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monologue 5
その人の人生を考えたことはあるだろうか。
漫画家、俳優、プロゲーマー、映画監督とか。
一般的に、なるのは夢見がちだ、と言われることが多い職業になるのは、俺にとっては、きっと本来勇気のいることだった。
別に俺の家は音楽家一家でもなんでもなかったし、俺は元貴のように初めからそう決めて生きていたわけでも、涼ちゃんのように初めから音楽に染まっていた人生でもなかった。
ただ、サッカー好きで、ギターを始めた、ただの学生だった。
当たり前に周りは大学受験を目指していたし、当たり前に社会人になる前提で生きる社会の中で、でも俺は、元貴に出会ってしまった。
俺はギタリストになるためにこの物語が始まったのではないのだと思う。
だって仮にそうなのだとしたら、元貴に出会う前にギターに出会ったその時に、そうなっていたはずなのだから。
でも俺が今こう在るのは、あの時、元貴に出会ったからだ。
元貴と生きていたい、だから、その人生を選ぶ、という、その選択の重みが、果たして、この世のお前らに分かるだろうか、否、分かってたまるもんか、とも、どこかで思う。
だってそうあらねばもう全てがつまらないと、思ってしまったのだ。
人生を賭けることに、躊躇をする余裕もないくらい、もうあの時の俺には、唯一絶対の選択肢になっていたと、今更思う。
俺はどうしても、元貴の隣にいたかった。
それだけで、人生を選ぶのに十分だったんだ。
元貴にバンドに誘われてから、目まぐるしく日々は駆け巡った。
元貴は養成所に既に入っていて、元貴の才能に目をつけた先見の明のある人達に日々囲まれていた。
ファンができるよりもずっと先に、元貴は、養成所の中でも特別な存在として、既に囲われていたと知るのはずっと後のことなのだけど、もうあの時から俺の物語は流れるように爆速で進んでいた。
元貴は偉そうにも、「絶対メジャーデビューできる」と言ったし、その声は鼓舞の声でも、野望の声でもなく、あまりにも淡々と事実を述べるような言い振りで、でもメンバーの誰もそれを否定しなかった。
全員がなぜだか、信じる信じないの話の前に、無意識に、そうだろう、と確信じみた感覚があった。
あのCocosでミセスグリーンアップル、と名前をつけて、俺はがむしゃらにギターを弾く毎日で、気づけば友達もサッカーも何もかもを失っていたが、ただそこには元貴だけがあって、それが何よりも満たされていた。他に何も要らなかった。
いつの間にか元貴はすっかり俺に懐いていて、酷く優しい目と声で笑うようになっていて、俺はそれがどうしようもなく嬉しくて仕方なかった。
「若井、半分こしよう」といって割り勘で買ったパピコの先っぽしか貰えなくても、大袈裟に嘆いてみたら元貴がケラケラと楽しそうに笑うから、もうどうでもよかった。
弟気質の俺だが、他のみんなにも等しく優しいわけじゃない。
でも何故か元貴ならなんだって良かった。
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それは元貴だからだ。
元貴と音楽がしたい。
元貴の音楽は俺が鳴らしたい。
元貴の隣は俺がいい。
元貴と一緒にいたい。
それだけだったんだ。
「彼、涼ちゃんね」
第一印象、なんだこいつ、だった。
金髪で背の高めのその男は、藤澤涼架です、涼ちゃんって呼んでいいよ、と馴れ馴れしく話しかけてきた。
とても都会の雰囲気からは浮いている着崩した腰パンの姿と、俺たちよりも年上という割にはポンコツじみた発言を見せてくる男は、元貴が連れてきた。
聞いてみれば同じ養成所で出会ったのだという。
ドラマーとベーシストはなんてことはなく挨拶をしてすっかり雑談を根掘り葉掘りと始めていたけど、俺は怪訝な顔をしていたと思う。
