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「……何故、こんなところに呼ばれたの?」
その日、レディアント王国に住まう子爵令嬢リーザ・オルコットはとある伯爵家の屋敷に招待されていた。リーザの家であるオルコット子爵家は、貴族とは名ばかりの貧乏な家だ。歴史こそあるものの、社交界での発言権はないに等しい。ちなみに、お金もないに等しい。そんなオルコット子爵家の令嬢が何故――こんな、高貴なる家に呼び出されているのだろうか。そう、リーザは考えていた。
ここは王国でも筆頭貴族であるグリーングラス公爵家……の分家に当たるドローレンス伯爵家の屋敷だ。ドローレンス伯爵家は現在二十歳になる男性が治めており、そこそこ繁栄していたはずである。……そう思ったら、リーザは尚更自らがここに呼び出された理由が分からなかった。
ある日突然「大切なお話があります」という手紙だけを届けられ、その住所に来てみればここだった。危ないと使用人たちに止められたものの、リーザは来てしまった。それはきっと……リーザが極度のお人好しだったからだろう。
「……待たせたな。リーザ・オルコット嬢」
そして、それから約十分後。一人の青年がリーザの前に現れた。真っ黒な短髪と、鋭い真っ青な瞳を持つ美しい青年。しかし、美青年という言葉よりも美丈夫という言葉の方が似合いそうだ。そんな彼のことを、リーザはよく知っていた。この王国の社交界で人気の高い貴公子の一人、ニコラス・ドローレンスだ。
「ニコラス様。いったい、どういうご用件で……?」
「そうだな。面倒だから単刀直入に言おう。……リーザ嬢、俺の妻になれ」
「……はいぃ?」
今、この男は何と言った? そう思い、リーザは目をぱちぱちと瞬かせた。この青年は今、ムードも何もなく「俺の妻になれ」と言っていた。それはいったい、どういう意味だろうか?
「あぁ、言い方を間違えた。リーザ嬢。貴女には俺の『契約妻』になってもらう。ここに契約書がある。読んでくれ」
そう言って、ニコラスは数枚の紙をリーザに手渡してきた。そのため、リーザはその数枚の紙に目を通していく。そして、納得してしまった。
この青年は、結婚が面倒だからリーザに「お飾りの妻になれ」と言っているのだ。その代わり、リーザの実家に援助をするから、ということらしい。
「……つまり、私にお飾りの妻になれということですね。期間限定で」
「そう言うことだ。最近両親から結婚しろと言われていてな。こっちは疲弊しているんだ。そこで、オルコット子爵家の財政難を知った。だったら、援助をする代わりに『お飾りの妻』になってくれるんじゃないかと、思ったんだ」
悪びれもなくそう言うニコラスに、リーザはある意味納得してしまう。そう言えば、このニコラス・ドローレンスという青年はこういう人間だった。ぶっきらぼうで、口数が少ない。良いところと言えば、その優れた容姿と高貴な身分ぐらいだろう。しかし、この契約はリーザにとってとても魅力的なものだった。
(援助をしてもらえるのならば、家の生活も少しは楽になりそうね。弟も妹もいるし、これ以上あの子たちに苦労はかけられないもの)
リーザにとって、結婚に求めるものは愛よりもお金だった。とにかく、お金のある人と結婚したいと常々思っていた。予定は狂ったが……これは結構いい案件ではないだろうか。そう思ったリーザは、ニコラスの顔を見つめる。そして、口を開いた。
「分かりました。この契約を受け入れます。期間はいつまでですか?」
「あ、あぁ、期間は一応三年だ。場合によっては延びるが、オプション料金は出そう」
「でしたら、構いませんわ。契約書にサインでもすればよろしいのですか?」
そんなことを言うリーザに、ニコラスは少々戸惑ってしまった。こんなことを言えば、ひっぱたかれてもおかしくはないとニコラスだって分かっていた。だが、当の本人であるリーザは全く気にした風もなく、契約を嬉々として受け入れようとしている。……予想外だった。
「では、よろしくお願いいたしますね――期間限定の旦那様」
「……あぁ」
満面の笑みで自分に向かってそう声をかけてくるリーザに、ニコラスはさらに戸惑ってしまった。確かに、この契約を持ち出したのは自分だ。あわよくば結婚出来れば。そう思って持ち出したのだが……ここまですんなりと通ってしまうとは思わなかったのだ。
(俺、本当に素直じゃないな)
心の中でそう思いながら、ニコラスはとりあえずとばかりにリーザに契約結婚についての説明を始めた。
そして、この日――リーザ・オルコット子爵令嬢とニコラス・ドローレンス伯爵の、契約関係が始まったのだった。