テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
183
48
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
それにしても、久しぶりに殺陣をやってみたが、中々面白かった。
まだスーツを着て実際にアクションしたわけではないが、少なくとも今日は思っていた以上に身体を動かすことができてホッとする。もしかしたら、二年という月日が、知らぬ間に恐怖心を薄れさせてくれていたのかもしれない。
――今日これだけ動けたのだから、スーツを着てのアクションも一週間あればきっと昔の勘を取り戻せる。
そんな確かな手応えを感じながら、長い廊下を歩く。ふと目に入ったのは、いくつかの控室のドアに掲げられたプレートだった。
何かドラマの撮影中なのだろうか。誰もが一度は目にしたことのある大御所俳優たちの名前がずらりと並ぶ。
その中に「草薙 弓弦様」という文字を見つけ、蓮は思わず足を止めた。
草薙弓弦――確か、獅子レンジャーに抜擢されていたメンバーの一人。今回のキャストの中でも特に人気が高く、注目されている若手俳優だ。女性ファンも多く、今年は「抱かれたい男トップ10」にも名を連ねている。
一体どんな人物なのか。あの日はナギにばかり気を取られ、まともに顔を見ていなかった。
長居をしたつもりはなかったが、知らぬ間に扉の前で立ち止まっていたらしい。
「じゃあ、ゆづ。また後でね! ――ぅわ」
突然、扉が開き、中から少女が勢いよく飛び出してきた。
避けようとしたが間に合わず、ポスッと胸元に軽い衝撃が走る。
「ご、ごめんなさ……うわ、キレーな顔」
「あぁ、いえ……」
慌てて顔を上げた少女と視線が合い、思わず苦笑する蓮。その直後、部屋の奥から半ば呆れたような声が飛んだ。
「姉さん! ドアを開けるときは周りを確認しないと……」
ひょっこりと顔を出した青年は、端正な造形をしていた。細身で背が高く、全体的にシャープな印象。きめ細かな肌に、こげ茶の髪がさらりと揺れる。
(へぇ……これが噂の草薙弓弦か)
噂どおりの美形。クールビューティの異名も納得だ。
「あ、ごめんなさい。怪我なかったですか? 急いでたもので……失礼します!」
蓮の胸元を凝視していた少女は、我に返るや否や物凄い勢いで謝罪し、返事も聞かずに走り去っていった。
「なんだったんだ……? 今のは」
少女が走り去った後、扉の前には蓮と、部屋の中に立つ青年だけが残った。
静かに視線が絡む。
「……すみませんでした。怪我は?」
低く落ち着いた声。
蓮は首を横に振る。
「いや、大丈夫です」
「そうですか……。よかった。じゃあ、私はこれで」
短いやり取りを残し、弓弦は静かに扉を閉めた。
その動作すら計算されたように淀みがなく、残るのはほんの僅かな余韻だけ。
(……やっぱり噂どおりの人だな)
蓮は胸の奥で小さく息をつき、歩き出した。
今回、蓮たちが稽古場として利用している建物の一角にあるシャワー室は全部で5つ。
古い造りのため個別ブースではなく、大浴場のように脱衣所を通して出入りする形になっている。
そのため、扉を開けたら別の俳優と鉢合わせ――なんてことも珍しくない。
「あっ……」
「……」
蓮が扉を開けた瞬間、中にはすでに人がいる気配がした。
しかも、最悪なことに――その相手はナギだった。
向こうもまさかこんなところで出会うとは思っていなかったのだろう。露骨に顔を背けられてムッとする。
久しぶりに会ったというのになんだその態度は。あの夜はあんなに可愛かったのに……。
「……久しぶりだね」
「……」
無視か、この野郎。
「つれないなぁ。あの夜あんなに愛し合った仲だって言うのに」
「わ、ちょ……っ、そう言うの止めてくれない?」
背後から近寄り耳元で囁くと、案の定真っ赤になって振り返ってきた。
「どうして? 君も満更じゃ無かっただろ?」
「……っ、それはそう、だけど……。あの時はアンタが芸能界の関係者だったなんて知らなかったから……」
戸惑いを隠し切れないのか、服の裾を弄りながら目を泳がせる姿はやっぱり可愛いと思う。
「ふーん。知ってたら声を掛けなかったって事?」
「当たり前じゃん! 俺、これから頑張んなきゃいけないし……。だから! こう言う誰が聞いてるかもわからない所であの夜の事蒸し返すの止めてくれる?」
「じゃぁなんで、あの時僕を誘ったんだ? いずれ有名になる予定なんだろう? いつも行きずりの男引っ掛けて発散してるの? それって危なくない?」
この子は自分の矛盾に気が付いていないのだろうか? 有名になった後で過去の男たちから情報をリークされたら、一発アウトなのに。
「ち、ちがっ……いつもはあんな事しないっ、……しないんだけど……」
蓮の言葉に反論しようとしたものの、自分で墓穴を掘っていることに気が付いたのか、次第に語尾が小さくなって行く。
そんなナギの姿を見て、嗜虐心がそそられ思わず意地の悪い笑みが浮かんだ。
「何時もしないことをしたんだ。それは何で?」
「なんでって……それは……っ」
「それは?」
俯いたまま言葉を詰まらせている彼の顎に手を掛け、上向かせる。
すると、観念したように瞳を潤ませて蓮を見つめた後、逡巡するように視線を彷徨わせてから、恥ずかしそうに頬を染めた。
「それは……っお兄さんが、タイプだったから……その、色々と我慢できなくなっちゃって……」
あ、ダメだ。なんて可愛い事を言うんだこの子。恥ずかしそうに視線を逸らすその姿は反則だろう。
今すぐ抱きしめたい衝動に駆られたが、此処は公共の場だ、彼がいうように誰がいつ入って来るかもわからない。
しかし……。それにしてもよくもまぁ、こんなにも無防備に男を煽るような台詞を口に出来るものだ。
天然なのか? それともわざとやってる? だとしたら、質が悪い。
蓮は深呼吸を一つして心を落ち着かせて平静を装うと、ナギの手を引いて奥のシャワー室に連れ込んだ。