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ーー十年が過ぎた。
京本は結婚した。
穏やかで、理解のある人だった。過去を詮索せず、沈黙を尊重してくれる。
式の日、京本の左手には、指輪が二つあった。
一つは妻のもの。もう一つは、誰にも見せない、ジェシーのためのもの。
夜、京本は引き出しから小さな箱を取り出す。
中には、細い銀の指輪。あの病室で、ジェシーに渡すはずだったものだ。
渡せなかった代わりに、京本は自分の指にそれを嵌め続けている。
忘れない——それが、京本の生き方になった。
妻は、ある夜、静かに言った。
「あなたの中に、大切な人がいるのね」
京本は否定しなかった。肯定もしなかった。ただ、指輪に触れた。
窓の外で、春の風が桜を揺らす。京本は空を見上げる。
あの街の空も、同じ色だっただろうかと、思う。
二つの指輪は、失われた時間と、選び取った現在を同時に支えている。
京本は今日も、忘れない。
それが、ジェシーとの約束だから。