テラーノベル
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秘密の開示。
オレと野崎の間にあった確かな壁が崩れ去ったのが、明確に分かった。
夏の陽射しの下、不思議な涼しさを感じながら、二人で横並びになって歩く。並木道を過ぎて、フットサルコートを越えて、広い月極駐車場に踏み入れた頃、
「煌、君はやっぱり仮面を持っているはずだよ」
青空の下、野崎はこんなに暑いのに、立ち止まってそう言った。
よほど、オレが帰る前に言っておきたいことが山ほどあるらしい。
「まだそんなこと疑ってんのか。 言ったはずだぞ、オレはお前らが持ってるみたいな仮面のことなんて知らない。 オカルトに巻き込むなよ、オレは狭間に居たいんだ」
「オカルトじゃあない。 これだけ曖昧を嫌う私が言うのだから間違いない、仮面は現実の物品だ。 権能は現実の秘術だ。 そして……、君がその身でディオの銃弾を傷ひとつなく受け止めたのも現実だよ」
体育館、舞台上で。
ディオの放った銃弾はオレの腹部に、確実に直撃していた。
それなのに、オレは死ななかった。
身体に穴すらあかなかったどころか、飛んできた銃弾は壁に叩きつけられたゼリーみたいに弾けて床に散っていたのだから驚きだ。
だが、あんな現象は初めてではない。
博物館で野崎に斧を振るわれた時にも同じことが起きた。
「仮面には異常現象を引き起こす力が宿る。 弾丸を跳ね除けるなんて、あんなことが出来るのは仮面持ちしかいないだろう? 私にまだ隠し事をしているな」
「してねーよ! 仮面持ちってのは仮面をつけてる間しか権能を使えねえんだろ? オレが仮面をつけてたことがあったかよ?」
「舞台上では私から借りた仮面をつけていたが、博物館では素顔のままだった」
「だろ? それに、権能を使うためには、お前のところのリーダーから仮面を貰わなくちゃいけないんだったよな。 オレとそいつは博物館が初対面だし、仮面なんて貰った覚えなんてねえよ」
論理的に話したつもりだったが、野崎は納得してはくれない。不服そうな顔のままだ。
「それでも……、私はあの劇中に、君から『引力』を感じた。 権能が発動した時にだけ発生する、第六感的に伝わる波長を」
「目の前にディオがいたんだ。 お前は体育館の二階からそれを感じたんだろ? きっとそれはオレじゃなくて、ディオのだったんだろ」
「いや、それはおかしい。 権能から溢れる『引力』の印象は、仮面ごとにそれぞれ違う。 私が感じたそれは、ディオの『引力』とは全く別の…………」
「ああああもう、知らねえもんは知らねえって! オレだって気になるぜ、どうしてあんなことが、お前の時とディオの時で二度も起きたのか。 でもオレには身に覚えがねえし、理屈みてえなのも分かんねえってんだからどうしようもねぇだろ。 ただの偶然の重なりじゃねえのか?」
状況も違う、場所も違う。
そんな中で起きたことに共通点なんて、
たったのひとつも――――――、
『――――破壊せよ。
望みに訴喰わぬ最後なら、
貴様の一存で跳ね除けよ。
可否も賛否も、奇遇も定めも、
打ち壊して幾度でも賽を振り直せ。
王権を以て、物語を自在に創り変えよ』
夢の中の男。
あの死の淵でオレは、二度ともあいつと話した。
「どうした煌、秘密を話す気になったか?」
「…………気になることがある。 あの時、もう駄目だって思って、目をつぶったんだ。 その時に、目蓋の裏でいつも夢に出てくる男と話した。 そう言えば、あいつも仮面をつけてた」
「男? どんな男だ?」
「顔は仮面をつけてて、黒いコートで身体を隠してて……、それだけだ。 何も分からない」
「何を話した? 権能のことか?」
「いや……、何もかも意味不明で、分からなかった。 破壊がどうの、王がどうのって……」
野崎は埒が明かない様子で、
「ハア、走馬灯ってやつか? それじゃあ何のことかさっぱりだ、君の仮面の究明には役に立たないな」
「……その夢、オレの記憶喪失に関係している気がするんだ。 あの男を追えば何か思い出せるかもって、そんな気が……」
「……記憶喪失か。 御山は君のことを”どこにでもいる普通の学生”と呼んでいたけどね、今思えば、君ってやつはどこも普通じゃあないと思うけどな」
オレが普通じゃない?
