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こわい。
怖い。
コワイ。
―――あの時の事を、はっきりと覚えている。
いきなり連れて行かれ、馬車に乗せられたのを。
足踏み踊りが終わって、僕たちもお風呂に入り、
そしてみんなで帰ろうとした時だった。
突然手を痛いほど捕まれ、そのまま引きずられた。
リベラ先生から―――
知らない人に連れて行かれそうになったら、
大声を出すように言われていた。
でも、ダメだった。
僕だけじゃなく、ニコちゃんも捕まっていて……
大声で泣いていたけど、周りの大人たちはみんな
気付いていないみたいだった。
「無駄だ……
隠蔽の魔法をお前らにかけたからな……
もうお前らの姿は周囲から見えなくなっている……
声も聞こえん……」
後でレイドお兄ちゃんに聞いたら、その男の人は
フレッドという名前で―――
僕たちにかけられた魔法は、姿も声も周りから
わからなくしてしまうものだって言っていた。
そのまま僕たちは、変な飾りをいっぱい付けた人の
ところへ連れて行かれた。
「持ってきたか」
「取り敢えず、2匹ほど……
一時、隠蔽魔法を解きますか?
男爵様……」
どうやら、その男の人にも、僕たちの姿は
わからなくなっていたみたいだ。
「いや、いい。
ガキがうるさくわめき始めたら、蹴りを入れて
しまうかも知れん。
大事な商品だ、傷付けたくはねぇ。
おう、ガキども。
町から出るまで大人しくしていろ。
一生誰にも見えないオバケ扱いでいいのなら―――
逃げてもいいぜ?」
魔法も、本当はそれを掛けた人からある程度
離れたら、効果が切れると後から聞いた。
僕たちを脅かすために、そうウソをついたんだって。
でも―――
その時は本当にそうだと思ってしまった。
そして僕とニコちゃんは、押し込まれるように
馬車に乗せられた。
ニコちゃんは泣き疲れたのか、もう何も
しゃべらなくなっていた。
この馬車が出発すれば、きっとみんなに
会えなくなる。
リベラ先生、ジャンおじさん、レイドお兄ちゃん、
ミリアお姉ちゃん……
せめてニコちゃんとだけは一緒にいられるよう、
神様に祈って、ニコちゃんの手を握った。
―――声がした。
馬車の周囲で、聞き覚えのある声。
ジャンおじさんがあの2人と話している声。
レイドお兄ちゃんも来ているみたいだ。
そしてジャンおじさんが、馬車の中をのぞきこんだ。
リベラ先生が言っていた。
ジャンおじさんは、この町で一番強いんだって。
でも―――
そのジャンおじさんすら、僕たちの事はわからない
みたいだった。
僕は目を閉じて、頭を膝にくっつけた。
これ以上、諦めたくなかったから。
誰にも気付いてもらえないって、わかりたく
なかったから。
―――また、声がした。
誰かが、馬車に乗って来た。
「ふーむ、確かに誰もいないですね。
気配遮断ですか……」
あの2人じゃないようだけど……
もう頭は上げたくなかった。
「いや―――
・・・・・
あり得ないでしょう。
……あ」
何か言っているようだけど、どうせ僕たちの事は
わからない……
何も期待したくない。
少しでも助かるなんて思わせないで欲しい、
だから早く出て行って―――
そう思った時だった。
「あ、君たちがニコちゃんとポップ君ですか?
みんな心配してますよ。帰りましょう」
その言葉に、僕はハッとなって思わず頭を上げる。
僕の名前を呼んだ?
ニコちゃんも気付いたのか、その人の方を見ていた。
明らかにその人も僕たちを見ていて―――
「あ! 鳥と魚と卵のオジサン!?」
シンおじさん……?
2ヶ月くらい前に孤児院に来て、鳥や魚を持ってきて
くれた人。
そして僕たちに、足踏み踊りの仕事をくれた……
「僕たちの事、わかるの!?」
その質問に、シンおじさんはニッコリと笑って、
僕とニコちゃんを抱えるようにして優しく
持ち上げると、そのまま馬車の外へ出た。
そこには、ギルお兄ちゃんやルーチェお姉ちゃんも
いて―――
そして、リベラ先生が僕たちの方をびっくりした
様子で見つめていた。
見えている。
リベラ先生に、みんなに―――
僕たちの事、わかるようになったんだ……!
