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「ますます状況が分かんないんだけど。何で冴木と弟と美奈が会合してんだよ」
二宮くんがスマホの画面から、私の方に視線を移した。てか、会合て。
「ココに向かう途中に美奈さんに話があるって呼び出されて、渡り廊下に移動したら、下の階から二宮弟がウチラを見つけて心配して駆けつけてくれた」
二宮くんの質問に簡潔に答え、お弁当を食べ続ける。
「美奈の話って、何?」
「二宮くんの迷惑になるから、あんまり傍にいないで欲しい的な?」
「で? 冴木は何て答えたの?」
「…………」
……アレ。私、何て答えたんだっけ? 箸を動かす手を止めて、さっきの出来事を思い出してみる。……答えてないかも。その質問。
「まぁ、冴木にとって俺は教科書要員だもんな。そもそも授業中と昼休み以外一緒になんかいないのにな。傍からは仲良く見えるのかねぇ、俺らって」
黙っていた私に、二宮くんが同意を求める様に話しかけた。
『実際、仲良くなんかないのに、仲良しに見えるのかねぇ?』ってことだろうか。
何となく答えたくなくて、返事も頷きもせずにお弁当に視線を落とす。
残りのおかずを食べる気にもなれなくて、お弁当に蓋をして片していると、
「冴木は、本当に弟のこと何とも思ってないの?」
私の気持ちに気付きもしていない様子の二宮くんが、的の外れた質問をしてきた。
「思ってないって言ったじゃん。なんで?」
「何だかんだ仲イイからさ、冴木と弟。なんか、弟と仲の良い女って、どうしてもヤリマンに見えて、ちょっとなんか………」
私は二宮くんの友達にもなれないどころか、『ヤリマン』にしか見られていなかった。
「言う程仲良くないよ、二宮弟とは。連絡先も交換してないし、下の名前もさっき知ったくらいだし」
それでも、誤解を解こうとする。誤解を解いたところで、元々イメージが悪かった私の株が上昇するわけでもないのに。
「ふーん。まぁ、冴木は『もう、誰も好きにならない』んだもんな」
二宮くんが、言って後悔して、なんならちょっと忘れかけていた私の言葉を口にした。
でも、その方が良いのだろう。だって、何一つ上手く行かない。
どんなに反省しても赦されない。
人を裏切って傷付けたんだ。当然だ。私も二宮弟も、それだけのことをしてしまったんだ。
だから、ヤリマンに見られようが、ビッチと呼ばれようが、仕方のないことなんだ。でも、せめて……。
「簡単に赦してもらおうなんて思ってない。だけど、ちゃんと反省はしてるんだよ。二宮弟も、私も。それだけは、認めて欲しい」
懇願する様に二宮くんを見つめると、
「『二宮弟も、私も』ねぇ……。ヤリマンヤリチンコンビ、調子いいね」
二宮くんが「久々に胸クソ悪い言い訳聞いたわ」と顔を歪ませて嘲った。 言い訳なんかじゃなかったのに。
私の言葉は、二宮くんには響かない。
二宮弟の勘、大ハズレだよ。ハズレすぎもいいところだ。
もうこれ以上言うこともないから黙っていると、予鈴が鳴った。5時間目が始まる。
でもなんとなく、二宮くんの隣で教科書を見せてもらいながら授業を受けるのが気まずくて、重い腰が上がらない。足が、動きたがらない。
「冴木、何してんだよ。授業、遅れるだろうが」
そんな私の手首を、二宮くんが掴んだ。 どうしても行きたくなくて、フルフルと首を左右に振る。
「お前、余裕で授業サボれるほど頭良くないだろうが」
そんな抵抗が二宮くんに通用するワケもなく、今度は私の腕を掴んで無理矢理立たせようとする二宮くん。
私のやること成すこと全て、二宮くんには受け入れてもらえない。
「私のこと、赦してくれなくても、信じてくれなくても、軽蔑しててもいいよ。でも、ちょっとだけでいいから耳を貸して欲しい。……て言うのも調子がいいのかな」
