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気づいたときには、遅い
次の日のリハーサル。
元貴は、いつもより無駄に若井を見ていた。
弦を張り替える指。
スタッフに笑顔で返事する声。
誰かと話している横顔。
――前から、見慣れてるはずなのに。
「若井、次の曲」
「はーい」
普通だ。
何も変わってない。
なのに、胸の奥がざわつく。
若井がスタッフと笑った瞬間、
元貴の指が無意識に止まった。
「……楽しそうだな」
思ってもない言葉が、口から落ちる。
「ん?」
若井が振り返る。
「いや」
「なんでもない」
自分でも分かる。
今のは、完全におかしい。
休憩中。
元貴は自然を装って、若井の近くに立つ。
「次の構成、さ」
「ここ、ギター前出す」
「了解」
距離は近い。
でも、触れない。
若井は元貴をちらっと見て、少しだけ眉を下げた。
「元貴、今日どうしたの」
「……なにが」
「ずっと見てる」
図星だった。
「別に」
「仕事だ」
「ふーん」
若井はそれ以上聞かない。
その“引き方”が、逆に胸に刺さる。
――俺のもの、みたいな顔するなよ。
思考が、勝手に踏み込む。
夜。
片付けが終わり、スタジオに二人だけ残る。
若井がケースを閉めながら言った。
「俺、今日このあと知り合いと――」
「誰」
反射だった。
若井の手が止まる。
「……元貴?」
しまった、と思ったときには遅い。
沈黙。
元貴は目を逸らしたまま、低く言う。
「……誰と会う」
若井は、ゆっくり笑った。
「それ、聞く?」
「……聞く」
自覚した瞬間、
もう戻れない。
若井は近づいてこない。
でも、逃げもしない。
「ただの友達」
「元貴が知らない人」
その一言で、胸がざらつく。
「……行くな」
言葉にした瞬間、
自分で自分を止められなかった。
若井は、少し驚いた顔をしてから、
柔らかく言う。
「独占欲?」
元貴は、逃げない。
「……今さらだろ」
一拍置いて、若井は元貴の前に立った。
「元貴」
「俺、束縛されるの嫌いだけど」
指先が、そっと元貴の袖を掴む。
「元貴にされるなら、別」
元貴の喉が鳴る。
「……他のやつには、笑うな」
「それは無理」
「……俺の前みたいに、するな」
若井は一瞬考えてから、
小さく頷いた。
「それなら」
その返事で、全てが決まった。
元貴は、低く息を吐く。
「……俺が、独り占めしてる自覚はある」
若井は嬉しそうに、でも静かに笑った。
「知ってる」
「元貴、もう逃げない顔してる」
元貴は何も言い返せなかった。
独占欲は、
認めた瞬間に、鎖になる。
それを手放す気がないことも、
もう分かっていた。