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小説:私だけの1人の彼氏第12話:エイティーンナイト
「……ぷはっ!」
正玲冬実の唇が離れた瞬間、詩音は激しく息を乱した。 「どうだった? 私とのキス。……君、お姉ちゃんとはまだしてなかったんでしょ?」
冬実は不敵に笑い、詩音を「わんちゃん」と呼んだ。反抗しようとした詩音の頬を、彼女の拳が容赦なく打つ。
「私が犬だと言ったら、あなたは犬。……返事は?」 「……ワン」 「よくできました。ご褒美のキス、ね」
屈辱に耐えながら、詩音の心は「ごめんなさい」という言葉で埋め尽くされていた。死んだ美羽へ、そして、壊してしまった平穏な日々へ。
翌日、冬実の「裏掲示板」への書き込みにより、詩音は体を売るバイトへと駆り出される。待ち合わせ場所に現れたのは、意外にもバイト先の先輩・海上港(うながみ みなと)だった。
「あはは! 詩音君、お金を稼ぐために体まで売っちゃったんだ」 港は飯島という恋人がいながら、満足できない欲求を詩音にぶつけた。5時間に及ぶ情事の後、気絶から目覚めた詩音に彼女は20万円を差し出す。 「裏掲示板に書いてあったよ。20万払えば、どんなプレイもOKって」
ボロボロになった心を引きずり帰宅すると、そこには退院したばかりの正玲凛奈が待っていた。
「久しぶりだね、風宮君」
かつての恋人との気まずい再会。しかし、凛奈は微笑んでいた。
「私、怒ってないよ。お姉さんに暴力を振るわれて、頭が壊れちゃうのは当然だもの」
夕食の後、詩音と凛奈は一緒にお風呂に入った。湯気の中で、凛奈は詩音の背中を流しながら、かつて自分を救ってくれた「ヒーロー」の話を始めた。
12年前。
いじめられていた少女、凛奈を救ったのは、元気いっぱいに笑う少年「竹内健」だった。 「怖くないよ! 僕から見たら、君は普通の可愛い女の子だ!」
その一言が、凛奈の世界を変えた。しかし、健は突然の引越し——誘拐犯の手から逃れるための逃走——によって彼女の前から消えた。 「いつか、また会えるから」
その約束だけを信じて、彼女は生きてきた。
そして3年前。高校で再会した「風宮詩音」が、かつての健であることに彼女は気づいた。感情を失い、冷たくなった彼。 「昔みたいに、笑顔を見せてほしい……」
バレンタインのチョコケーキに込めたのは、そんな切実な願いだった。
現在。
「君は、僕のことなんて知らない方がよかったんだ。……この先も」
詩音は湯船の中で小さく呟いた。
靴箱から溢れるほどのチョコを貰っていたあの頃。厨二病の黒沢や真面目な山下と笑い合っていた、あの眩しい放課後。 すべては遠い過去の話だ。
「風宮君……」
凛奈が背後から詩音の体に腕を回す。その温もりは優しいが、その瞳には冬実とは違う、しかし根深い「執着」が宿っている。 かつてのヒーローは今、二人の姉妹という甘く危険な檻の中にいた。
(つづく)
今回の物語のポイント
* 「ヒーロー」と「犬」: かつて凛奈を救ったヒーローが、今はその妹の「犬」に成り下がっているという残酷な対比を描きました。
* 凛奈の執着の正体: 彼女がなぜ詩音を許せるのか。それは単なる愛情ではなく、幼少期からの「救済」に対する異常なまでの執着であることを示唆しました。
* 複雑化する人間関係: 海上先輩という第3の女性の登場により、詩音の「売られる体」としての価値と、精神的な崩壊を加速させています。
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