まさか、そんなわけないよな、と思いつつ、Cocosのドリンクバーのコーラに挿したストローをくるくると回して氷が音を立てるのを遊びつつ、啜った。
何できたんだよ、と内心、独りごちながら、そいつを見ていたのだが。
「ミセスに入ってもらおうと思ってる。キーボーディストね」
よろしくね!と、元貴が親しげな笑顔を浮かべて、涼ちゃんと紹介された男の背を叩く。
嬉しそうに気恥ずかしそうに照れ照れとして元貴をチラチラと見ながら挨拶する相手にモヤモヤとした感情が渦巻いた。
なんで元貴はこんな意味分からない野郎を連れてきたんだ、と言いたい言葉が、元貴を否定したくない俺の心と拮抗して炭酸の抜けたコーラと共に嚥下された。
元貴は俺のもの!という認識があったわけではないし、実際ベーシストやドラマーにそういった感情が向いたことはないのだけど、非常に複雑な濁った感情だった。
今思えば、直感的に、俺は分かっていたんだと思う。
涼ちゃんが俺と同じような目線で元貴を見ていたこと。
ベーシストもドラマーも、元貴を仲のいいバンドのフロントマンとして、もちろんリスペクトもありながらではあるが、良い意味合いでフラットに元貴を見ていたし、元貴を好いていた。
涼ちゃんのその目は、元貴に熱を持った、焦がれるような、光を目にした目で、「この人は特別な存在だ」という確信と信仰が透けて見えた。
後から聞くに、涼ちゃんは養成所で随分前からカリスマとして扱われる元貴に何度も声をかけては振られていて、最近急に声を元貴からかけられたという。
元貴はすごいんだよ、と俺たちに説教垂れてきて、ベーシストとドラマーは「そうなのぉ」と養成所の元貴のすごエピソードを笑って聞いていたが、俺からしたら耳にタコというか、言われずとも当たり前すぎる釈迦に説法で、非常にムカついた。
それに、何より、俺が元貴を一番知っているのだ、という独占欲が渦巻いて、涼ちゃんしか知らない養成所の元貴の話をされるたびにむしゃくしゃした。
「あっ元貴、それ、中学の時飲んでたカフェオレじゃん!」
「ん、そうそう、久しぶりに見たら飲みたくなって」
なんて、ガキくさい俺は、中学同じですマウントをとってみたりして、涼ちゃんを一瞥してみるのだが、涼ちゃんはいつもと変わらずニコニコとして微笑ましそうに聞いているのだから、余計に腹が立った。
「あ、若井、ピック忘れてるよ〜」
スタジオを出る時に涼ちゃんがニコニコとピックを渡してきたが、少し雑にお礼を言ってピックを受け取ると、踵を返した。
涼ちゃんはちょっと困ったような顔をして、でも特に文句は言うことなく、いそいそと過ごしていたことを覚えていて、それもまた少し悔しかったのだ。
元貴はきっとそんな俺を見抜いていて、俺のことを小突くと、「俺んこと大好きじゃん」とニヤニヤとして言ってきた。
みんながワハハと笑っていじってきて、俺は大きな声で喚いたが、全然笑い事ではなくて、真剣に妬いていたのだ。
結局、涼ちゃんとは、活動休止期間中の共同生活で、ああ、良い人だな、と初めて心を許したわけだけど、涼ちゃんは、初めはぶっきらぼうだったけどだいたい一ヶ月くらいで仲良くなれた、と言うから、彼はもう少し人間悪を学ばないと危険だと思う。
そして、やっぱりあの時3人で住まずに俺と涼ちゃんを二人暮らしさせた元貴は、俺の内心の何かに既に気がついていたのかもしれないな、と、今更ながらに思うのだ。
コメント
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わあ、今回は若井くんの内側がぐっと深く見えて、胸がぎゅっとなりました。「人生を選ぶのに十分だった」って言葉に、すべての覚悟と温度が詰まってて…好きです。涼ちゃん登場シーンのモヤモヤした独占欲も、すごくリアルで、思わず「分かるよ」って頷いてしまいました。元貴が若井くんと涼ちゃんを二人にした意図にも、いろいろ想像が膨らみますね。続きが気になります🌸