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第五話 秘密のカメラ
「人は、見せたいものほど隠してしまう。」
桜の季節が少しずつ終わりを迎えていた。
校庭の木々にはまだ淡い色が残っている。
でも、風が吹くたびに
花びらは少しずつ減っていった。
四月の終わり。
新しいクラスにも慣れ始めた頃。
湊は放課後の教室で、一人机に向かっていた。
窓の外を見る。
夕方の光が校舎をオレンジ色に染めている。
カメラを取り出し、窓辺に近づいた。
最近、写真を撮る時間が増えた。
理由は分かっている。
今までなら、綺麗な景色を見つけたら撮っていた。
でも最近は違う。
「誰かに見せたい」
そう思うことが増えた。
スマートフォンではなく、一眼レフを構える。
窓の向こう。
誰もいないグラウンド。
夕日に照らされた校舎。
静かな放課後。
カシャッ。
シャッター音が響く。
「やっぱり、撮ってた。」
突然の声に、湊は振り返った。
そこには紬が立っていた。
「朝比奈。」
「忘れ物取りに来たら、カメラ持ってるから。」
紬は笑う。
「神崎くん、本当に写真好きなんだね。」
「……うん。」
「見てもいい?」
少し迷ってから、湊はカメラを渡した。
紬は一枚一枚、ゆっくり写真を見る。
桜。
雨上がりの街。
屋上から見た景色。
誰もいない教室。
「……やっぱり好き。」
紬が小さく言う。
「何が?」
「神崎くんの写真。」
画面を見る紬の目は、本当に楽しそうだった。
「なんかね。」
「全部、静かなのに寂しくない。」
その言葉に、湊は少し驚いた。
そんなふうに写真を見てもらったことはなかった。
「普通は、もっと派手な写真を撮るんじゃない?」
「私は好きだよ。」
紬は迷いなく言った。
「神崎くんが見つけたものだから。」
その言葉に、湊は何も返せなかった。
*
「ねえ。」
紬が少しだけ声のトーンを落とす。
「私も、見せたいものがある。」
「写真?」
「ううん。」
紬は首を横に振る。
「場所。」
少し意外だった。
「場所?」
「うん。」
「私、小さい頃から好きな場所があるの。」
紬は窓の外を見る。
「でも、誰にも教えたことない。」
「じゃあ、なんで俺に?」
湊が聞くと、紬は少し考えた。
そして、静かに笑った。
「神崎くんが、大切な場所を教えてくれたから。」
その答えに、湊は言葉を失う。
自分だけの場所。
自分だけの景色。
それを誰かに渡すということ。
それがどれだけ特別なことなのか、
湊には分かっていた。
*
その日の帰り道。
二人は駅まで並んで歩いた。
話すことは多くなかった。
でも、沈黙が嫌ではなかった。
ふと、紬が空を見上げる。
「夕焼けって、不思議だよね。」
「?」
「同じ空なのに、毎日違って見える。」
湊は空を見る。
確かにそうだった。
昨日と同じ場所。
同じ時間。
それでも、今日しか見えない色がある。
「写真と似てる。」
湊が言う。
紬は笑った。
「やっぱり神崎くんらしい。」
その笑顔を見て、湊は思った。
この瞬間も、残したい。
でも、カメラは取り出さなかった。
写真にしなくても、
大切だと思える時間があることを知ったから。
*
駅で別れる直前。
紬が振り返る。
「神崎くん。」
「なに?」
「今度、私の秘密の場所……一緒に行こうね。」
「うん。」
約束。
また一つ、小さな約束が増えた。
春の終わり。
二人の距離は、少しずつ変わり始めていた。
📷 Photo.005『残さなかった一枚』
シャッターを切らなかった瞬間ほど、
忘れられないことがある。
コメント
2件
写真って一部を切り取るものですよね!でも、きりとらないほうがいいものもある。 心で感じたり、心に残った瞬間は撮ることができない。 そういうことを書きたくてそのオチにして見ました!
「写真に残さなかった瞬間ほど忘れられない」ってオチ、めっちゃ沁みたわ……。湊が紬に「全部静かなのに寂しくない」って言われてるシーンでグッときた。自分の視点をそのまま肯定してもらえるのって、めっちゃ特別なことだよな。秘密の場所の約束、次が気になる🔥
#同棲
🔹羅碧🔹
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