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ーー17年前。


物心ついた時には、母は何時もベッドに伏せていた。ずっと窓の外を眺めていて、俺を見てくれる事は、なかった。



『母さま』


ディオンは、庭で摘んできた花を一輪母のロミルダへと差し出した。


『……』


だがロミルダは、まるで反応を示さない。


『母さま』

『ディオン様、奥様はお加減が優れないようですので参りましょう』


乳母のノーラは手から花を取り上げると側にいた侍女へと手渡し、ディオンの手を引いて部屋を後にした。

手を引かれながら、ディオンは廊下を歩く。


『ノーラ、母さま、元気ないの?』


まるで女の子の様な愛らしい顔を歪ませ、ディオンはノーラを見上げた。


『ディオン様。心配なさらなくて大丈夫ですよ……きっといつか……良くなる日が来ます』


切なく微笑むその意味を、幼いディオンは理解出来なかった。故に「うん」と無邪気に笑って返した。


四歳になった。元々才溢れ賢いと言われていたディオンは、自身の母が身体が弱いだけでない事に気付いた。


『父さま、母さまの所に行ってあげて下さい』

『必要ない』


何度同じ事を繰り返したのか忘れた。父のマルセルが屋敷に帰宅する度に、ディオンは執拗に父へとそうお願いをした。

だが父は、まるで取り合ってくれなかった……。マルセルはロミルダに、関心がないようだった。


母は、精神を病んでいたのだ。


身体だけでなく心も壊した、可哀想な母。「奥様は旦那様に会いたがっている」侍女の話を立ち聞きして知った。だから、どうしても父を母の元へ連れて行きたかった。そうしたら、きっと母は元気になれると信じていた。そうしたら……自分の事を見て笑ってくれる筈だと……。


『母さま、これ母さまの為に摘んで来ました』


窓の外ばかり見ている母は、何を見ているのだろうかとふと考えた。考えた末に、窓の外に咲き誇る美しい花を毎日、ディオンは部屋に届け続けた。母がそれを受け取る事はなかったが。


5歳になった。ディオンは、勉強も武術も必死に頑張っていた。父に認めて貰いたい、そんな思いだった。認めて貰えれば、父は自分の言葉を聞き入れてくれると、信じて。


『母さま……?』


手にしていた花は、床に落ちた。落ちた花を踏んでしまったが、今はそんな事はどうでも良かった。


部屋に入ると何時もと様子が違っていた。何時もは身体を起こし、窓の外を眺めていた母の姿は無い。代わりに、母はベッドに横になり瞳を伏せ苦しんでいた。侍女や医師がなす術もないようで、ただ見守っているだけだった。


『母さまっ‼︎』


ディオンは、ベッドに駆け寄り彷徨う母の手を乱暴に掴んだ。


『セ、ル……来て……くれ、の、ね……』


ーーマルセル、来てくれたのね。


冷たい母の手がディオンの手を握り返す。口元が僅かに上がった気がして、目を見張った時……。


ロミルダが目を確りと開けて、微笑んだ。

だがそれも一瞬の事で、母は直ぐに目を伏せ……そして、二度と母が目を開ける事は無かった。


ディオンが生まれて初めて見た母の笑顔はこれが、最初で最期だった。

私だけに優しい貴方

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