初めてあったときは、こんなに優しいひとだなんてわからなかった。
並んで歩いていたと思えば、一歩先に出て私を人の少ないスペースへ誘導してくれる。
たどり着いたのは南極大陸のブース。
ペンギンがちょうどお魚を丸呑みしてるところだった。
「すっごい食べてます!」
「そうだね、すごい食べてるわ」
るなの感想が面白かったのかな。わはは、とシヴァさんは軽く笑った。
気づかれないように、ペンギンを見るふりしてシヴァさんの横顔を見つめる。
少し上がってる口角。すげー、喉につっかえないんだとか言いながらペンギンをじっと見つめてた。
嬉しいなぁ。
ふたりともなかなかぎこちなさが抜けなかったのに…そんなの遠い昔のことみたい。
ユニバのときもまだここまで打ち解けてなくて。(メンバーとしてはもちろん打ち解けてたけれど、恋人としてはってこと)
ひたすら私に合わせてくれてた。
シヴァさんは寄り添うのが上手いひとなんだなって思った。
サマーランドでも、こっそり行ったコンビニでも、遊びに行ったおうちでも、クリスマスも。
私はどうなんだろう。
ちゃんとできてるのかな。
「俺の顔になんかついてる?」
じっと見つめたままぼんやりしていたら。
視線に気づいたシヴァさんが顔を赤らめた。
「あのう、るなはちゃんと”彼女”できてます?」
私の質問にへぇ?って、目をまんまるくした。それからうーん、ってちょっと考えて握る手を強く引かれた。
「るなさんは」
「もちょっと自分の魅力に気づいたほうがいいよ」
大好きなあの、低い落ち着いた声。
「…ん?え?」
私の質問の答えになっていない…よね?
困った顔してるとふふ、ってシヴァさんが笑った。
「まぁそれも魅力のひとつだけどさ」
シヴァさんはたまに、ごくたまにだけどなぞなぞみたいな受け答えをする。
難しくてわからないことが多いけど、満足そうに答えてるのが不思議なの。
「るなさんが隣にいるだけで俺はいい」
「でもそれじゃあ」
「るなさんがニコニコしてて、嬉しそうなのを一番に見れるのが俺だって思えたら、それでいい」
「大好きなひとが、自分を見てくれるなんてすごく幸せなことなんだよ」
見たことない、男らしいけどそれでいて優しく笑う彼に心臓が跳ねた。
愛おしいっていうのかな。
私のことを好きなんだっていうのが、すごくわかってしまった。
「ほんとはさ、心配だから大学で張り付いていたいくらい」
「そんな、何にもないですよー」
「ほんとか?誰かに何か言われたりしないの?」
「男の子にってこと?」
「そうだよ」
「いやー…それは…えぇっと」
「あるんだな?」
あれ、さっきの優しいシヴァさんはどこへ…。
何かを察したのか、目つきが厳しくなった。
「でも彼氏いるって言うと、みんなそっかーってなりますから!」
「今度なんか言われたらすぐ東京から飛んでいくからな」
「ほんとに飛んできそう」
「当たり前だよ」
くそーやっぱりなぁ、ってため息をついた。
飛んでくるシヴァさんを想像したら面白くってくすくす笑ってしまった。
「離れたいなんていわれても、もう無理だから」
初めて見れた、彼の本心。いつも私に合わせてくれてばかりでって思っていたけど。
絶対離れたくないってことだよね。
いわれて嬉しくない彼女はいないよ。
「えっ、あれ?え?」
「どうしたの?」
スマホのバイブが鳴って慌てて手に取ると、えとちゃんから簡潔なメッセージ。
「えとちゃんたち、先に帰るって…」
「あーそうか」
シヴァさんに伝えたら、どこかわかっていたような口ぶりだった。
「早かれ遅かれ、多分あの二人は途中で抜けるつもりだったんじゃないかな?」
「じゃあうりりんの眠たいのは演技だったんですかね?」
「いや、あれはほんとに眠かったんだと思う」