二宮くんに抵抗するのも無駄な気がして、しょうもない笑顔を取り繕いながら自ら立ち上がると、
「……赦すって、別に俺が冴木に何かされたわけじゃねぇし。さすがに信用も薄いし軽蔑も若干はしてるけど、前ほどじゃないから。今は冴木のこと、そこまで悪人とは思ってないから。だから、必要以上に自分下げるなよ。……分かったから。認めるから。2人の反省は認めるから、だから授業サボんな」
二宮くんが「そんな顔すんな」と私の右頬を引っ張った。
「……だけど」
そして左頬も引っ張り出す二宮くん。どんどん私の顔が横に伸びてゆく。
「冴木が弟と付き合うようなことがあったら、一生『ヤリマン』って呼び続けるから」
人の顔を変形させておいて、二宮くんの目は全然笑ってなくて。
「だから、それはないっつーの」
喋りにくい口で否定すると、
「変な顔。……て、そんな場合じゃねーわ。走るぞ、冴木。5時間目に遅れる」
散々ヒトの顔で遊んでおいて何を言うか、二宮くん。そんな二宮くんとダッシュで教室に戻った。
—————その日の放課後。生徒玄関で靴を履き替えていると、
「冴木」
誰かに肩を叩かれた。 振り向くと、
「……何か用?」
サーファー兼ポエット改め、ボーダー兼ポエットの美奈さんがいた。
「さっき、渉に告白してきたよ。ちゃんと、正攻法で」
その前に1コ仕掛けたじゃねーか。と突っ込んでやろうかと思ったけど、真正面からぶつかりに行った勇気を讃え、飲み込んだ。
「……どうだった?」
「気になるんだ?」
もったいぶって焦らす美奈さん。
「イヤイヤイヤ。それを言いたくて呼び止めたんじゃないの?」
ていうか、正直心底気になる。『正攻法で行くべき』なんて背中押しちゃう様な発言をしたことを激しく後悔。
2人は、よりを戻してしまうのだろうか。
「別に結果を伝えに来たんじゃないし。冴木に【裏でこそこそ小細工する女】って思われてそうなのが嫌だっただけ。どうせ渉から聞けるだろうから先に言っちゃうと、振られたよ」
美奈さんが、どこかスッキリした顔をしていた。 「……そっか」
「ホっとした? 冴木、渉のことが好きだもんね」
美奈さんが意地悪に笑いながら、私の顔を覗き込んだ。
「……言わないって言ったっしょ」
頑なに口を噤むと、
「あっそ。まぁ、私の使い古しを狙ってせいぜい頑張りなよ」
美奈さんは、笑いながら捨て台詞を吐き捨てて立ち去って行った。
……えぇぇぇー。でも、二宮くんがどうして美奈さんを好きになったのか分かった様な気がする。
彼女は、本当は凄く面白くていい子だ。
さて、私も帰ろう。と、内履きを靴箱しまうと、
「いたー‼ 発見ー‼ 冴木ー‼」
またも呼び止められた。
「……何」
今度は二宮弟で。
「ビッグニュース‼ しかも朗報‼ 美奈さん、兄ちゃんに告白して振られたらしいよ。冴木、チャーンス‼」
駆け寄ってきた二宮弟が、私の両肩を掴んで前後に揺らした。
「それ、ついさっき美奈さん本人から聞いたっつーの」
「え? そうなの⁉ なんだよ。早く教えてあげなきゃと思って、めっちゃ冴木のこと探したっつーのに」
「美奈さんって律儀だよね。二宮弟にも報告したんだ」
「悪いヤツじゃないんだよ。わりとイイ子なんだよ、美奈さん」
「うん。知ってるよ。私もそう思う」
二宮弟の言葉に頷くと、
「兄ちゃんの元カノ褒めるとか、余裕だね。冴木」
と二宮弟が笑った。
余裕なんかどこにもない。 諦めしかない。
「二宮くんと美奈さんが付き合わなかったからって、私にとってチャンスじゃない。今日、二宮くんに言われたもん。『信用薄いし、若干軽蔑してる』って」
ガックリ肩を落とし、二宮弟の横を通り過ぎようとすると、
「薄いだけじゃん。若干じゃん」
