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――箕輪城。
「お主か」
長野業正は、目の前の方円を見据える。
「憲政様をお戻しすると動き出したのは」
「ええ」
私は静かに頷いた。
「北条がしでかしたことを、間違いだったと認めさせねばなりません」
「それに、業正様……」
私は少し俯く。
「私が、あの兄の妹ゆえに信頼されぬことは分かっております」
「ですが……」
声を震わせる。
「憲政様をお助けしたいのは、本心なのです」
「どうか……憲政様をお助けするために、手を貸していただけませんか……」
「……」
長野業正は、しばし黙っていた。
「なぜ、お主が上杉を助ける?」
「知っての通り、お主の兄はとんでもないことをしでかしておる」
「この箕輪にも、信濃侵攻の気分転換のごとく、何度か嫌がらせに来ておったからな」
「その妹が上杉を助けるというのが、どうにも分からぬのだ」
「憲政様とは、父の代より友好を結んでおり、やり取りもしておりました」
「それに……」
私は顔を上げる。
「兄の最初の正室も、扇谷の方とはいえ、上杉から来られた方でしたからね」
「お助けするのは、当然なのです」
「……」
業正は少し考え込む。
「……話は分かった」
「確かに、あの男の最初の妻は上杉から迎えていたと、某も耳に挟んだことがある」
「何らかの繋がりがあったというのは、本当なのだろう」
「それに……」
業正は方円を見る。
「確か、お主はあの男に追い出されていたとも聞く」
「疑ってすまなかった」
「そなたは、憲政様を戻して……何を望むのだ?」
「私は、何も望みません」
私は少し考えてから答える。
「……強いて言うなら」
「飢えている民を、助けてほしいということでしょうか」
「兄が間違いを犯したのも……周りから奪うしかなかったからだと、言っておりました」
「堤防が完成すれば、水害は何とかなるでしょう」
「しかし……」
私は、甲斐の地を思い浮かべる。
「耕しても痩せこけた甲斐の地では、いつも飢饉が起こるのです」
「それに、兄も頭を抱えていたようです……」
「そのためにも、お戻しするのです」
「戦が起こるのも……」
「この国の権威が地に落ち、世が乱れているから」
「私は、それを正しく戻して、民が平和に暮らせるようにしたい」
「そして……」
私は、少しだけ目を伏せる。
「姉上や、信廉……兄弟のような犠牲者を、これ以上出さないように」
「そのためにも……」
「同じような目に遭っている憲政様を、お戻しせねばならないのです」
「…………」
長野業正の目が変わった。
(……!!)
「そうか……」
「確か、佐竹と里見も味方につけると、憲政様にはそなたは言っていたのだな……」
「……」
富来 えび
122
#自分用
富来 えび
20
һагυ_彡
238
しばしの沈黙。
やがて、業正は静かに口を開いた。
「分かった」
「これは某が引き受けよう」
「必ず協力を取り付ける」
「某に任せてくれ」
「ありがとうございます」
私は深く頭を下げる。
「さすがは『上州の黄斑』と称えられる業正様」
「それでは、失礼いたします」
私は振り返る。
「また、お会いしましょう」
「……ああ」
業正は去っていく方円の背を見つめていた。
その胸中には、先ほどまでとは違う感情が生まれていた。
――この娘は、本当に「正しく戻す」つもりなのだ。
そして、そのためならば――
どこまでも冷たくなれるのだろう。
コメント
1件
第六章、読み終えました……! 方円さんの「何も望みません」からの「強いて言うなら」の流れ、すごく惹き込まれました。飢えた民を思い、兄弟のような犠牲者を出したくない——その一心で、冷徹なくらいに覚悟を決める姿が印象的でした。業正の目が変わるラストも、ゾクッとしましたね。次が楽しみです🌷