まさか野崎にそんなことを言われるなんて。
「神無月煌。 目が覚めると記憶喪失で、自身を異常に慕う妹と学校へ通い、友人たちと作った秘密基地で放課後は遊び、夜は不思議な夢ばかりを見て頭痛に苛まれ、ある日事件に巻き込またことをきっかけに組織から監視されるようになり、学校を占拠したテロリストからクラスメイト達を救いだし、謎の奇跡を味方につけて二度も死を退けた。 そんな学生のどこが普通だって言うのさ? それは、劇的じゃあないか?」
「厄介事に巻き込まれてるだけで、オレは普通だ。 お前みたいな個性の塊ハロウィン頭に比べたらずっとな」
「火なき処に煙立たず。 厄介事に巻き込まれるのではなく、無意識に君が厄介事を呼び寄せているんだよ。 ……成程、そうか、そうだよ、何となくわかった気がする」
蝉鳴りの中、鬱雑い日射を掻き分けて、野崎の声がはっきりと耳に届く。
「面倒の数々に巻き込まれ、劇的な運命を呼び寄せて、非常識的な奇跡を引き起こす。 それが君の力なのかもな? 創作物なら不自然にまで感じる程のご都合展開。 まるでアニメや漫画のお約束・王道的な出来事を誘う、俗に言う主人公補正。 それが君の持つ力だとしたら、君の境遇にも、あの異常にも、説明がつくんじゃあないか?」
主人公補正?
そんな非現実的なもので説明がつくワケがない。
野崎は権能なんて可笑しなもんのことばっかり考えてるせいで、妄想症になってしまっているんだ。
だって、そんな力まで認めちまったら、権能ってのは本当に何でも有りになっちまう。
仮面や権能の存在は、ここまで来たら信じざるを得ないが、許容できるのはそこまでだ。
何より、オレは仮面も権能も持っていない。これは、当人たる自分が一番よく分かっている。確実だ。
野崎の言うような力は絶対にオレにはない。
ただ、酷い不運と謎の豪運に目をつけられているだけだ。
だってオレは……、
どこにでもいる普通の学生なんだから。
野崎と別れ、商店街、シャッター群、住宅街、神無月宅前。
一週間強ほどぶりの帰宅。
玄関前に立っただけで、既に安心感が胸に溢れる。
ドアノブに手をかけ、半回転させた途端、
「お兄ちゃぁあああああああああっんん!!」
と、扉をぶち開いた理紗が、そのままロケットになって腹に直撃してきた。
衝撃そのまま、仰向けに倒れ込む。
「痛っ……」
「お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん!! おかえりおかえりおかえりおかえりおかえりおかえりおかえりおかえりおかえりおかえり!!」
「……ただいま、理紗」
馬乗りのまま、理紗はオレの胸板に頭を擦り付け続ける。
まるで主人を迎える猫みたいだ、と思いながら肩を掴んで上体を上げさせた。
「私病院怖くて、会いに行けなくて……、ずっと寂しくてっ……、でもお兄ちゃんに会いたくて、でも外無理すぎて、ずっと悩んでて……、ぅぅぅううう!!」
「引きこもり明けでたまに学校行けるようになっただけでスゲーんだよ。 見舞いに来ようとしてくれただけて嬉しいって。 ……心配かけて悪かったな」
涙目で訴える妹を安心させようとしたはずだったが、その会話でオレの方が逆に安心させられてしまった。
待ってくれる人がいる、というのは心地いい。
ディオに撃たれたあの瞬間、死にたくないと頭を過ぎったのは、理紗や友人たちの顔だった。
彼女たちがいたから、オレは生きている。
彼女たちがいるから、オレは生きていける。
そう、強く感じる。
「……そろそろ降りてくれると有難いんだが」
「むり。 あと50分はこのままがいい」
「外なんだわ!! 誰かに見られたらどんな勘違いされっかわかんねえんだわ!!」
「やだやだやだーーっ!!」
しばらく妹をなだめ続けた後、腕にしがみつかれたまま帰宅した。
神無月の両親に迷惑をかけたことを謝り、久々の自室で一息をついた。
食卓を囲んでの食事も、久しぶりだった。
一日の終わりに、一緒に同じベッドで寝ると言って聞かない理紗が暴れだし、中に入ってこないよう布団を引っ張る防衛戦を繰り広げた。
英雄劇は、幕を閉じた。
事件は、収束した。
あのゾンビだらけの悪夢のような出来事は、
ディオの狙いと共に絶え、遂に終わったのだ。
その夜は、いつもの夢を見なかった。