何処までもポジティブな二宮弟が
「落ち込む必要なーし‼」
と、喝を入れる様に私の背中を叩いた。そんな私たちの側を、
「ヤリマン」
二宮くんが通り過ぎた。……やっぱ、ダメなものはダメなんだよ。二宮弟。
「え? 何、今の」
二宮くんが吐き捨てた言葉に、わけが分からない様子の二宮弟。
「二宮くん、二宮弟と仲が良い女子が『ヤリマン』に見えるらいしよ」
二宮弟に気遣うことなく、そのまま伝える。だって、二宮弟はそれだけのことをしたから。
でも二宮くん、『弟と付き合ったら『ヤリマン』って呼ぶから』って言ってたくせに、嘘吐きだ。
「何だよー。早く言えよー。俺と一緒にいたらダメじゃん。これからはあんまり話しかけない様にするわ」
二宮弟が「じゃあね、冴木。気を付けて帰れよ」と、少し私との距離を広げる様に後ろに下がり、教室に戻ろうとした。
「待って‼ 何で? 二宮弟と仲良くしようがしまいが、二宮くんは私と付き合う気なんかないもん。ビッチな私と一緒にいるのが恥ずかしいとか、不快だったら話しかけてくれなくて勿論いいよ。だけど、違うなら……避けられるのは、辛い」
二宮弟は、ヤリチンだけど悪い人間じゃない。
これ以上、自分から優しい人が離れて行ってしまうのが辛い。
1人でいるのは、割と慣れた。慣れたけど、やっぱり淋しいから。唇を噛み締めて二宮弟を見上げると、
「唇、歯型つくよ」
と二宮弟が困った様に笑いながら、私の方に近づいてきた。
「恥ずかしくも不快でもないから、今まで普通に絡んでたんじゃん」
そう言いながら、私の頭部の分け目を目がけてチョップを入れる、二宮弟。
「てか、今までだって、そんなにしょちゅう話なんかしてないよね、俺ら。学年違うしさ。冴木がヤリマンに見られても構わないなら、今まで通り、見かけたら挨拶するし、会話もする。避けたりなんかしないから。俺の言い方が悪かったね。ゴメンゴメン」
二宮弟が、私の頭をワシワシ撫で回した。
「男なんか単純だからさ。女の悲しそうな顔とか、切羽詰った感じとかに弱かったりするんだよ。冴木、そうやって友達の彼氏落としたんでしょ。もー。やめろよー。うっかり俺まで冴木に落ちたらどうするんだよ。そんな顔して男を誑かしてないで、機嫌直して歌でも歌いながら、さっさと家に帰りなさいな」
最終的に、もう1発私の頭頂部にチョップを喰らわすと、二宮弟は今度こそ自分の教室に戻って行った。 二宮
弟、私になんか絶対落ちないくいせに。しかも、男を誑かせられる程のテクも美貌も持ち合わせてないっつーの。
二宮弟によって、とっ散らかってボサボサになった髪を、手櫛で適当に直して、歌は歌わずに私も生徒玄関を離れた。
————–翌日、学校へ行くと、
「おはよう。ヤリマンさん」
私より早く教室に入っていた二宮くんが、既に席に座っていた。
「二宮弟と付き合ってもないのに、そう呼ぶんだ」
二宮くんの隣の席にカバンを置き、腰をかける。
「俺、気付いたわ。弟と仲がいい女、生理的に無理だわ」
「……そっか」
もう、『そっか』以外の言葉なんか出てこない。
二宮くんがそう思う気持ちは充分に分かる。自分を拒絶されるのは、仕方のないこと。
込み上げる涙を、鼻水を一緒に啜り上げる。
「やっぱ、気合うんだろうな。ヤリマンとヤリチンて」
二宮くんの悪口は続く。彼はどうしてこんなにイライラしているのだろう。
「話をしていただけで『ヤリマン』になるのっておかしくない?」
「弟とどんな卑猥でいやらしい話をしてたの? ヤリマンさん」
二宮くんは、どれだけ二宮弟を恨んでいるのだろう。どれだけ私を嫌っているのだろう。どうしてそんな風にしか思えないんだろう。
「二宮弟は『冴木は好きな男としか寝ないヤツ』って言ってくれたのに……」
二宮くんを睨みつけると、