そうなんですか?と聞けば、ガチのやつだよと教えてくれた。はげずのうちの二人だもんね。仲良しだからわかったのかな。
「じゃぁこれで、るなさんが心置きなく俺にくっつけるってことか」
「…!!…!!」
「ごめんごめん、でも嘘ではないよね?」
さっき言ったことを蒸し返されて恥ずかしくなった。
もう〜そうだけどいわないでくださいぃぃ。
ばたばたしてたら、おっきな手がぽんって頭の上にのった。
「海遊館でたら、チェックインしに行こうかな」
「あの、るな」
「いいよ、部屋でおやつにする?」
「もう、子ども扱いしないでください。いつもるながおやつ食べてると思ってませんか?」
「じゃあやめる?」
「食べるもん」
なんか子ども扱いされた気がする。
そういえばシヴァさんと歳がそれなりに離れていたんだっけ。
メンバーのみんな二、三個上くらいの差しか感じないから意識してなかったけど。
シヴァさんの余裕さが、大人に見えてしまった。
「るなが買いますっ」
「いいって、俺だすから」
「や!です!!やなの!!」
カゴを手に持ってぶんぶんと顔を横に力一杯ふった。
今日のデート代ほぼシヴァさんが出してくれててるな全然お金出してなかった。
だから前にもきたコンビニのカゴを死守してたんだけど。じゃなきゃ絶対そのままシヴァさんお会計するもん。
「今日はるなが払います!シヴァさんは泥舟にのった気持ちでカゴに入れてくださいっ」
「www沈むやつよ」
あれ、こーゆーの泥舟って言わないっけ??
豪華客船だっけ??どれにのるの??ナントカに乗ったキモチって…
「…くっ、大船だよ」
「それですっそれにのってくださいね。もう、シヴァさん笑いすぎ!!」
ちょっと間違えちゃっただけなのに、シヴァさんお腹抱えて必死で抑えてる。
「わかったわかった。じゃあ今日はるなさんにお願いするね」
笑ってごめんねって。それからシヴァさんと私の好きなものをカゴに詰めていった。
「おんなじお部屋だ」
「すげえ偶然」
ホテルに着いてお部屋にお邪魔する。なんだか見覚えあると思ったら、前回の同じ階の同じ部屋。
お買い物の袋から飲み物とおやつを取り出して、シヴァさんの分を渡した。
シヴァさんは片手で受け取ると、勢いよくキャップを回して蓋を開ける。
「なんだかんだでたくさん歩き回りましたね」
「大阪行くとだいたい観光してるもんな」
一気飲みして勢いよくペットボトルから口を離した。ぷはぁ、ってまるでお酒を飲んでるみたい。
「だから反動で東京にいるときはゆっくりしちゃうのかな」
「そうですね〜でも動物園行ったり、サマーランド行ったりしてますね」
「なんだ。意外と忙しかった」
るなさんっていったら、俺は一番にこれが思いつくよ。そう指を刺されたミルクティー。
高校生の時はよく飲んでて最近は飲んでなかったけれど、懐かしくて買った。
「ユーフェスの楽屋ですね」
「そうだな」
「高校二年生の時だ。楽しかったなぁ〜」
あの時は夏休みにシェアハウスに泊まったり、配信したりで毎日新しいことだらけで楽しかった。
「自惚れてたらごめんね」
「へ?」
「るなさんシェアハウスに泊まりにきたとき、俺のこと見てなかった?」
「なんで知ってるんです!?」
そう、あの時初めてたくさんお話しできて優しいひとだなって思って、それから…
どんなひとかなって気になった。
「いや、てっきり自分がなんかして怒ってるのかなって」
ほっとしたのか、胸をさするシヴァさん。
「怒ってなんかないですよ!?」
気になって気になって。でもそれからなかなかお話しする機会もないままだったことを悔やんだ。
けど最後に勇気を出してみたら、大好きなひとが彼氏になって。
一番近い存在になっちゃったなぁ。
一度だけキッチンに横並びになった時もあった。