地面に下ろされると同時に、僕とニコちゃんは
先生に向かって走った。
「うわぁあああんっ!!
怖かったよー!!」
「このまま、連れて行かれると思ったー!!
わあぁああん!!」
「…………」
「どうしたの、ポップ?
また怖かった事、思い出しちゃった?」
あの日から、僕はリベラ先生と一緒のベッドで
寝ていた。ニコちゃんも一緒に……
「大丈夫、です、先生……」
僕の言葉に、先生はただ黙ってギュッと
抱き締めてきた。
―――誘拐騒ぎから3日後の冒険者ギルド。
その支部長室で、いつもの主要メンバーと共に、
私は座っていた。
「……やれやれだ。
チビたちの様子はどうだ?」
ジャンさんの問いに、ミリアさんとレイド君が
それぞれ応える。
「ポップ君とニコちゃんは元より―――
小さいチビちゃんたちも、べったり甘えん坊に
なっちゃったと……
リベラ先生が言ってました」
「まあしゃーないッスよ。
あれだけ怖い目にあっちまったんですから」
幼児退行……赤ちゃん返りというヤツかな。
恐怖は伝染するからなあ。特に小さな子たちは……
「今回ばかりは俺のミスだ。
チビたちに、隠蔽の魔法の事も注意しておく
べきだった……
俺も見通しが甘かった」
ジャンさんが眉間にシワを寄せて、それを指で
つまむような仕草を取り―――
責任を感し、自分を責めているのが痛いほど
伝わってくる。
若い男女も、複雑な表情をしたまま黙り込む。
どう慰めていいのか、考えあぐねているのだろう。
「いえ、ジャンさん。
結果論ですが―――今回はアレで良かったと
思います」
私の言葉に、同じ室内の3人が視線をこちらに
向ける。
「もし隠蔽魔法の事を知っていたとして―――
2人同時に逃げる事は恐らく難しかった
でしょうし……
どちらかが逃げられたかも知れませんが、
自分だけ逃げるという選択をあの子らが
取れたかどうか」
ウンウン、とレイド君とミリアさんが息を
合わせたかのようにうなづく。
「さらに、声も姿も周囲から認識されなく
したとなれば―――
いざとなれば、いくらでも暴力で脅す事が
出来たという事です。
下手に抵抗しなかった事で、無事だったとも
言えます」
「ううむ……」
なおも苦悩の表情を崩さないギルド長に、
同じ孤児院出身の2人が私の意見に賛同する。
「そ、そうッスよオッサン!」
「実際にポップもニコもたいしたケガなく
戻って来たんですから、ね?」
フー、とジャンさんが軽くため息をつき、
心無しか表情も少し柔らかくなったように思える。
「少しは気が楽になった……
ありがとよ、シン。礼を言うぜ」
良かった、これで一段落……
と思っていると、不意にこちらへ質問が飛んだ。
「それにしても―――
シンさん、よく隠蔽を見破ったッスね?」
「おふっ!?」
若い2人が「オフ?」と聞き返してきそうな、
きょとんとした顔でこちらを見ている。
そうだ、『自分の常識外の事を起こさせない』
能力は、ジャンさんしか知らないのだ。
助けを求めるように初老の男に視線を流すと、
察してくれたのか、ゆっくりと口を開く。
「そりゃ多分、ハッタリが効いたんだな。
なあ、シン。
2人の姿は、突然見えるようになったのか?」
「は、はい。
その通りです」
なるべく余計な事を言わないよう、彼に話を
合わせるように相槌を打つ。
「あの時、シンは―――
まるで2人が見えているかのように
語り掛けた。
恐らくそれで動揺して、集中力が
切れたんだろう。
そっち系の魔法を使うレイドやミリアなら
わかるだろうが、あの手の魔法は継続し続ける
必要がある。
攻撃魔法のように、一度ブッ放してハイおしまい、
じゃねえからな」
私はそのまま話に乗っかり、
「ギルド長がいた事もプレッシャーに
なっていたのでしょう。
彼らに取って一番恐ろしいのは、『真偽判断』
持ちのジャンさんに拘束され、取り調べられる
事でしょうし」
「本来なら、俺がその時にハッタリかまして
やらなきゃいけなかったんだが……」
