―――京都府、某所。
魔術師を名乗る人物が一名、特殊対魔術師殲滅組織『Saofa』の社員三名と接触。その後、社員一名が重症。社員二名が行方不明。
戦闘が起きた形跡無し。―――二名は無抵抗で連れ去られたか、魔術師による攻撃で抵抗する間もなく殺害されたか。
事の詳細がまとめられている書類は、既に永嶺 惣一郎様に送信済み。現在は惣一郎様の指示待ち。
「………犯人は間違いなく、妖術師である彼が追っている人物で間違いないだろう。特徴も性格も全て資料と同じ、治療中の社員一名の証言が正しいものならね」
―――妖術師様は今どちらに ?
「今は……丁度、京都に着いた頃かな。魔術師の特徴等は全て彼に送っているから連絡はしなくていい」
―――承知致しました。
「さて、じゃあ向こうが頑張ってくれてるんだ。こちらも早々に終わらせなきゃいけないね」
―――はい。しかし『偽・魔術師』の動きは未だにありません。こちらの様子を伺っているのかと。
「………なら、自ら出向くとしよう。ここに居座っていても、街の人に迷惑が掛かってしまうからね。―――『superbia』」
妖術師とは別の戦場で、錬金術師の英雄譚に続きの文字が綴られる。………それは執筆されることの無い物語。
彼の物語を綴る者は誰も居らず、語る者は誰も居ない。
『妖』との戦闘から暫く経った後、乗り換えの駅へと到着した俺たちは、 『偽・魔術師』である氷使いと『妖術師』である俺の2人のみで 、1-1で対話をする事になった。
対話する事も要因ではあるが、合流予定の呪術師が渋滞等に巻き込まれ、身動き出来ない状態になってしまったらしい。
故に、京都の魔術師の計画実行の時間を少し遅らせることに決まった。
氷使いは駅内にずっと居座るのは嫌な様で、氷使いが所有するアジトへと向かう。
……対話の件で、”晃弘も俺達の仲間だ、聞く権利はある” と言っても、氷使いはそれを承諾しなかった。
余程誰かに聞かれたくない話なのか、錬金術師の彼についてなのか―――、
「私の魔導書を知らないか?」
「………?………??…魔導書?」
アジトに着いた瞬間、氷使いは俺と晃弘を分けて別の部屋へと誘導。俺と氷使いの対話が始まる。
――― 魔導書、と言えば魔術や呪術に使われる『魔術書』。魔術の使い方や使い魔の召喚の仕方等が記されている黒い本。
“私の魔導書” となると、恐らく氷使いである彼女は、魔術を使用する際に用いる魔導書を無くした、と………。
それも、電車内ではなく人々が通る道端に。
「ちが〜う!!無くしてない!!落としただけだ!! 」
「いやもうそれは無くしたと同然じゃねぇか!!……… 魔術師にとって魔導書って相当大事な物じゃないのか?それを無くすって……」
「だから無くしてない!!落としただけ!!無くすと落とすは違ぁぁぁぁぁぁあう!!」
氷使いの甲高い声が耳元でキンキン響く。 ………いや、今はそんな話してる場合じゃなくて。
「で、どうなんだ?魔導書って大事な物なんだろ?」
「あぁ、魔術…言わば魔法に分類されるモノの全般は魔導書を源に、展開や使用が認められている。例えば君が倒した『空間支配系統魔術師』も持っていたはずさ」
「沙夜乃が、か?いや魔導書と呼べる本みたいなモノなんて持ってなかった様な気がするけど………」
キョトンとした顔で、氷使いは俺を見つめる。何かおかしなことでも言っただろうか。
「君は、魔導書を『本』だと思っているのかい?………魔導書ってのは本だけでなく、様々な形で形成されているのだよ」
「様々な形…? 」
「そう。それに、魔導書を使用する時の条件は『必ず相手の視界に魔導書が移る事』だ」
「この2つを知った時、君は『空間支配系統魔術師』の姿見を思い出せばいい。必ず視界に入り、かつ魔導書として肌身離さず持ち歩けるモノ」
目に見える場所に必ず有り、沙夜乃が離さなかった物。―――沙夜乃の持っていた、扇。
「正解。と、まぁそんな感じで『本』と呼べる魔導書を持つ術師は数少ない。そして私の魔導書は『リボン』。ほら、私の服に沢山ついているだろう?」
「………多すぎてどこのリボンが外れたのか分かんねぇよ。―――取り敢えず、それを探せばいいんだな? 」
「そう、それをお願いしたくて君を呼んだのさ」
たったそれだけの頼みなら、こんな畏まった場を設けなくても良い。
となると、疑問がひとつ。
「―――晃弘さんに聞かれない様にしたのは何故だ」
わざわざ俺と氷使いの対面会話。 ただの頼みに、錬金術師である晃弘を除いた状態である必要性がない。
ただ俺を信頼しているのか……、それとも。
「………まさか視たのか。その眼で」
氷使いの持つ『千里眼』。
それは俺の妖術で模倣した眼とは比べ物にならないほどの性能。氷使いの持つ千里眼は、敵の能力や術が分かるだけで無く―――
「……視えてしまった、が正しいかな。不可抗力ってやつだよ。私も、こんな覗き紛いの事はしたくなかったんだけどね」
「………何を、視たんだ?」
暫く黙り込んだ後に、氷使いは口を開く。
「―――魔術師に成る、最悪な結末だよ」
「で、なんだったんだ?」
