テラーノベル
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羊皮紙を走る、ペンの音が静かに響き渡る。王国で、忠誠心の象徴とされる深い青を纏った騎士団長の部屋だ。第38代騎士団長、ルイ・ド・ラ・オベール——立派な口髭を蓄え、身体には幾つもの古傷が残る歴戦の騎士そのものだった——しかいないこの部屋では、他に音を発するものもなく廊下の話し声が良く聞こえた。特に口さがない貴族たちの噂話は絶えず、王家の悪口などを言っていると自分の忠誠心が試されてるように思える。群青のカーペットが導くドアの先で彼らの話し声が段々と小さくなっていき、聞こえなくなってきた所でため息を吐き目の前の書類に目線を戻す。
書類は、王都周辺で騎士団が当たった小さい事件や襲撃の報告書であった。地味かもしれないが、こういうのも騎士団長の仕事だ。サッと目を通し、問題がないのを確認した後サインをする。……最近は、冬が近づいているので、魔物の動きが活発になっている。今週は晴れが多かったし、冬籠りのため保存食や薪を集める人間と魔物とで衝突が多かったのだろう。いつもより量が多かった。
それでも、何とか進め残り二枚になった時、コンコンコンとノックの音が聞こえた。
「ルイ様、貴方様宛てにお手紙が来ております」
従者であるアランの声だ。ルイは一瞬強張らせた頬を解き、すぐに彼を招き入れた。
「手紙、というのは誰からのものだ?」
手紙と一緒に届いたという小包を受け取りながら問うと、アランは整った顔を顰めて言った。
「それが、その……何と言いますか、書いていないのです」
いつもハキハキとしているアランらしくない、歯切れの悪い返事だった。
「………書いていない、とはどういうことだ?それで王宮の門をくぐれたのか?」
王宮に住む者たちに手紙や品物を渡す際には、身元を明らかにする判子—例えば貴族の紋章とか—が必要だ。それらを用意できない場合は、門番に頼んできちんとした書類を書く必要がある。
「担当していた門番に話を聞いた所、その時はダランベールの紋章が入っていたと言われました。ですが…摩擦などで消えたにしては不自然すぎて」
ダランベールとは、ルイの遠い親戚で地方貴族の家名である。時折便りは貰うが、このようなことは一度もない。大体、秋の収穫や冬の社交界についての手紙はつい三週間前に来たばかりだ。
「むう……そうであるな。となると魔法か」
「そのことについてなのですが…ここに来る前に宮廷魔法使いに調べてもらった所、攻撃性のあるものではないと」
宮廷魔法使いノアは、裏表がなく腕の立つ魔法使いとして有名だ。勤勉な彼が攻撃性を持つ魔法を見落とすとは思えないし、一枚噛んでいる可能性も限りなく低い。
「……以上のことから、不可解ではあると認識しつつ攻撃性は少ないと思いルイ様の元へ届けました」
「そうだな。では中を確認しよう」
そう言い、封筒をそっと開ける。確かに、急に魔法陣が浮かび上がって爆発、なんてことは起こらなかった。中身は小さな羊皮紙一枚に、少し乱雑な字が書かれた何の変哲もない手紙であった。
「……………………」
しばらく黙って読み進めていたルイは、ある所で眉根をグッと寄せた。そこをなぞるように二、三度読んだ後、顔を上げてアランを見つめた。
「アラン、部屋を出よ。これは内密にすべき内容だ」
「はっ」
アランはルイの表情から事態を読み、すぐさま退室した。ルイは彼の足音が遠ざかるのを待ってから、再び手紙に目を落とした。
拝啓、フラルーク王国第38代騎士団長、ルイ・ド・ラ・オベール様
麦の稲穂が低く垂れ、収穫の喜びと冬への寒さが押し寄せる今日この頃、貴殿はどのようにお過ごしでしょうか。私どもはお陰様で……
【中略】
今回、貴殿にこのような手紙を送ったのは他でもありません。かつての宮廷魔法使い、シルヴィを看取って欲しいのです。場所はダランベール様の治める土地にある森、フェリークで御座います。シルヴィは貴殿の家系に連なる者。折角ならば遠くても構わないから親戚に看取って欲しいと思いました次第でして。彼女は年々力が衰えて来ており、近年は一人で過ごすことも難しくなって参りました。報酬は一緒に送った小包の中に入っております。何卒、よろしくお願いします。