またギルド長が責任を感じて自分を責めるのを見て、
頑固な父親を諭すように、息子と娘の年齢くらいの
2人がフォローに回る。
「慌ててたのは、みんな同じッスよ」
「さすがに隠蔽クラスの魔法を使う人が、
誘拐に来るなんて想定外でしたし」
話の流れを変えるため、自分から違った方向へ
話題を振る。
「やっぱり、珍しい魔法だったんですか?」
私の問いに、レイド君とミリアさんはくるっと
こちらへ首だけ振り向いて、
「レアもレアッスよ、あんなの」
「戦闘タイプではありませんが、存在自体
珍しいですし、どこへ行ってもゴールドクラスの
待遇が見込める魔法です」
ふむふむ、と聞き入っているとジャンさんも加わり、
「要人を脱出させたり、密かに移動させる任務には
うってつけの魔法だからな。
王都なら貴族や豪商から引っ張りだこのはずだ」
「だったら、誘拐なんて犯罪に手を染めなくても、
お金には困らないんじゃ……」
私の感想に、ギルド長は呆れたような表情になり、
「雇い主の命令ってのもあったんだろうが……
それが可能ならやっちまうモンよ。
人間ってのはな―――
そうやって上位魔法を使えるヤツが、
身を持ち崩すのを俺は何人も見て来た。
あの血斧の赤鬼、グランツだってなあ」
話が長くなりそうだと判断した私は、
元へと誘導・修正する。
「そういえばグランツの時は即処刑でしたけど、
男爵様とそのフレッドとやらは?」
同じ空気を察したのか、ミリアさんとレイド君が
引き継ぐ。
「さすがに貴族サマなので……
今朝方、王都へ移送されました。
あちらでも厳重に取り調べられるでしょう」
「まー人攫いしようとしたッスからねえ。
良くて隠居させられて代替わり―――
悪けりゃお家取り潰しでしょーね」
発覚したからにはそれなりの処分にはなると
いう事か。
地球からすると厳罰というほどではないが……
「不幸中の幸いは、組織的な犯行では無かったという
くらいか。
裏でつながり程度はあるかも知れんが」
ギルド長の言葉に、全員が少し安心したかのように
ホッと一息付き―――
そこでいったん解散となった。
ギルド長は事後処理が残っているのか、そのまま
部屋に……
そして私と若者2名が退室した。
廊下を歩き、そして階段までたどり着いた時、
私は2人に声をかける。
「そういえば、こちらでの取り調べは当然
ギルド長がしたんでしょうけど……
あの2人、よく無事でしたね?」
ロック男爵とフレッドとやらは、間違いなく
ジャンさんの逆鱗に触れているし……
その問いに、男女は顔を見合わせて、
「あのオッサン、ああ見えても加減は
知ってるッスから」
「最悪でも肋骨の数本で済んだんじゃ
ないですかね?」
へー肋骨数本で済んだのかあ、なら安心だな。
……まあそれはともかく。
あの子たち、思ったよりも目を付けられて
しまったようだ。
ここはひとつ、本格的な対策を考えなければ……
取り敢えず私は今日の仕事のために、宿屋へ
戻る事にした。
2週間後―――
私は伯爵様の御用商人の店で、カーマンさんと
商談をしていた。
「いやー、やっぱりこの町はいいですな!
生き返った気分になります!」
王都までの道のりは、馬車で伯爵邸から4日ほど
かかるらしい。
そして町から伯爵邸までは、同じ馬車でもほぼ
1日かかる。
そして王都に着いてから商談の日数も
考えると―――
つまり、王都に商談に行くという事は、半月ほど
スケジュールを拘束されてしまうのだ。
もちろんその間の伯爵との取引は別の人が担当
するが……
久しぶりの足踏みマッサージを堪能した
カーマンさんは、本当に嬉しそうな笑顔を
浮かべる。
「そういえば聞きましたよ。
大変だったようですな」
誘拐未遂事件の事だ。
それについても情報収集と共有はしておかなければ
ならない。
今後の『対策』のために。
「ええ、阻止出来たので良かったですが……
ところで話は変わりますが、伯爵様にご子息って
いらっしゃいましたっけ」
「??