まじまじとは見れないけれど、おっきな男のひとと並ぶの初めてだったから、私がとっても小さく感じたんだっけ。
まな板なの上の私の手を見て、「小さくて、女のこの手だな」ってぽつってつぶやいてた。
「俺そんなこと言ったぁ!?」
「言ってましたよ、覚えてます」
「心の声がダダ漏れしたか。はず」
「るなさんがあんまりにも小さくて。女のこって壊れちゃいそうって思ったんだよ」
俺は男とつるむことが多かったから、なんて懐かしそうに前を見た。
「るなちっちゃいですかね」
「うん、俺の後ろにいたら隠れちゃうでしょ」
「そうですね」
うんうん、すっぽり隠れる私が想像できる。
「後ろなら、前も」
あれ?ちょっと待って。
前ですっぽりって…
抱き合う姿を想像して顔が熱くなった。
「まえ…はこの間確認しました…」
そうだ、コンビニ帰りのときも、シヴァさんのお部屋に泊まったときも。クリスマスのベッドの上で。
「「…」」
いきなり入ってしまったスイッチに、お互い顔を背けた。シヴァさんも、んん、とかなんとか咳払いをしてる。
どうしよどうしよ。
この間ここにきた時はどんなふうに過ごしていたんだっけ…。
そうだ!
「し、しばさんっまたお腹ぺたぺたしたいです!!」
「え!?アレ!?」
「アレです!!」
お腹かたくって触らせてもらったんだ。
やっぱり女のひとにはなかなか作り出せないよね。
手を前に出すと、まったとシヴァさんから止められた。
「じゃあ、俺もやりたいことがある」
「なんです?」
「ちょっと前にたってごらん」
言われた通りにシヴァさんの前にちょこんと立つ。
「変なことはしないよ。これはね、のあさんとえとさんから”しばおのそのデカさと筋肉はこのためにあるんでしょ!?”って怒られたんだわ」
なんのことかな?と小首をかしげると、しゃがんだシヴァさんに足をすくいとられた。
くるんと視界が変わる。
「ひゃぁあ!」
「よっしゃ、できたー」
怖くて何に捕まっていいかわからないでいると、首に手回しなって。言われた通りにした。
「お、おひめさまだっこ…!」
「るなさん軽いな」
怖い?なんて嬉しそうに聞いてくる。その笑顔がまた反則で。
きっと私しかーーーるなにしか見せてくれない笑顔と距離なんだ。
胸がきゅーってなって。腕の力を強めて抱きついた。
「ごめん、怖かった?おろすよ」
“いきなりすぎたよな、ごめんな”って。
いっつもるなのことばかり優先してくれる。
「…怖くない」
「そっか、でも降ろしてあげるから」
きっと私が戸惑ってるって思ったんだ。
だからすぐ降ろしてあげる、なんて言ったんだね。
私の足が地についた。
それはそれはゆっくりと。
私の腕はまだシヴァさんの首に巻きついてて。
ほどきたくなかった。
「…」
「?るなさん?大丈夫だよもう、どうし」
手を緩めてすぐ、まだ屈んでるあなたと目線は同じ。左手でそっと頬をなでてキスをする。
一度離して
やっぱり足りなくて、もう一度。
「…」
シヴァさんは驚いてるみたい。目が見開いたまんまで、ぱちぱちって何度か瞬きしていた。
そのままゆっくりベッドサイドに腰を下ろしていた。
「あの。その…すみません」
なんて言っていいかわからなくて、謝ってしまう。キスしたかったのでしましたなんて、多分この私の顔からわかってくれてると思う。
「や、ぜんぜん…びっくりした…」
「そんな、そんな驚きます?」
「いやだってるなさんからしてくれるとは」
夢かと思うだろって。夢じゃないですよ。
「るなも」
「ん?」
「るなだって。したいなって思うとき…あるんですよ」
るなをなんだと思ってるんですか。
ちゃんと彼氏のことが大好きな、ひとりの女のこなんです。
シヴァさんの隣に静かに腰掛けた。
「っとに…」
はぁって、隣からおっきな息が聞こえてきた。
「あのさぁ、るなさん状況わかってんの?