「何そのヤリ同士の馴れ合い。茶番だねー」
二宮くんが臭い顔をしながら嘲った。
たまらず立ち上がり、一旦教室から出ることに。
人は、誰かを憎むと、その周りの人間までもが憎悪の対照になってしまうのだろうか。ましてや、元々印象の悪かった私が、その対象だ。
二宮くんがイラつくのも無理はないかもしれない。
でも、腹が立った。辛かった。悲しかった。
『生理的に無理』。 少しの希望もない。私は、二宮くんに好いてもらうどころか、嫌悪感しか持たれていなかった。
教室から出て、廊下でお得意の準備室への脱走を考えていると、
「お前さぁ、いつまで二宮くんの教科書見せてもらうつもりだよ。他人の迷惑考えろよ。あ、それが考えられてたら他人様の彼氏にちょっかいなんか出さないか。目障りなんだよ、バーカ‼」
いつも里奈と一緒にお弁当を食べている女子たちが、一斉に私のものと思われる教科書を投げつけてきた。
その中には里奈もいて。 里奈は教科書は投げて来ず、『やめなよ』と周りを静止することもなく、ただ怒りと悲しみの篭った目で私を見ていた。
「……ごめんなさい。里奈。本当にすみませんでした」
里奈に頭を下げるも、
「……無理だよ。赦せるはずがない」
乾いた口調でそう言うと、里奈は教科書を投げつけてきた女子と共に教室に入って行った。
里奈の怒りだって当然。
教科書がぶつかって切れた頬から出る血を、手の甲で拭いながら、廊下に散らばった教科書を1冊づつ集める。
教科書が戻ってきて、もう二宮くんから見せて貰う必要がなくなったことに、寂しさと安堵の溜息が出た。
しかし、久々に受けた肉体的イジメは、結構ダメージが大きい。
言葉の暴力もシカトも辛い。だけど、痛みの伴うイジメは恐い。
さっき、飛んでくる教科書を避けることさえ出来なかった。数が多くて。
思い出しては震える手で、教科書を拾い続けていると、
「冴木、大丈夫か?」
廊下の様子に気付いた二宮くんが、教室から出てきて一緒に教科書を拾い出した。
「ちゃんと冷やせよ。腫れるぞ」
二宮くんが、私の頬にそっと触れては軽く撫でた。
生理的に無理なくせに。だったら、そんな勘違い起こしそうなことしないでよ。
「大丈夫だよ。教科書も戻ってきたし、もう見せてくれなくて大丈夫。今までありがとう。助かりました」
自分の頬にある二宮くんの手をゆっくり下ろし、反対の手に持たれていた教科書を二宮くんから抜き取った。
「……何やってんだろ、俺」
ボソっと呟いて、二宮くんは教室に戻って行った。
『何やってんだろ』……どういう意味だろう。 何でヤリマンなんかに手を差し伸べているのだろう。と、いうことだろうか。 そう
だとしたら、本当に何してくれてるんだ、二宮くん。
生理的に受け付けない人間の傍にきて、優しくされたと思ったら、次の瞬間には『お前、無理』とはっきり言われるこっちの気持ちを、少しだけでも汲んで欲しい。
ビッチに気遣いなんて必要ないのかもしれないけれど、辛いんだ。痛いんだ。
二宮くんのこと、それでも好きなんだから。
コメント
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第8話、読み終えたよ……🥀 二宮くんの「♡♡♡的に無理」って言葉、めっちゃ刺さった。でもその後、頬を撫でてくれたり教科書拾ってくれたり…あの矛盾が切なすぎる。好きだからこそ辛いんだよね、主人公の気持ち痛いほどわかる。 美奈さんの告白が振られた話、ちょっとホッとした自分がいて複雑。でも美奈さん、ちゃんと正攻法で行ったんだね。ちょっとカッコよかった。 里奈の「赦せるはずがない」も重かった…。まだまだ傷は癒えてないんだなって。でも主人公がちゃんと向き合ってる姿勢、私は応援したいよ。