スマホを取り出しロック画面を見る。
映し出される2月17日。
小さく息を吐いた。
これは気持ちを抑えるための一呼吸。
おろしたてのチュールスカートを握りしめる。自分には甘すぎたかな、ふわふわのニットに淡い水色のチュールスカート。
どうかな、ってえとちゃんに聞いたら「それ絶対しばお好きなやつ。足?まだ見せなくていいよ」なんてお返事が返ってきて。
私もちょっと思ってた。シヴァさんなら、何を着たってかわいいねって返してくれる。
髪の毛も緩く巻いて、ちょっと頑張ってヘアアレンジとかして。
気合いいれすぎかなぁ。
今日は後にも先にも、絶対に特別な日にしかならないもの。
車窓から続く変わりない風景をぼんやりと眺めた。
似たような家が並び山や海が見えたと思えば、賑やかな街並みへと変化する。
“ほしいものも行きたいところもまだわからない?いいよ、ゆっくり考えれば”
お誕生日の日、プレゼントも行きたいところも何にも思いつかなかった私にシヴァさんは怒らなかった。
もともと怒る人でもないけど。
ずっとずっと考えてるけれど、ほんとに何にも思い浮かばなくて。
たぶん、会えるだけで幸せだからかな。
久しぶりにふたりきりで過ごせる。それだけでもうプレゼントをもらった気分。
「まだかなー…」
今日はどんな一日になるんだろう。
そして帰りの新幹線で、どんなこと考えているんだろう…。
(いたっ)
八重洲口の待ち合わせもだいぶ慣れた。
頭ひとつ抜けた自分の彼氏を探す時間も日々更新してる。
シヴァさんも、私がエスカレーターをおりきって改札に向かう頃にはもう気づいてるみたいだった。
「しばさん、しばさん!」
小走りで近づく。嬉しくてにやにやがたまらない。…と思ってたら
「んあ!」
カンコン♪
焦りすぎて改札ピッてするの忘れてしまった。慌ててスマホをかざして、真っ直ぐ前に進んだ。
「おつかれさまー。改札しまってたよ」
シヴァさんに笑われちゃった。
「焦っちゃいました」
会えたのが嬉しくて、すぐにでも飛びつきたいけれど。なんとか我慢して笑顔だけ向ける。
最初はつられて目尻が下がってたシヴァさんだけど、突然目を見開いてきゅっ、と口を締めた。
「??どうしたの?」
「いや、服が。いつもよりこう可愛いくて…いやいつも可愛いけど!」
頑張って言葉を紡いでくれてきゅんとする。
顔を真っ赤にしながら褒めてくれた。
「お誕生日なので」
どうですか?可愛いですか?髪も巻いたしアレンジ頑張ったんですよ。
くるくると回って見せた。
「…行こ」
回ってる途中で手を握られ、新幹線乗り場を後にして。
あれ?なんだか焦ってるみたい。そんなに急いでどうしたんだろ。
「シヴァさんどうかしましたか?」
「るなさんあんまり見られたくないから」
ぼそっとそれだけ言って、また強く手を握られて。
そっと横顔を見たら、耳まで真っ赤になっていた。
「ほんとに俺の家直行でいいの?」
いきたい場所がやっぱり思いつかない私に、大丈夫なのかと念押ししてきた。
「すみません、思い浮かばなくて」
「仕方ないよ、大阪ではたくさん遊んでるもんな。バランスだわ」
綺麗な景色でレストランとか、お誕生日プレゼント買いに行くとか。
SNSを見れば『彼女のお誕生日』なんてみんなすごく豪華で特別なことしているけれど。
「るなはっっしばさんのご飯食べたいです!!この間食べてないですからっっ」
「そんな力説しなくても」
飯なんていつでも作ってあげるから。
といつも以上の優しい声で嗜められた。
「今日はね、昼も夜もふるこーす!」
「いいよ。お昼何食べる?」
「んーと…」
シヴァさんの隣に移った。
もっとくっつきたくてそばによったの、わかってるかな。
シヴァさんいつもと変わらない。
もっとこう、慌てたりとか、真っ赤になってしどろもどろすると思ってたのに。
ううん、いつもより落ち着いてる?