…俺がどんっだけいつも我慢してんのか」
ぎゅぅ、って苦しそうな表情で見つめられる。
「なんで我慢するの?」
「俺るなさんのことスッゲー好きなんだよ??大事にしたいって思うだろ」
「るな、るなは?」
「へ」
「シヴァさん大事にしてくれるの知ってます。わかってるの。全部知ってるからるな。」
シヴァさんお願いわかって。
るなはシヴァさんが思うより、ずっとずっと大好きなんです。
だからお願い。
るなも大好きな気持ち、ちゃんとおんなじ気持ちで返すから。
じっと見つめる先に、揺れる綺麗な黄緑色の瞳。
ふぅ、ってシヴァさんから吐息が漏れる。
「俺は諦める恋だった」
どこか寂しげな表情、不安になる。
「ずっとずっと好きだった。会った瞬間一目惚れしかも彼女はまだ学生…。グループ結成時に恋してどーすんだって思ったよ。」
「ひた隠しにしてたんだ」
シヴァさんが視線を下げる。
「るなさんが告白してなかったら。俺の想いは淡すぎてなかったことにしたよ。だから」
「大事にしすぎて、るなさんの気持ちあんまり見えてなかった」
「だめですよ、そんな。ちゃんと見てください」
「そうだな。もっと素直にならなきゃダメだね」
おいで、と私の身体をシヴァさんは自分の膝の上にのせた。
「好きになってくれて、ありがとう」
「…えへ」
「はは、かわいーな…ほんと」
二人の吐息がかかるくらい。ふわって優しいキスをする。
少し離して恥ずかしくってくすぐったくて笑い合った。
「るな好きですよ」
「うん、ありがと」
「幸せすぎて死なないでくださいね」
「いやーどうだろ」
「だめですっ!生きて!」
るなさんに言われたら、生きるしかねーなだって。死んじゃったら困るのに。
シヴァさんはほっとしたような笑顔だった。
「ここまでありがとうございました」
「いや、いいよ。嬉しかった」
るなの時間が許されるギリギリまで二人でいて、あの告白してくれた時と同じ。
お家の近くまで送ってくれた。
「次はるなさんの誕生日かぁ…早いな、もう19?」
「大人なんですよ」
えへん、と胸を張ると、そうだねなんて優しく頭を撫でられた。
「るなさんがもっと綺麗になったら困るわ。マジで張りつこうかな」
「大丈夫ですよー」
「いや大丈夫じゃねぇよ」
きゅっ、てまた眉間に皺寄せちゃった。
「誕生日、お祝いする」
「ありがとうございます」
「だから
…ふたりで過ごそう」
大人の男のひとの、優しい笑い方だ。
見たことない、柔らかくって大人の笑みに心がが揺らぐ。その穏やかな表情から、全てを理解した。
その日は、ふたりでずっと一緒にいるの。
「…はい」
手を振って、私は家の玄関の扉を開けた。
幸せで胸がいっぱい詰まってる。
今度会った時はもっと、幸せで埋まっちゃう気がするな。
好きがもっと好きになる。
「意外とるなも、一目惚れかも?」
好きになるの、るなが一番ならよかったのになんて。
コメント
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後二話くらいで完結する予定です。 実はこの話、某所にて片思いで終わらせてしまった🐸さんの想いを実現させたものでした。 二年くらい前に書いたシリーズで、そっちは🌷❄️さんで完結させたのですがどうしても🐸さんを幸せニできなかったことを悔いてて→