「なぜ、死なずに生きている」
私はお父様にそう言われて――
『自生したイモとハーブ、井戸があったので助かりました!』
――と答えそうになったのをこらえた。
なぜなら、お父様の態度は、私が想像していた以上に、冷たいものだったから。
「ロザリエの具合はいかがでしょうか?」
ロザリエは回復してきたのか、ほんの少しだけ、私に向けられた厳しい目が和らぐ。
お父様はロザリエと同じ金髪に青い目をし、二人は一番よく似ている。
銀髪に青い瞳の私、黒髪に青い目をしたお兄様。
似ていない私たちより、自分に似たロザリエを可愛がり、時には、お兄様よりロザリエを優先させることさえあった。
「お父様。私の話を聞いていただけませんか?」
両側には槍を持った兵士が立ち、私は罪人同然の姿。
冷たい床に跪き、まったく動けなかった。
それでも、顔を上げ、まっすぐお父様を見る。
私に後ろ暗いところはない。
あるとするなら、事実をねじ曲げようとしているお父様のほう。
すでに、なにがあったか、事実を知っているはずなのだ。
なぜなら、お父様の隣には、真実を知るお兄様が控えている。
いざとなれば、お兄様が私を擁護してくれる。
そう思っていた。
「ロザリエが向けた剣で、私が怪我をしたため、飛び散った血が原因となり、呪いを受けたのではないでしょうか?」
いつまで経っても、お父様とお兄様は話さなかった。
私から、語れという圧を感じ、私の口から、お父様に事実を伝えた。
「だから、なんだ」
青い瞳が氷のように冷たい。
お父様は私がなにを話そうが、最初から受け入れるつもりは、少しもないのだとわかった。
「お前が忌まわしい呪いを受けた身でなければ、ロザリエが苦しむことはなかったのだ! 呪われた娘め!」
突きつけられた指先、憎しみのこもる目。
でも、今、ひとつの事実がはっきりした。
「では、お父様は私がロザリエから剣を向けられ、切られたことは認めるのですね?」
「なんだと」
「今、お父様は否定なさいませんでした。『だから、なんだ』とおっしゃられた」
お父様は自分が優位に立っているから、油断している。
目の前にいるのは、十六歳の小娘。
侮り、なにもできないと思い、一方的に罪を押し付けようとしたのだ。
ロザリエは悪くない、私が悪いのだと認めさせ、自分を正当化し、殺してしまうつもりだ。
――死ぬのだけは、回避しなくては。
その思いから、私は顔を上げ、まっすぐにお父様を見つめた。
「お父様は侍女を解雇し、事実を曲げ、私に罪を着せようとしていらっしゃるのでは? 皇帝陛下として、公平な処罰を与えてくださるようお願いいたします」
お父様は黙り込んだ。
自分が思っていた流れとまったく違っていたのだろう。
「ラドヴァン」
「はい」
お兄様を呼ぶ。
美しい青の瞳が私を見ていた。
事実を知っているのは、侍女たちだけでなく、お兄様も同じ。
――お兄様がいらっしゃるのなら安心です。事実をご存知なのですから。
そう思ったのは、一瞬だけだった。
「シルヴィエが妹に嫉妬し、俺から剣を奪い、自らを傷つけました」
「お兄様……?」
「その時、飛び散った血により、ロザリエは倒れ、呪われたのです」
呆然とし、言葉を失った私に、お兄様は目を合わせない。
嘘だとわかる態度であったにも関わらず、誰もそれが嘘だと言わなかった。
「シルヴィエ。素直に罪を認めろ。そうすれば、俺から父上に罪を軽くしてもらえるようお願いする」
家族の中で一番優しかったお兄様は、もういない。
味方が誰もない状況の中、私の耳に車椅子の車輪の音が聞こえてきた。
その音を耳にしたお兄様が、慌てて階段を降りていく。
「ロザリエ! まだ動いてはいけない!」
車椅子に乗ったロザリエが現れ、お兄様はすぐに駆け寄った。
お父様も心配そうにロザリエを見つめる。
「我が愛しい娘よ。動けるようになったのか? だが、まだ安静にしていないと駄目だろう?」