氷使いとの対話が終わり、晃弘の居る部屋へと移動した。魔導書である『リボン』を探しつつ。
「氷使いの魔導書ってのが無くなったらしいです。大事な物だから探してくれないか、と」
「魔導書、グリモワールか。兄ちゃん達の言う『偽・魔術師』も必要なんだな」
恐らく、偽・魔術師も魔術師と同じ様に分類されるのだろう。 魔導書を媒体とした魔法の発動。
―――今思い出して見れば、今まで戦った魔術師も何かしらを肌身離さず持っていた。
第一戦、少女の偽・魔術師。
氷使いとほぼ同年代。武装せず、ただ武力のみでの戦闘と得意としていた少女。…… 俺が始めて『太刀 鑢』を所持した時。
少女の髪型はポニーテールだった。 となれば、髪留め等が魔導書で間違いない。
第二戦、空間支配系統 “偽・魔術師” 。
見た目からして現役大学生と同じくらいの年齢。格好は偽装した警察官の服。……俺が始めて『千里眼』を使用した時。
元からなのか、それとも奪った物なのかは分からないが―――、恐らく彼の魔導書は拳銃だろう。
第三戦、三宅正智。
身体上限突破の魔術保持者であり、俺たちの戦いに参戦してくれた人物。―――戦った訳では無いが、一応魔術師なので。
魔導書は、彼を捕らえた時に出てきたナイフで間違いない。
そして、第四戦。 では無いが、氷使い。
千里眼持ち、唯一魔術師に叛逆を試みる偽・魔術師。何を企んでいるのか分からないが、一応仲間として動いてくれる様だ。
少女の魔導書は服の至る所に付いているリボン。
「魔導書ってのは色々な形がある物なんだな。必ず俺たちの視界に入らないとダメな物、か」
「なら 最初から魔術師の魔導書を奪えば勝ちじゃないのか?」
「………確かに…ですね」
俺たちの目的地である京都、そこに住まう魔術師を討伐する前に見つけてしまった必勝法。それが通用するかどうかはさておき―――、
「京都まではあと少しですけど、氷使いの魔導書を見つける時間は沢山あります。それまで晃弘さんはどうします?」
「俺は愛銃の手入れがまだ終わってない。終わり次第、氷使いの魔導書探しを手伝ってやるよ」
そう言って、晃弘は更に別の部屋へと足を進める。 ひとつ隣の部屋の扉を越えるその瞬間、俺は無意識的に声を発した。
「惣一郎さんは…敵味方どちらだと思いますか」
「………敵でも味方でも、使える駒なら取って置くのが得策だと俺は思うな。兄ちゃんはどうしたい?」
どうしたい、か。
短い付き合いとは言え、共に戦ってきた仲間だ。 嘘をついていたとは言え、俺が迷っている時に声を掛けてくれた人だ。
―――出来れば、切り離したくは無い。
「ならそれで良いじゃないか。どっちにしろ魔術師を倒す以上、惣一郎の力が必要だ。なら切り離す必要は無い」
「―――それに惣一郎は、お前達を裏切った訳じゃないだろ?」
………そうだ。 惣一郎は嘘をつき、魔術師と繋がっていたが。俺たちが不利になる状況にはならなかった。
逆に、俺たちと魔術師が戦いやすい場を設け、そして氷使いと協力する様に手助けしてくれていた。
やっぱり俺は、惣一郎を切り離せない。
「それとも、魔術師関係のやつは全員嫌か?」
「嫌は嫌ですけど……惣一郎さんは俺たちの仲間、ですから」
一度仲間と認めた以上、それを覆す事は決してない。俺はそう心に誓う。
『だがもし、その惣一郎が寝返ったらどうする?お前はそれでも “仲間” と言い張るのか?』
………鎌男との戦いで散々傍観者を 気取ってたクセに、突然出てきたかと思えばその言葉。
キャラ変か?それとも俺と惣一郎が仲良くしてるのに嫉妬でもしてるのか?
『……ク。クハハハハハハハハ!!面白い事を言うではないか!!―――それにお前は気づいていないのか? 』
何に。
『あの時、俺が “無銘・永訣” の使用を許可していたら死んでいたぞ。あの妖は特別でな、その手の攻撃は効かぬ 』
死の概念が効かない?
『奴の妖名は “鎌鼬” 、古くから存在する名持ちの妖よ。有名で名を馳せている妖程、姿形が人間に寄り、強力になる 』
じゃあやっぱり、惣一郎と戦った時の妖と今回の妖の強さが違ったのは。そういう事か?
『そうだ、それも分からずお前は “傍観者” だのなんだの。礼儀知らずにも程があるぞ』
「それはお前が教えてくれなかったからだろ!?もっと早く言ってくれればこんな事には―――!!」
思わず声に出して叫んでしまった俺は、慌てて周囲を確認する。
幸い、晃弘さんも既に居なくなっていた。部屋も恐らく防音の為、周りに聞かれる心配もなし。氷使いに声が届く事もないだろう。
『……話が逸れてしまったが、もし惣一郎が裏切ったらどうするつもりだ。仲間だと言い張って味方が殺されて行くのをただ見続けるのか?』
「惣一郎が俺たちを裏切る事は、決してない」
『期待か?』
「信頼だよ」
そのまま狂刀神は黙り込み、再び傍観者モードへと入っていった。困った神様だ、扱い方が難しすぎる。
ほんの数分の会話だったが、やはりどこか違和感を感じる。魔術師戦を前にして少々気が立っているのか。それとも―――。
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