上のご子息の方々はすでに王都へ上がって
おりますが、まだ幼いご令息とご令嬢が
いらっしゃいます。
……でもなぜそのような事を?」
彼の疑問に、私は持ってきた荷物を見せる。
「これを献上しようと思いまして」
「これは―――」
しばらくカーマンさんの視線は、私とテーブルの
上に置かれたそれを往復していたが……
視線が私の目で止まり、改めて口を開く。
「……真意を聞かせて頂いてもよろしいですかな?」
「はい。これはギルド長と孤児院とも話し合ったの
ですが―――」
しばらく商談そっちのけで、カーマンさんと私は
話し合った。
彼は私の話を聞いている内に、だんだんと感情を
表に出し始め、
「ふむ、ふむ!
それは実に良いお考えだと思います。
全面的に協力させて頂きましょう」
「ありがとうございます」
思ったより好感を得て、私はホッとした顔になるが、
対照的にカーマンさんは苦笑する。
「いえ、今回の件に付きましては―――
わたくしとしても罪滅ぼしをしたいと思いまして」
「罪滅ぼし……ですか?
何かありましたっけ?」
私が首を傾げると、カーマンさんは頭をかき、
「王都で足踏み踊りが噂になったのは―――
わたくしにも責任の一端がありますからな。
つい知り合いや取引相手に、あの素晴らしさを
語ってしまいまして……」
「そんなに王都では噂になっているんですか?」
「ええ。この町を経由して王都に入った
冒険者や行商人、旅人の間でも、よく話題に
上がっておりましたから」
それなら、有名になるのは時間の問題だったはず。
それでも責任を感じてくれているカーマンさんに、
改めて頭を下げる。
「では、人選はこちらで。
伯爵様にお会いするスケジュールはお任せします」
「わかりました!
必ずや、足踏み踊りは死守いたしますぞ!」
こうして話を終えると、今度は商談に移り―――
御用商人のお屋敷を退出した頃には夕方に
なっていた。
15分ほど後―――
私は宿屋ではなく、冒険者ギルドにいた。
カーマンさんから同意が得られた事を
報告するためだ。
いつものように支部長室へ通され、そこには
部屋の主であるジャンさんが座っていた。
「おう、シン。どうだった?」
「大丈夫です。了解してもらえました。
まあ、カーマンさんは個人的にも、足踏み踊りを
気に入ってましたし」
私の答えに、彼はふんぞり返るように背もたれに
寄りかかって天井を見上げ―――
そして視線をこちらへ戻す。
「しっかし、本当によくいろいろと思いつくよな。
逆転の発想、ってヤツか……
じゃあ、後でレイドかミリアに、孤児院に
伝えるよう言っておくぜ」
「お願いします」
―――話はこの一週間ほど前にさかのぼる。
誘拐事件まで発生した以上、みんなで対策を
改めて講じる事になったのだが……
さすがに隠蔽魔法まで使われた影響は大きく―――
「リベラ先生は、しばらく足踏み踊りを
お休みさせて頂けませんかって言ってます」
「まあ無理もねぇな……
チビたちの貴重な収入源だが、背に腹は
代えられねえ」
ルーチェさんの話にギルド長が同意し、周囲も
仕方ない、という雰囲気になる。
「人気が出てきたのは知っていたッスが……
そもそも有名になり過ぎたッスかねえ」
「今じゃあれ目当てに近隣から来る人たちも
いるくらいですし、それで町も潤って
きてたんですが……」
レイド君とミリアさんも、メリットとデメリットを
秤にかけ、やや消極的な意見を述べる。
「ギル君、今の孤児院の様子は?」
「あの3人が誰かしら、日中でもいてくれて
いますので……
何かあればすぐにギルドに連絡が来るかと」
頭をかきながら、後で特別ボーナスでも用意
しなければと思っていると、
「シン、あの連中への褒美なら、後で俺が払う。
それより差し入れの方、よろしく頼む。
えーっと、何つったかあの新しいアレ……」
ギルド長の言葉に、全員が色めき立つ。
「あぁ、アレはいいものだ……
本当に何てものを……」
「アレはいくらでも食べられます……
本当にシンさんはお財布と体重の敵ですよ……」
いきなりミリアさんとルーチェさんから、
敵視され困惑する。
「ミリアさん、ヨダレ出てるッス」
「そりゃ八つ当たりだよ、ルーチェ」
今度はそれぞれレイド君・ギル君の男性陣が
それをたしなめる。
彼らが言っているアレとは―――
この世界で再現に成功した『天ぷら』の事だ。
パンはある、という事は小麦( のようなもの )も
ある、という事で……
さらに油の供給ルートが確定した事により、ようやく
『揚げ物』が出来るようになったのである。
カツやフライも出来れば作りたいのだが、それは
卵を使うので、もっと生産数が上がらない限りは
止めておく。
『天ぷら』であれば、小麦粉に水を溶いたものだけで
可能なので、当分はそれだけになるだろう。
卵をつなぎに使うんじゃないの?
