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私が疑われていると実感したのは警察署に連れていかれてからだ。
最初は少し参考に聞きたいことがあると言われ、捜査に協力するつもりで応じたのだけど。
女性警官と男性刑事の二人と一緒に、よくドラマで見るような取調室という感じの部屋に入った。
そこで初めて、あの惨状の詳細な情報を知ることができた。
刑事が言うには、ホテルの出した三種類のスープ、内一つに薬物が混入されていた可能性が高いらしい。
そのスープがある場所に、倒れた人たちがスープをよそいに来たタイミングで私と一華が長時間いたとクラスメイトの証言があった。
一華はスープを飲んで倒れたので、必然私が怪しいと考えられている。
もちろん薬物など入れていないので否認した。
あんな惨状を見たせいか、普通なら動揺するような場で私は変に落ち着いていた。
それに一華をはじめ倒れた人たちの症状も軽いもので、既に回復しているというのもあった。
だが、警察はなかなか私を信用してくれない。
困り果てたときにドアが開いて、入ってきた刑事が、私の前に座る刑事に耳打ちした。
「橋本さん。捜査にご協力いただきありがとうございました。どうぞお帰りください」
そう言われて安心したせいか、どっと疲れがでた。
取調室を出たところに若い刑事が立っていて「私がお見送りします」と、年配の刑事に告げた。
年配の刑事が若い刑事に恭しく頭を下げる。
若い方が上司らしい。
「今回の事件を担当しています。警視庁の滝川です」
若い刑事は滝川と名乗り、私に折り目正しく一礼した。
「どうぞ。こちらです」
滝川に促され歩き出す。
清潔感のあるヘアスタイル。背筋がピンとした姿勢。
そして唇をまっすぐ結んだ表情からは実直そうな印象を受けた。
「どうもご迷惑をおかけしました」
頭を下げる滝川刑事。
「いえ……でもそういうお仕事ですものね」
考えてみれば警察というのはそういう仕事だ。
「どうして急に私の嫌疑が晴れたのですか?」
そこが気になった。
「それは証言があったからです」
「証言?」
「小川一華さん。同窓会に参加していて倒れた小川さんが、あなたとほとんど一緒にいたと。それに被害者たちがスープをとる直前にも自分と一緒にいたと言うこと。防犯カメラの方でもそれに近い時間にあなたと小川さんが一緒に映っている映像が確認できました」
「一華が証言を……」
頭の中であのときの状況を思い出す。
続いて中学のとき、はじめて一華と話したときを思い出す。
「どうかしましたか?」
ああ、そういうことなのか。
「そうですか!一華が!」
予想もしなかった展開に、うれしくてたまらなくなった。
満面の笑みの私を滝川刑事が怪訝そうな顔で見ている。
「教えてくれてありがとうございます!一華が私を救ってくれたんですね!」
「は、はい。り調べにご協力していただいたついでにもう一つお尋ねしてよろしいでしょうか?」
滝川刑事はなにか様子がさっきまでと違い、ふいに可愛く思えた。
「どうぞ」
「高橋智花さん。ご存じですよね?」
このときには、さっきまでの鋭い表情に戻っていた。
「……クラスメイトの高橋さんのことですか?あのう、高橋さんが何か?」
「高橋さんの持ち物から薬物が見つかりました。分析中ですが、状況からみてスープに混入されたものと同じと見ています」
「高橋さんが!?」
私はこの名前を知っている。
それはクラスメイトだからというわけではなく、一華をいじめていた生徒だからだ。
「ただ、まだ犯人と決まったわけではありません。誰かが高橋さんの持ち物に薬物を紛れ込ませた可能性もあります。それに高橋さんが実際に薬物をスープに混入した、できたのかを検証してもいませんから」
「わかりました……久しぶりにみんな再会したのに」
「お気持ちお察しします」
「あの……」
「はい」
「なにかわかったらご連絡した方が良いですか?」
「はい。それはぜひお願いします」
滝川刑事が名刺を渡す。肩書は警視庁捜査一課の警部補。
私は受け取ってバッグに入れた。
「もしかしたら相談したいこともあるかも……」
「えっ?」
「いえ。なんでもないんです。なにか聞いたら必ず連絡しますね」
「はい」
滝川刑事が端正な顔を崩すことなく返した。
私が警察署から出ると、玄関の前に夫の明さんと一華が立っていた。
「千尋!」
「明さん!一華!」
「橋本さん。ご協力ありがとうございました」
滝川警部補は一礼して所内に戻っていった。
「千尋、大丈夫か?」
「平気よ明さん。でもちょっと疲れたかも」
「警察から電話が来たときは驚いたよ……受付で話していたらこちらの小川さんが声をかけてくれて、それで詳しい話を教えてもらったんだ」
「千尋。素敵な旦那様ね。仕事をおいてこんなに汗かいてきてくれるなんて」
「一華!あなたこんなとこにいて大丈夫なの?体は?体調は?」
「私なら大丈夫。本当は明日まで寝ていけって言われたけど、千尋が心配で。それにいろいろ忙しいのよ」
「一華!私を助けてくれて本当にありがとう!あなたの証言がなかったらどうなっていたか」
「そんなこと。それに高橋さんの持ち物から薬物が出てきたんだから、私の証言があってもなくても千尋は釈放されたわよ」
私は首をふった。
「私が千尋に受けた恩を考えたらこんなこと……クラスで孤立していじめられていた私を気にかけて助けてくれたのは千尋だけだった」
「いいのよ。そんなこと」
「千尋。小川さんにお礼をしないと」
「そうね!一華。今度日を改めて食事でもどう?」
「それならさっきも言ったけど今度私の家へ遊びにおいでよ」
「それでは却って気を遣わせます」
「明さん、気にしないで!じゃあね千尋!連絡する」
そう言うと一華はタクシーに乗って私たちの前から去っていった。
「僕らも行こう」
「ええ……」
「どうかした?」
「ううん。なんでもないの」
今どこからか視線を感じた。
周りをさっと見たが、私たちを見ている者はいない。
疲れているから過敏になっているのかも。
そう自分に言い聞かせると、明さんの運転してきた車に乗り込んだ。
車が家に向かって発進すると、本当に心の底から開放感がわき上がってきた。
「千尋。さっきの話だけど」
「なに?」
「小川さんが言っていた、君に助けられたというのは?なにかあったの?」
「中学のときの話。一華はいじめられていたの。私は同じクラスだから……それを止めたの」
「そうか……勇気があって正義感が強いんだな。なかなかできることじゃないよ」
「そんなんじゃないって。ただそれ以来、私と一華は仲良くなって。一華が転校するまでいつも一緒だったなあ……。」
「いい友達を持ったね」
「うん。一華は私の親友なの。だから明さんも一華と仲良くしてね」
「ああ」
一華。あの時私はあなたのことを考えていたんだよ。私にはこうして新しい家族がいる。あなたには新しい家族がいるのだろうか?ご両親を突然に亡くしたあなたは、私の前からいなくなってからのあなたは、どうしてきたのだろう?そんなことを考えたの。