「お父様とお兄様が心配っだったの。私みたいに、殺されそうになったら、どうしようって……」
死にかけていると聞いたけど、起き上がり、元気そうに見えた。
「ロザリエ、回復したのですね……!」
「ふざけないで! どこが元気になったっていうの!? この姿を見てよっ! 自力で立ち上がれないんだからっ!」
ヒステリックにロザリアは私を罵倒し、お兄様にすがる。
「お兄様っ! 私をお姉様から守って!」
「心配するな。護衛の兵士たちが大勢いる」
部屋の前にも兵士、窓の外にも兵士が控えているのがわかる。
「それより、ロザリエ。父上になにか言いたいことがあるのだろう?」
「そうだったわね……。お父様。シルヴィエお姉様を殺さないで」
ロザリエは私を見て、ふふっと笑った。
なにか考えがあるのかもしれないけど、それがなんなのかわからなかった。
「だが、可愛いロザリエ。お前を苦しめた罪は大きい」
「でも、お姉様は呪われてるのよ? お姉様が死んだ後、私を呪ったらどうするの?」
その言葉に、私はハッとした。
――私の呪われた体を理由に、お父様を脅せばよかったのですね!
お父様を脅す発想は思い浮かばなかった。
「ロザリエ……。私のために……」
じーんと感動していると、ロザリエは心底嫌そうな顔で、私を見た。
「お姉様の呪いを受けたら、今度こそ、私は死んでしまうかも」
「ロザリエが死ぬ!?」
お父様は慌て出した。
そして、お父様は私の姿を確認するように、こちらを見た。
「そうですね。私は神に呪われた身。自分でもなにが起こるかわからないのです。ただひとつだけ、はっきりしてます」
「なんだと?」
「私に危害を加えた者は、全員、死ぬか呪われるか、そのどちらかの運命を辿っているということです」
お父様はうなった。
盲点だったというような顔をしている。
実際、正体不明の神様。
けれど、今までの情報を整理すると、私に危害を加えた人間は、等しく死か呪いを与えられる。
この事実は、私の処刑を考え直すに値するものだった。
「餓死させよと命じたが、この策をもってきたのは大臣。呪いのことなど、まったく考えていなかった無能だ!」
あっ、大臣のせいにしちゃいますか……
賛成したのは、お父様だと思うけど、それはなかったことにされ、大臣一人が悪者になった。
「お父様。処刑は反対ですけど、お姉様に罰は与えてください。ね? お兄様?」
「ああ……」
ロザリエは弱々しい口調で言って、お兄様に寄りかかる。
「では、シルヴィエを皇宮の奥に閉じ込め、一生過ごさせる」
「一生!?」
さすがに一生は長すぎる。
それも無実の罪である。
ショックを受ける私を見て、ロザリエは笑っていた。
「それでいいか? ロザリエ?」
「ええ。よろしくてよ。お父様」
「それから、ラドヴァンだが。剣はお前の物だった。そうだな?」
「はい」
お兄様も処罰の対象だと気づいた。
もし、私が奪ったことになってなかったら、お兄様の立場はさらに悪いものになってしまう。
最悪、次期皇帝の地位も危うくなる。
ロザリエはわざとらしく、こほこほと咳き込んだ。
「お父様。お兄様が私を助けてくれなかったら、死んでいたわ。それに、お兄様はつきっきりで、看病してくれたの」
「ラドヴァンがか……」
「ええ。お兄さまは悪くないわ」
お兄様は黙ったまま、ロザリエの側にいる。
剣を奪われたお兄様も無罪では、済まなかったはずだ。
お兄様は私ではなく、次期皇帝の地位を守った。
――そういうことなのだ。
「では、罪人はシルヴィエのみ! シルヴィエが大切な我が子に、二度と近づけぬよう閉じ込めよ!」
皇帝陛下の命令が下る。
私は『大切な我が子』ではなく、お父様の子は二人だけ。
処刑を免れた私は、皇宮の荒れ地に、一生死ぬまで幽閉されることになったのだった。
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