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寝室の鍵は、それから二週間もの間、開かなかった。すかーも夢魔も何度かノックをしたり、声をかけたりはしたが――
「……ネグ、開けへんか?」
「ネグ……心配だよ」
けれど、佐藤からは返事ひとつないまま。
すかーは扉に額を押しつけ、夢魔は静かに手を当てながら、ため息をつくしかなかった。
それでも二人は諦めず、毎日静かにそこに居続けた。
そして――
ちょうど二週間が経ったころ。
ガチャリ。
唐突に、寝室の鍵が開く音がした。
すかーと夢魔が顔を見合わせ、驚いたように扉を見ると――
そこには、風呂上がりらしい佐藤が立っていた。
髪はまだ湿っていて、動きやすそうなズボン姿。
「ふあ……」
小さく欠伸をしながら、ゆるく背伸びをする佐藤。
その姿に、すかーも夢魔もほっとしたような表情を見せたが――
その瞬間、佐藤のスマホが鳴った。
画面を見ると、会社の先輩からだった。
佐藤は無言で応答ボタンを押し、そのまま静かに話を聞く。
「――……は?」
内容は、徹夜して作り上げた資料が消えた、というものだった。
「……あー、そうなんですねー、じゃあ、そっち向かいますよ〜」
佐藤の声は明るく、それでいて完全に感情が抜け落ちたようなトーンだった。
そのまま歩きながら靴を手に取り、ベランダの前に置く。
「へぇー、徹夜したのに? へぇ……」
その横顔は、まるで別人のように冷たく、目はまったく笑っていなかった。
すかーがすぐに声をかけた。
「ネグ……?」
夢魔も続く。
「ネグ、大丈夫……?」
けれど佐藤はただ、先輩の話を右から左に聞き流しながら、ゆっくりとベランダの前へ歩み寄っていく。
「へー、ふーん……」
先輩の声は続いていた。
「だからさ!もう1回作ってよ!どうせ、佐藤さん暇でしょ?」
その瞬間――
ピシッ。
扉を殴った音が、部屋に響いた。
佐藤は静かに口を開く。
「……暇、か……ふぅん、まぁ、そうですね」
「じゃあ!」
「5徹もして、寝ずに頑張った資料を簡単になくして、オマケに暇だから作れって言った貴方よりは暇ですね~」
「で? 先輩は彼氏とラブラブイチャイチャですか? へー、それは大層、暇じゃないですねぇ、ふぅん……」
その声は、氷のように冷たかった。
先輩が何か必死で言い訳をしているのが聞こえたが、佐藤の耳にはもう何も入っていなかった。
「……ごめん、車出して」
すかーと夢魔にだけ、短くそう伝えた。
「わ、わかった!」
2人はすぐに玄関へ向かおうとしたが――
佐藤はもう深くため息をつき、靴を履き始めていた。
「さてと……わしが優しいのは午前中まで、ですよ?」
電話を切ると、すかーと夢魔が再び声をかけた。
「佐藤ー? 行かないのー?」
「ネグ、待って……!」
だが佐藤は完全に冷静さを失っていた。
車で行くよりも、自分なりの近道のほうが早い――そんな疲れ切った思考が頭を支配していた。
そのまま、ベランダの手すりに手をつく。
「おい……っ!!」
「ネグ、やめ――!!」
すかーと夢魔は同時に叫んだが、佐藤はもう動き出していた。
ベランダの外へと――
16階建てのマンション、その上から5番目の高さ。
地面とはかなりの距離がある。
それでも、佐藤はまるで何も感じていないように、次の建物へと飛び移った。
その姿は、まるでパルクール。
無駄な動きがひとつもなく、ただ一直線に、目的地へ向かって――
すかーと夢魔は、ハッと息を呑み、すぐに追いかけ始めた。
「ネグ……!!」
「待って!!」
けれど佐藤は、もう2人の声など届かないほどに、怒りと疲れで頭の中がいっぱいだった。
ただ――止まる理由なんて、どこにもなかった。