また、料理や洗濯、警備や話し相手などができる方が良いです。シルヴィは女性でありますのでなるべく同性の方でお願いします。
貴殿に女神フラルールの祝福がありますよう。
嗚呼、なんて馬鹿げた手紙だろう。ルイは手紙を読み終えると天を仰いだ。字は乱雑で読みにくいし、挨拶や言葉遣いが所々間違っている。それに、「永遠の魔女」なんて恐れられているシルヴィだなんて……。正直、子供の悪戯と言われた方が納得できるような気がした。だがしかし、偽の紋章を施して城門を突破し、宮廷魔法使いの目さえも潜り抜けるとは………。どこにそんな聡明な子供が居るだろうか。
ルイは手紙で何度か繰り返されるシルヴィという文字を反芻した。永遠の魔女、シルヴィ……。彼女は百年ほど前に、この王宮に勤めていた魔法使いだった。幼い頃から魔法の才に長け、十になる頃には既に大人顔負けだったという。王立魔法学園を僅か11という年齢で、主席で卒業した。その後は王宮に雇われひたすらに研究を続けたのだとか……。弟子も取らず、少女として年相応の恋愛もせずに研究に打ち込んだシルヴィは、16の時、人間の身体の時を止める術を編み出した。それは当時の王フランシス11世が何よりも欲していたものだった。しかし、シルヴィは自分にのみその術を使い、王を見捨て王宮を去った。理由はわからない。当時の王に酷い仕打ちを受けていたのだと彼女を擁護する声もあれば、あれは人智を超えた化け物で、王を誑かすためにあのような真似を行ったのだとする声もある。真相は闇の中であるが、とにかくシルヴィは悪の魔女、そして誰も敵わぬ永遠の魔女と呼ばれ、恐れられ忌み嫌われている。とにかく、悪いことをしてみなさい。シルヴィがお前を攫ってしまうよ。それが、ルイが幼い頃乳母に何度も聞いた話であった。そういやシルヴィが去ってからオベール家は、紋章に王家への忠誠を誓う群青を入れるようになったのだっけ。そこまで思いだしてから、ルイは大きく溜息を吐いた。
気を取り直し、手紙をもう一度読んでみる。やはり文章の不自然さは変わらない。
さて送るとして、誰を送ろうか。手紙に書いてある通りにするならば、「オベール家の者」で「シルヴィと同性」、つまり女性であり「料理洗濯やらの家事から警備まで」である。さて、当てはまる者が居るだろうか。ルイは暫し頭を捻った。
否、捻る必要はなかった。すぐに、本当に一番最初に、娘の顔が浮かんできた。アネット・ド・ラ・オベールだ。メイド長とルイとの間の子であるアネットは、幼い頃母と同じようなメイドを目指していた。厨房や洗濯場などに入り込んでコックやメイド達を困らせることもしばしばだったが、何でも器用に卒なくこなす。現在は騎士団に入っているため剣の腕も申し分ない。まるで、女神に用意されたかのような完璧な人材だ。そうだ、彼女にしよう。ルイは引き出しから伝達用の魔道具を取り出してアランにかけた。
「至急、リアムに騎士団長室に来るように言ってくれ」
アランが了承するとルイは静かに頷いて、目の前の美しい装飾の施された扉を見るともなく見た。直後、罪悪感のようなものに襲われる。悪の魔女と言われ、恐れられているシルヴィの元へ本当に娘を送って良いものなのだろうか?いや、彼奴はだいぶ前から王宮のことを嫌っていた。自然の中で、本来やりたかった家事ができると知れば喜ぶだろう。そう、結論づけても後から後から自分を追求する言葉が追ってくる。本当は都合が悪いから地方に送りたいのでは?いや、家長を継ぐのは弟のレオだ。兄弟で軋轢を生まぬためにも…………
「父上、リアムです。お呼び出しに応じました」
凛とした少し高い声が響く。ルイは威厳ある顔を作ってから、彼女に入るよう告げる。
果たして、父として騎士団長として本当に威厳のある顔だっただろうか——。
あとがき
初めてまして、ゆっぺです。ネットで小説を投稿するには不慣れなので間違いがあったらすみません。プロローグなのにこんなに長くなってしまいました……多分、一話はもっと長くなると思います。リアルが忙しく投稿頻度は遅いと思いますが、次回も見てくれたら幸いです。
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