―――――――――――――――――――――
「――――以上が、報告になります」
仮面をつけた野崎海舟は、事件の全容を報告するため、腐った廃教会にいた。
その先には、ステンドグラスの色明かりの下に立つ、『少数派』の指導者、極黒のフルフェイスを装面した黒いローブの男。
その隣に寄り立つ黒羽毛の蛇皮を背負った烏が、赤い目玉が先についた杖で床を啄いた。
「『分派』! 矢張り奴らなのか! 我々から離反した癖に、必要以上に仮面の存在を世にひけらかしおって、許せんぞ! 貴方もそう思いますでしょう、EXE様!」
フルフェイスの男が、汚れた神父台の埃を片手で払い、ゆっくりと振り返った。
「……『分派』、彼等曰く『廃棄物』。 虚栄と飢餓の世界。己が生起せし顕示欲を反逆の拳に変え、大願を叶えるため福音を受けた男、ディオ。 離反した彼がどうなろうとも、『廃棄物』が何を起こそうとも、一切は過ぎ往くことに他ならん」
「そうは言われますがね、仮面の存在が周知されれば、我々は動き辛くなりますぞ。 それにロビンソンの報告通りなら、特務課などという奴らが仮面を拾い、我々を追っております。 これ以上の事態を避けるため、ここらで『廃棄物』を根絶やしにしておかねばならぬと存じますが」
「…………ロビンソンよ。 あの学徒の権能はどうだ。 仮面はまだ、発現せぬままなのか?」
「はい、まだ。 しかし、異能の片鱗は掴めました。 彼は明らかにおかしい。 普通ではない。 きっと彼の権能は無意識の内に常時執行されている。 どうして仮面が現れないかは分かりませんが、ただ存在しているだけで異常を引き寄せる、『特例』的な効果を持っていると思われます」
「『特例』、であるか。 ……面白い。 反逆の美術家、ロビンソンよ。 これまで通りあの学徒を監視せよ。 彼に足りぬのは権能にまつわる知識と体験
。 常に傍に立ち、彼を援助せよ。 『引力』を理解した頃に、我々の仲間として迎え入れることとする」
EXEが会衆席の通りを歩くと、それを烏が急いで追い越して、先んじて朽ちた大扉を開いた。
「EXE様、お言葉ですが、あの学生より『廃棄物』に手を下すことを優先するべきです。 どうか、撃滅のご命令を!」
「ならばラヴェンダーよ、『廃棄物』を探れ。 まだ手は出すな。 彼等も離反する以前は、同じ反逆の願いを抱えた同士。 救済されるべきだ」
「畏まりました……!」
EXEは教会から出て、夕暮れの森へ消えていく。
それを見送ったラヴェンダーは扉を閉じて、目玉の杖を床に啄いた。
「EXE様は御優しい。 優しすぎる! 『廃棄物』の邪魔者共め! それに、あの学生も先手を打って消しておくべきだ! EXE様の福音を受けず権能を執行できるなんてことはあってはならない。 何を起こすかわからぬ不気味! 仮面を理解していない身でディオを打ち倒したのだぞ? 対処すべき、恐ろしい異信徒だ!」
「指導者の勅命を聞いてやれよラヴェンダー。 『少数派』随一の忠誠心を持つ腹心の部下が、命令を無視するのかい?」
「フン、ロビンソン! 分かったようなクチを! 手前の願いさえ叶えば組織などどうでも良いと考えている奴に言われたくはない! 明日からあの学生の監視は私がやる。 お前は『廃棄物』の居所を調べろ!」
「それは出来ないね。 EXEから直々の命令だ、勝手に任務交換なんて許されない」
「お前、監視対象に情が移った訳ではあるまいな……! まあいい、両方とも私が対処すればよい話だ、元よりお前に期待などしていない……。 もしあの学生がEXE様の邪魔になるような不安因子であれば……、私の権能で消してくれる!」
教会が軋む。
訪れる波乱の予感に、野崎に不安が走る。
混乱の日々が息つき、夏休みが始まる。
学生にとっては一年の花形となる休暇期間。
煌はこの夏休みの内に、
損失させられた青春を
仁達と取り戻したいと考えていた。
そこへ暗い目的で忍び寄る、
『少数派』の新たな刺客。
煌の日常は、より一層、狂い傾いていく。
しかし、そんな不幸の連続ですらも、
『主人公』たる煌が引き寄せてしまった運命なのだ。
『主人公』には、大いなる宿命が与えられる。
例え、煌が望もうとも、望まぬとも。
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