と思われがちだが、昔の江戸時代の天ぷらは
小麦粉オンリー。
卵を使った物もあったのだが、それは銀ぷらと
呼ばれるグレードアップの高級品であった。
それはともかくとして、やはり油ものの破壊力は
すさまじく―――
芋だろうが魚だろうが肉だろうが、衣に包まれた
黄金色のそれは、さらに焼きマヨネーズを加える
事で暴力的なカロリーを実現したのだ!!
ちなみに、使い終わった油はそのまま下水道に
流すと生態系に良くないので、大量の雑草に
染み込ませた後、燃やすように指導している。
「まあそれで話を戻すが―――
足踏み踊りはしばらく規模を縮小、
って事で構わんな?」
全員がやむを得ない、という表情に戻る中―――
私は異論を唱えた。
「それは少々、危険かも知れません」
「ん?」
ギルド長が短く声を発し、私以外のみんなが
疑問を持ってこちらに注目する。
「制限されると人は―――
却って執着するものです。
例えばですが、今この町で私が提供している
料理だって、私の思惑を外れて値上がりした
事があります。
それは数に対して欲しがる人が増えて、
価値が上がってしまったから……」
私の見解を聞いて、周囲も考え込む。
「そ~ですねえ……
確かにあの料理がもし禁止とかされたら……」
「コロシテデモ ウバイトル」
女性陣の目の色が変わり、慌てて男性陣がツッコミを
入れる。
「ちょっ!? ミリア!?」
「ルーチェ! 例えば! 例えばの話だから!」
わたわたとする男女2組を見ながら、ジャンさんは、
「確かにシンの言う通りかも知れん。
下手に制限すると逆効果かもな。
しかしどうしたものか……」
腕組みをして考え込む彼につられるように、
みんなも悩み出す。
「そこでですね、提案があるのですが―――
いっそ、もっと有名になってもらうのは
どうでしょうか?」
すると、全員が目を丸くして視線をこちらに
集中させる。
わけがわからない、というように―――
そこでさらに説明を追加・補足する。
「今はまだ、この町でしかやってない・
この町以外で知っている人も少ない
状況ですが……
もっと大々的に―――
広く詳しく情報を知ってもらうんです。
なるべく多くの人を巻き込んで。
実際、最初の代金が銅貨1枚とわかれば、
わざわざ誘拐に来るリスクも減るでしょう」
男女2組がコクコクとうなずくだけの人形と
化す中、最も年配の男が口を開く。
「ふぅむ。合理的な考えだと俺も思うが―――
具体的にはどうする?」
「子供たちの安全確保も同時に重要です。
なので―――
まずは伯爵様を巻き込みましょう」
―――という話し合いを経て、カーマンさんに
話を持って行く流れになったのだった。
「そういえば、連れて行く人選はどうなりました?」
私の問いにギルド長は、
「……やっぱり、当事者がいいと思ってな。
あの2人に行ってもらおう」
私はただ黙ってうなずき―――
彼の提案に同意を示した。
一週間後―――
私はカーマンさんと一緒に、伯爵邸に来ていた。
ここへ来るのは二度目だ。
「お、おお。シン殿か。
久しぶりだな。
おかげさまで、儲けさせてもらっているよ」
最初のコンタクトが最悪だったからか、笑顔が
ぎこちない。
「本日は、伯爵様に献上したい物がございまして……
厨房をお借りしても?」
「! という事は、また何か新しい料理が?」
一夜干し、そしてマヨネーズで儲けている
だけあって、食事系の話には目を輝かせて
食いついてくる。
「はい。伯爵様―――
シンさんの新作料理でございます。
お子様にも人気ですので、ご子息、ご令嬢も
是非一緒にご賞味されればと」
「わかった。いくらでも使ってくれ。
当家の料理人にも指導、よろしく頼む」
まずは胃袋から攻略する。
腹も膨れれば機嫌は良くなるし、気分も緩む。
