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第十四話 忘れない




今日は教会に行く日だと言われた。


「今日は風が強いので、ちゃんと着込みましょう」


首巻きを巻かれ、上着を着せられ、手袋まできちんとはめられる。世話を焼かれるたびに、首輪を増やされていく気分になる。


逃げる準備をしている人間に、防寒具はよく似合う。


馬車の中、窓の外を眺めながら考えていた。


もう遠回りはやめよう。

綺麗に嫌われようとするのは無理だった。

汚れればいいと思ったが、それも駄目だった。


なら、もっと分かりやすく。

誰が見ても「手放すべきだ」と思うことをすればいい。


教会の近くで馬車を降りたあと、わざと少し離れた。


通り沿いの小さな売店。

棚の上に並んだ品物を眺めるふりをする。


小さくて、でも無くなればすぐ分かるもの。


指先に触れたのは火打ち道具だった。


これならいい。

生活に必要で、価値があって、盗めばすぐ罪になる。


手袋越しにそれを掴み、そのまま懐へ入れた。


心臓は驚くほど静かだった。


これで終わる。

これで嫌われる。

これで自由だ。


そう思いながら振り返ったとき、視線がぶつかった。


アディポセラ様が、少し離れた場所に立っていた。


見ていたのか。


胸の奥が、ひやりと冷えた。

喜びじゃない。安堵でもない。


想定外の感情だった。


彼女の手から祈祷書が落ちる。

音がやけに乾いて響いた。


「……ウラシェル。それはどうしたのでしょう」


その声は、今まで聞いたことがないくらい弱かった。


歩み寄る。


逃げない。

ここで逃げたら意味がない。


「……盗みました。申し訳ありません」


叱責を待つ。

軽蔑を待つ。

突き放す言葉を待つ。


それなのに彼女は、怒鳴らなかった。


代わりに、手首を掴まれる。

強くない。けれど迷いのない手だった。


人目の少ない路地まで連れて行かれる。


ああ、ここで縁が切れるのだろう。

そう思ったのに。


「どうして……そんなことをするの」


怒りじゃない。

失望とも少し違う。


「う……うわ……うわあああああああああああああああああああ!!!!!!!!」


アディポセラ様は叫んで膝から崩れ落ちる。


刹那。


拳が私に向かって飛んできた。


鈍い嫌な音が聞こえ、私は体勢を崩してしまった。


「なんで……なんでなんでなんでなんでっ……なんでなのっ!」


拳はまだまだ降りかかってきた。


……昔のことなのに。


記憶が鮮明に蘇る。


傲慢な両親のために、わざわざ足元で這い蹲って謝り続けた記憶。


「どうしてっ!?私は何も知らないあなたに正しいことを教えてきたのに!!!どうしてこんなことをするの!?どういうつもりだったの!?」


私がプレゼントした安物のブーツが視界にはあった。

私は今、足元にいる。


どれだけ時が経とうと、習慣はそう簡単にはやめることができなかった。


「生まれてごめんなさい」と口走りそうになり、なんとも言えない気持ちが押し寄せてくる。


「私が教えてきたことは全部無駄だったの!?ああ、そうだったのね!私なんか私なんか私なんか!そもそもあなたは話なんて聞いてなかった!私がどれほどあなたを心配してあなたを正しい道に乗せてあげようとしていたかわからないでしょう!?あなたとは分かり合えないっ…!うあああああああああああああっ!」


薄々気づいていたが、アディポセラ様はヒステリックな性格だった。


一番女に多い。これが一番めんどうなやつ。

血の繋がらないクソ義母もこれだった。


アディポセラ様は私に馬乗りになって殴り続けていた。

盗みのバレたあなたは、私の存在を消そうとして殴る。

外見も中身も恵まれないあなたは人を殴る。


アディポセラ様は拳を止めた。

かと思えば、胸元を掴まれた。


……は?


苦しい。


だんだんと息ができなくなっている。

なぜか?

首巻きで首を絞められているからだ。


「わからないの……どうしたらいいのか、わからない……」


まず締めるな。早く手を離せ。


苦しい。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


苦しい。

苦しい。

苦しい。


いきがつまる。


首を絞められたのはクソジジイ以来だ。


くるしい。

くるしい。


息ができない。


暗転する視界の中で、教会の鐘の音だけは聞こえた。


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