなの信じられる訳無いでしょ?」
大人の男女が一晩過ごしていて、しかも湊は彼女を好きなのに。
でも湊は自嘲する様に笑う。
「俺が出来ないのは美月がよく知ってるだろ?」
「それは!……でも……」
私と出来なくても彼女とは出来るんじゃないの?
湊の言ってることは本当なの?
彼女とは本当に関係していない?
でも……そうだとしても何の救いも無い。
だって湊の話が本当なら体の関係無しに彼女に惹かれたことになる。
それは、湊の本気と二人の精神的な絆の強さを知らされた様なものだった。
「……どうして?」
無意識に零れた言葉に、湊が怪訝そうな顔をする。
「え?」
その態度に怒りが込み上げて来て、私は落ち着きも冷静さも失って叫んだ。
「本気なんて言う相手が居るのにどうして私と別れなかったの!?」
「……」
「どうしてこのマンションを出て行かなかったの?」
湊は眉をひそめ俯き答えない。
逆に私は止まらなくなり更に言い募る。
「私この前聞いたよね? 好きな人が出来たのって……どうしてその時本当のことを言わなかったの!?」
「……」
「何で黙ってるの? 何とか言ってよ!」
一際強く言うと、湊は顔を上げ、私を睨んだ。
「そうやって責めて来るところが嫌なんだよ!」
「な、何言ってるの? 今そんな話は……」
「俺は美月とやっていこうと思ってた。やり直すつもりだった」
湊が何を言ってるのか分からない。
彼女を本気だと言ったり、私とやり直したいって言ったり。
まるで別人の様に見える。
唖然とする私に気付かずに湊は続ける。
「彼女とは距離を置かないといけないと思ってた。少しずつ離れようと思ってた時に美月に知られたんだ」
「何それ……彼女が好きなんじゃないの? だったら私とやっていくなんて無理でしょ?」
「彼女とは先が無いから……それに美月とは結婚するって言ってたし、戻らなきゃいけないと思った」
「……どうして先が無いの?」
「彼女は一度結婚に失敗していて、もう結婚する気は無いって言ってるんだ、一緒に住んでないけど子供も居る」
「子供?」
「ああ」
湊はその後も続けて何か言っていた。
でも私の耳には入って来なかった。
聞くまでも無い。
結局湊は計算していただけだって。
彼女とは先が無いから私を保険にしていただけなんだって分かったから。
私を好きだから別れなかった訳じゃない。
彼女と別れた時、一人になりたくないから。
それから、私と居れば生活が便利だったからかもしれない。
だって私は都合がいい女だった。
家事をやり、生活費も平等に半分出し、湊を束縛もしなかった。
束縛出来なかった。嫌われるのが恐くて。
湊にとって理想的な生活。
便利な私と好きな彼女。
……最低。
こんな人じゃ無かった。
昔は優しくて、思いやりが有って……どうして変わってしまったの?
「湊は変わったよね、こんな卑怯な人になるなんて……軽蔑する」
悲しさと悔しさをぶつける様に言うと、湊は顔を大きく歪めた。
「美月はいつもそうだな。自分が正しいって顔して人を見下して……今だって俺を責めてばっかりいるけど、自分も悪かったって考えないのか?」
「私が悪い? 何言ってるの?」
「俺は確かに心変わりしたよ。でもそうなった原因は美月にも有るだろ?」
「私のせいにするの?」
信じられなかった。
こんな場面で裏切られた私が責められるなんて。
「何で黙ってるの? 何とか言ってよ!」
一際強く言うと、湊は顔を上げ、私を睨んだ。
「俺がどうして美月を嫌になったか考えもしないんだな!」
湊のキツイ言葉が胸に突き刺さった。
嫌になった……こんなにはっきりと言われてしまうなんて。
「……私を嫌いになったのは、彼女を好きになったからでしょ?」
湊がいつから彼女と付き合ってたのか分からない。
でもその間、私はそんな事も知らずに湊と仲良くなりたいって努力していた。
……馬鹿みたい。
何をしたって湊に気持ちが届く訳が無かったのに。
「勘違いするなよ。逆だよ」
「何が?」
「美月と上手くいかなくなった後に彼女を好きになった。原因は彼女じゃない」
「私の……何が悪いって言うの?」
責任転嫁にしか聞こえない。
私は湊を蔑ろにした事なんて無かったし、家事も殆ど一人でやっていた。
嫌われるような事はしなかった、ちゃんとやってたのに。
湊は薄く笑って私を見た。
「本当に分かってないんだな」
「……」
「美月は優しさの欠片も無かったよ」
「優しさ?」
「俺が仕事の事で悩んでいても、ろくに話を聞かなかっただろ?」
「そんなことない!湊が悩んでた事は知ってたし、私ちゃんと話を聞いたでしょ?」
自分なりに考えて、湊に答えた。
それからセックスレスになっても、責めないようにしていた。
自分の辛さに耐えて湊を気遣った。
それなのにどうして……。