かくして―――
出来上がった天ぷらを厨房から応接室へと運ぶと、
すでに伯爵様は元より、その奥方、そして小さな
少年少女がスタンバイしていた。
「いー匂いー!!」
「ファム姉さま、はしたないですよ……」
金色の短髪をした10才くらいの少女がはしゃぎ、
それを弟と思われる同じ色の髪の少年がたしなめる。
少年の方が身長は一頭身ほど上だと思われるが……
彼女が幼く見えるのか、それとも彼が落ち着いて
いるのか―――
そして奥方と思われる女性は、それを微笑みながら
見つめていた。
「ファム、クロートの言う通りですよ。
確かに美味しそうな香りがするのはわかりますが」
奥方の年齢は20才後半くらいに見える。
すでに王都へ行ったという子息の母親には
見えないから―――
第二夫人、第三夫人といったところか。
細面で、娘や息子の髪を綿毛と表現するならば、
こちらは風が流れるような長髪だ。
そして食卓の上に出来たての天ぷらを並べていき、
焼きマヨネーズと塩を添え―――
彼らはそれに舌鼓を打った。
「『まよねーず』もいいが……
塩もあっさりとしている。
味付けだけでも、これだけ違うのだな」
「小麦粉がこんなふうになるのですか。
サクサクした食感が、とても新鮮です」
ちなみに、食堂ではなく応接室にしたのは、
本格的なものではなく、あくまでも軽食として
食べて欲しいとお願いしたからである。
「うまっ! 肉うまっ! 魚うまっ!!」
「姉さま……
でも確かに、こんなに美味しくなるなんて
驚きです。
お芋も、僕、あまり好きじゃなかったのに」
お子様にも好評で何より。
ていうか弟君、苦労してそうだなあ……
いろいろと楽しんでもらおうと、一人につき一通り
鳥肉・魚・芋を一つずつ用意したが―――
あっという間に完食された。
少量だが、あまりお腹いっぱいになられても困る。
『この後』のために……
「はー……
献上品、確かに受け取ったよ。
これも王都で高く売れるのでは―――」
「いえ、これは油を融通してもらったお礼で―――
シンさんの献上品は別にあるそうです」
カーマンさんが説明し、そして私が続く。
「ニコちゃん、ポップ君。
入ってきてください」
私の合図で、応接室に2人が入ってきて、ペコリと
一礼する。
伯爵邸には、御用商人の乗る馬車で来たのだが、
彼らも同乗してもらっていたのだ。
巫女服と神主のような衣装に身を包んで現れた
少年少女に、まずは母親が反応し―――
「あらぁ~♪
何て可愛らしい……♪」
「お父様アレ欲しいー!! 着たいー!!
一生のお願い、アレ買ってー!!」
同性である娘が服に食いつく。
そして私は袋を取り出して彼らの前に見せ、
「実はこれは、私の出身の村で、神に感謝を捧げる
お祭りで子供が着る物で……
同じ衣装をお持ちしました。
こちらが男の子の、こっちが女の子のです。
是非、クロート様、ファム様に着て頂きたいと」
と、私の言葉が終わるか終わらないかのうちに、
ファムと呼ばれた少女が飛び出すようにやってきて、
「着替えてきまーすっ!!」
と、奪い取るようにして去ってしまった。
それを見送る面々は―――
「は、はは……
なかなか元気なお嬢様で」
「う、うむ……
ちょっと甘やかし過ぎたかのう」
図らずも、家庭環境を垣間見てしまった気まずい
空気が室内を支配する。
そしておずおずと近寄って来たクロート君に
衣装を渡し、
「あ、あのっ、ありがとうございます。
それでは、僕も着替えてまいりますのでっ」
姉とは違い対応も丁寧だが、こちらもやはりお子様、
早く着たくて仕方が無い、といった感じだ。
かくして、着替えた2人が衣装に身を包み、戻って
きたところ、ご両親の反応は―――
「お、おおお、ウチの子は天使だったのか……!」
「クーちゃん、ファムちゃん!
