「おい!寝るな!」
視界が定まらない中、体が前後に揺らされて変わり映えのしない瞳を開ければ、ホッとした様子のヴェインの顔が映る。
戻りつつある感覚を確かめると疲労感が綺麗さっぱり消えていた。
「なんか、スッキリした」
自然とそう漏らせば、ヴェインはあきれた様子でこちらを見ている。
「お前な…」
なんだよ。しょうがないじゃないか!
睡眠欲求に逆らう術なんてモブである俺が持ち合わせてるわけないだろ!
「あの…ワームドも寝てるんだけど」
今にも夢の中に入りそうな様子のミナが言った。
確かにこちらを捉えていた赤い瞳は青い肌の下に隠れている。
さらに寝息も聞こえてくる。
「でも、なぜ?」
「それは俺の河童猫ちゃんの力だよ。ウフッ!」
「はあ?」
長時間の実体を保てなかったのか、河童猫の姿はどこにもなかった。
「河童猫ちゃんの歌はどうやら睡眠を誘発させるらしい」
「それで恐ろしく眠かったんだな」
「そう。だからワームドも夢の中…。俺の力だよな。ウフッ!」
「ヴェインというか河童猫のおかげじゃねえ?」
「もう、そこは褒めてくれるだけでいいんだよ」
すねるヴェイン。
なんか、めんどくせえ~。
バックの中に、消えていた疲労感が戻ってきたように感じる。
「で、攻撃がやんだのはいいけど、これからどうすれば?」
バックの問いを境にその場は静かな空間が広がった。
ヴェインもミナもお互いの顔を見やるだけだ。
だめだ。どう見ても八方ふさがりなのが手に取るように感じる。
「あっ!いいこと思いついた!ウフッ!」
ハッとした顔でバックに笑いかけるヴェイン。
前髪で表情が見えにくい彼だがニヤついているのは分かる。
なぜだか嫌な予感がする。
「ワームドのまぶたをこじ開けてバックのイケメンモードを見せてやればいんだよ」
まぶたをこじ開けるだって⁉
「やっぱりロクな案じゃなかった…」
「物は試しよ。やってみなさいよ」
どうしてこういう時に限ってミナはヴェインの加勢に回るかな…。
「あのさ。それって起きるんじゃないのか?」
「その時はその時だぜ。ウフッ!」
意気揚々と親指を立てるな!
ほんとマジで!
「謎の前向き発言は勘弁してくれ…」
「はあ。グズグズしてても状況は変わらないじゃないの」
この流れは俺がまぶたを開けるの担当確定みたいなノリだな。
ああ、胃が痛くなってきた。大体さ、こんなモンスター退治なんて俺の性に合わないだよ。それこそ勇者の剣を受け継いだミナがやってくれよ…とは思うんだが、けが人だしな。
やっぱりやるしかないのか…。
「分かった。やる!」
そもそもモブである俺が消えた所で世界は痛くもかゆくもないもんな。
ええい!当たって砕けてやる。いや、砕けたくはないが…。
よし。ほどほどに頑張ろう…。
バックは恐る恐るワームドに近づき、その大きなまぶたをこじ開けた。
真ん前にある赤い目にバックの冴えない顔が映り込む。
「やばい!起きた?」
バックは逃げ出したい気持ちをグッとこらえ、とどまった。
落ち着け…。
「後には引けない!モブアタック!」
体中の細胞が活性化したように体がポカポカしてくる。
次に赤いワームドの瞳に映っているのはこの世の物とは思えないほどの美形だ。
その瞬間、ワームドはドロドロに溶けた液体へと姿を変えた。
「よかった。無事にアタックが決まった」
危機が去ったのを全身で感じるとドッと疲れが押し寄せてきた。
鼓動がドキドキとしている。嫌な音だ。
「おい!ワームドの中から誰か出てきたぞ!」
ヴェインの指さした先に筋肉質な細身の男が倒れていた。
ワームドだった液体状の中央に埋もれる彼はまるでワームドから誕生したようにも見える。
「どういう事だ?」
耳の奥がツンとするような騒音が体を駆け巡っていく。
「もうすぐこの世界は崩れるわ」
ミナの言葉にうなづいた。一回経験すればこの感覚は忘れない。行動は迅速しなければ…。
「この人を連れて早く戻ろう」
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