それから有明りんかい基地に到着したのは、日が暮れる頃のことだ。
とりあえず長谷川に声を掛けようと思い、通りすがりの隊員に居場所を尋ねる。が、今日はあいにくと非番らしく、帰省しているとの事だった。
うわー、マジか…。
なるべく鳴海に直接書類を渡すことは避けたかったが、背に腹はかえられぬというやつだ。
諦めて執務室に足を進めた。
…なんやこの、胸騒ぎは。
執務室に近づくにつれ、心拍数が上がっているのが分かる。心なしか甘い匂いも漂っている気がして、どうにも落ち着かない。
…ん?この匂い、どこかで…
考えている内に、匂いはどんどん強くなっていく。ドアの前に辿り着いた時にはもう、頬は蒸気し呼吸は乱れていた。
この扉を開けてはならない。引き返せ。頭の中でそんな警告が鳴り響く。
だが気が付けば、震える手でドアノブを握ってしてしまっていた。
おかしい、何やこれ…!
どうにも理性が働かない。本能のままに突き動かされているような。
ガチャッ
自分の手が扉を開ける、絶望的な音がした。
次の瞬間。
ぶわりとあの甘い匂いが強くなり、鼻を刺激してくる。クラクラしそうなほど甘美なその香りに、惹き付けられるように近づいてしまう。
「…だれ、だ…」
布団にうずくまりながらこちらを睨む部屋主─そう、彼こそが日本防衛隊最強の男、鳴海弦。
、でも。今の彼はどうだ。耳まで赤くなり、ぐずぐずに蕩けた顔で必死に何かに耐えている。掛け布団を抱きしめながら肩で息をする彼は酷く厭らしく見えた。
「なるみ、たいちょ…?」
「!?な、んで、居るんだ、オカッパ…!」
「…」
答えることはせず、ダンボールだらけの部屋に足を踏み入れる。
1歩、また1歩と鳴海に近寄ると、怯えたようにビクリと肩を揺らしている。
「なぁ、アンタもしかして…」
「くるなっ、どっかいけ…!」
「なぁ」
正直もう、限界だった。
鳴海の上に馬乗りになり、手首を掴む。それだけで小さく声を漏らす鳴海がどうにも見慣れなくて、なんだか加虐心が煽られる。
「アンタ、Ωやったんやなぁ…笑」
「ゃ、は、はなせッ」
「んー…」
スリ、と首筋に鼻を埋める。
あぁ、なるほど…あの甘い匂い、鳴海隊長のフェロモンやったんや…。
なんて頭の隅っこでぼんやり考える。
「なるみたいちょう、」
「ッや、め…」
嫌がる鳴海に覆いかぶさりながら、涙に濡れた瞳を舐め上げる。
「ひッ…!?」
「…あま、」
しょっぱいはずの涙は、何故だか甘い味がした。ヒート時のΩは体液が甘くなるのだといつだったか聞いたことがあるが、今の保科にとっては全てどうでもいいことだった。
「ぃやだッ、保科っ…!」