今度これ着て王都へ行きましょう~♪」
そこに伯爵家の威厳は無く―――
ただ幼い我が子のコスプレ姿に身もだえする、
パパとママがいるだけだった。
「それでですね、この衣装のお祭りでする事を
して頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」
「これはシンさんの故郷では、神に捧げるもので……
伯爵様もぜひご経験して頂きたく」
そしてカーマンさんとタッグを組み、すでに一式を
用意してある別の部屋へ移動して―――
半ばなし崩しに足踏みマッサージを体験して
もらう事になった。
相当気を良くしていたのか、
さほど抵抗もなく―――
先にカーマンさんとニコちゃんに実演して
もらったのも効いたようだ。
そしてファム様とクロート様には、直々に
ニコちゃんとポップ君が手取り足取り教えて、
それぞれが両親の上に乗ると、
「ふぉ、あ……こ、これは……何と……」
「あぁん、クロー、ト……
もっとよ、もっと、強く、お願いぃ……」
10分後、すっかり我が子の足踏みマッサージを
堪能した彼らは、惜しみない賞賛を口にする。
「はぁあん、体が軽くなりましたわ……♪
まるで空を飛べそう……♪」
「腰が軽い……
まるで10年は若返ったようだ。
身分の低い者に踏まれるなど、と思っていたが、
これは考えを改めないとならんな」
彼の肯定的な言葉に、すかさず私はフォロー気味に
答える。
「いえ、伯爵様のご懸念はもっともだと思います。
そこでご相談というか、お願いがあるのですが……
この領地での足踏み踊りの代表を―――
ファム様、クロート様にやって頂けないで
しょうか」
「……フム。
確かに、我が子たちであれば、身分をどうこう言う
ヤツはいないだろう。
しかし、相談はわかるがお願いというのは?」
そこでうやうやしく頭を下げ、ニコちゃんと
ポップ君を呼び出す。
「実は、彼らですが……
この前、誘拐されかけたのです」
その言葉に、奥方は両手を口の前に揃える。
「あら、まあ……」
「話は聞いているが……
そうか、その子たちであったか」
そして私は大げさに姿勢を正し、
「もし、足踏み踊りの代表に伯爵様のご子息が
なって頂ければ―――
これほど心強い事はございません。
伯爵家の威光を以てして、この子たちを
守って頂きたいのです。
この事は、ギルド長とも相談済みですので」
ドーン伯爵は悩む素振りを見せるが―――
内心『ジャイアント・ボーア殺し』、
ゴールドクラスに恩を着せられるという計算は
しているだろう。
そこでもう一押しの提案をする。
「そもそも誘拐されかけたのは―――
王都で噂されているものの、その実態が不明瞭、
という事もあったのでしょう。
しかし、王都では身分の高い方を相手にする事も
あるでしょうし、伯爵様のおっしゃる通り、
平民ではそれも難しいと思われます。
そこで一度、ファム様、クロート様に―――
この足踏み踊りの代表として、王都で実演して
頂きたいのです」
この足踏み踊りが、町でビジネスとして
成立しているのは知っているはずだ。
それを王都でするのならば、相手は貴族豪商、
下手をすれば王族―――
そして効果は自分の体で経験済み。
子供たちを使って伝手を広げるには、これ以上ない
手段、方法のはずだ。
「フーム……
わかった、シン殿にそこまで言われては―――
ワシとしても断れん。
ファム、クロート。
お前たちがこの足踏み踊りの代表になるのだ。
責任は重大だぞ」
父親の命令に、娘と息子は一礼し―――
それを横目に私とカーマンさんは心の中で
ガッツポーズを取って―――
目的の達成を無言で喜んだ。