私だけがそわそわしてるみたい。
“たぶん次うちきたら、 何もしないのはもう無理だと思う”
クリスマスの時にいわれた言葉。
いくら私だって、意味くらいわかる。
もしかしてそんな気なくなっちゃったのかな。
いろんな不安が渦巻いてるけど、魅力なくなっちゃいましたかなんてさすがに聞くことはできない。
嫌われてるわけじゃないもの。
ふたりでいるだけで幸せなんだから。
電車を降りてスーパーに寄った。
二人で買い物してると、なんだか一緒に住んでる気分になる。
ふたりでオススメし合ったお菓子やらジュースもカゴに入れた。
「そういえばね、この前シヴァさんが食べてた辛いやつ、真似っこしてみたんです」
「るなさん食べれんの!?」
「ううん、辛かったの。無理だった」
「いや辛いもん、アレ」
そんな会話をしつつ、お会計がすみテキパキと買ったものを袋入れていく。
大きな袋一つと
小さな袋一つ。
おっきな方を待とうとしたら、さって手から消えちゃって。
「るなさんこっちね」
代わりに小さな袋を渡された。
あれあれ、何だかこの感じ…覚えがある。
シヴァさんが初めて泊まった大阪の日。
コンビニでお菓子買って袋持とうとしたら小さいの渡されたんだ。
「シヴァさんもしかして、いつもるなに小さいほう渡してくれるの?」
突然話し始めたから、何の話かわかってなかったみたい。しばらくして、あーそのこと、とつぶやいた。
「身体の大きさ考えてみ?俺のがおっきいでしょ?だから」
「…シヴァさんて、なんか…その」
別に些細なことなんだけど、私に対しての気遣いの多さにキュンとしちゃって。
もしかして…すごく愛されてる?
「るなのこと、すごく好き?」
「…もう何度も言ってるよ」
お昼の公衆の面前では勘弁してと言われ、繋いだ手は熱かった。
「シヴァさんは…彼女をうんと大事にするタイプですよね?」
「どしたのいきなり!!」
「いや身をもって知ったといいますか」
シヴァさんはすごい優しい。
なんだろう、彼氏だから当たり前なんだけど包容力がすごいっていうか。
私が何してても怒らないで待っててくれるし。あれしたい、これしたいって言えばいいよしか言わないし。
「シヴァさんるな困っちゃいます」
「今度はどした!?」
さっきからシヴァさんの情緒が忙しい。
「だってね?こんなに優しくされたら離れられなくなっちゃう…」
シヴァさんに甘えるのがすごい心地よくて、わがままにならないか心配だ。
「離れられないって、離れる予定あるの?」
「な、ないですよ!?」
シヴァさんの声のトーンがちょっと低くなったから慌てて否定した。
「ならいいよ。俺も離す気なんざさらさらない」
るなのほうはみないでまっすぐ前を見据えたまま告げられる。
「それって」
「俺はね、るなさんが思ってる以上に厄介な男だよ。覚悟しててね」
シヴァさんはにっ、と鋭利な歯を見せて笑っていた。
「さてと、鍵かぎ…」
お話ししてたらもうシヴァさんのマンションだ。エントランスの入り口を開けてもらい中に入る。
久しぶりだ。
後ろについてって部屋の前で待っているとドアが開いた。
「るなさん先に入って」
「お、お邪魔しまぁす」
玄関からお部屋を覗くと、前回よりもさっぱりしてる気がする。
「シヴァさんのお部屋、何だか前回よりもさっぱりしてーーー」
振り向こうとしたら、力で封じ込められた。
後ろから抱きつかれたんだ。
「!?…!!」
びっくりして前見たり後ろ見たり挙動不審になる。
するとふぅーってシヴァさんが私の肩に顔を埋めたまま息を吐いた。
「るなさんもしかしてわざと?」
くぐもる声で言われた。何のことだろう。
「な、なにがですか??」
「だよな、そうだよなぁるなさんだもんな」
シヴァさんなんだか一人で納得してるけど、こちらはよくわからないまま。
「あのね」
「るなさんはもしかしたら何も思ってないかもしんないけど、全然余裕…ないからね?」
真剣な顔がだんだん近づいてくる。
反射的にきゅっと目をつむったけど…予想としていたものとは違かった。
よしよし、と頭を撫でられた。
「あ、あれ??」
「さ、飯の準備しなきゃ」
シヴァさんは私の横をするっとぬけてキッチンへと行ってしまった。
「る、るなだって全然余裕ないんですから…!!」
シヴァさんの意地悪!!
てっきりその、キスするかと思ったのに。
…してもよかったのに。
むぅ、とふくれっつらしつつ大きな背中の跡を追った。
コメント
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何本か書き直ししてました。迷走してしまった…。