テラーノベル
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静かな病室。まだ生きているのだと思い知らされる心電図の音。
誰も見舞いに来ないのは私が望んだこと。
でももしかしたら。
一人きりのこの部屋の扉を開けて、入ってきてくれる
彼の姿があるんじゃないかって。
期待してしまう。
カフェのゆっくりとしたBGM。
2人の男女の言葉をさらりと着飾る。
「菜月。」
彼の声が私を呼んだ。
「――なに?」
私が答える。
「別れるって。―なんで?」
彼が言った。
「――別に。」
私、菜月が言った。
沈黙が続けく。
先に口を開いたのは男だった。
「――なぁ。菜月、なんで。――俺の名前を呼んでくれないんだ?」
菜月の瞳が少し開いた。
けれどすぐにもとに戻した。
「――別に。」
「さっきから、そればっかり。なぁ。なんで?」
「――なんにもないってっ。」
菜月は思わず大きな声を出してしまった。
男は捨てられる犬のように菜月を見つめる。
菜月は続けた。
「もう、うんざりなのよ。」
男はだんだん泣きそうな顔になる。
「――あんたなんて大っ嫌い。」
そう言って菜月はカフェを出た。
カフェを出て歩いた。
男は追ってこない。
菜月は一人で呟いた。
「ねぇ。嘘って言ったら笑ってくれる?」
小さな声で涙を堪えながら。
あの日から2週間たった。
菜月は少しはやつれた。
そして病室で寝たきり。
彼のことを考えない日はない。
菜月は大好きだった。
名前を呼ぶと嬉しそうに走ってくる彼。
感情がそのまま表情に出る彼。
いつだって私のことを考えてくれる彼。
会いたいと思わない日はない。
でもね。私は――。
そう思ったとき、菜月の胸は痛みを覚えた。
もう、うんざりなのよ。
自分の言葉がよみがえる。
本当にうんざりだ。自分に。
菜月は病室の天井を見上げた。
もう霞んでよく見えない。
看護師さんらしき人が部屋に入ってくる。
私はもう――。
思考が切れる直前にふと呟いた。
「――。」
愛しているの。愛しているわ。
あの日の言葉は嘘だから。どうか笑って?
菜月は思考を止めた。
平坦な心電図の音が病室に響いた。
茜
21
あの日。
最愛の彼女に振られた。
俺のことは嫌いだって。
嘘だったら良いと、なんども思った。
でもあの時彼女の背中を追うことができなかった。
俺は職場である高等学校の廊下を歩いていた。
――先生なんだ。すごいね。
そう言う菜月の笑い声がよみがえる。
生徒の笑い声と足音が響く。
その時ポケットにいれていた携帯電話が揺れた。
電話だ。
「もしもし。」
『もしもし。――さんのお電話でしょうか。』
「はい。」
『こちら○○病院です。――××菜月さんのことでお話があって。』
「菜月の?」
『はい。先ほど菜月さんは――。』
男の頭が思考を止めた。
なんで?
男は思わず走り出した。
「先生?どうしたの?」
生徒の呼び掛けが聞こえるが頭には入ったこなかった。
俺は病院の扉を開いた。
そして案内された病室にはあの日より少しやつれた
菜月の姿があった。
「――菜月?」
頬を触った。冷たかった。
前まではあたたかかったのに。
看護師さんに手紙を渡された。
菜月が書いたそう。
菜月はずっと言っていたそうだ。
私が死んだら俺に電話と手紙を、と。
手紙を読んだ。
涙が止まらなかった。
最後の一言が彼女らしくて。
『貴方の名前を呼びたかった。流星。愛しているわ。』
流星。俺の名前だった。
俺の名前を呼ぶ彼女が大好きだった。
届くことがないとは知りつつも言葉にしてしまった。
「菜月、俺の名前を呼んでくれてありがとう。」
きっと菜月なら最後に呼んでくれただろうから。
俺は笑った。
涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。
あの言葉は嘘なんだろ?
だから今は笑わせてくれ。
困ったような笑顔の菜月が俺の頭を撫でた気がした。
「流星。愛しているわ。」
「俺もだよ。菜月。」
どこか遠い場所でこんな会話が響けば良いのに。
願わずにはいられなかった。
コメント
1件
読み終わりました……。切ないですね。菜月が「うんざりなのよ」と別れを告げた場面と、最後の手紙で「流星。愛しているわ」と名前を呼ぶ場面が対照的で、胸が締め付けられました。彼女はずっと名前を呼びたかったのに呼べなかった、その理由が気になります。流星が涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら笑うラストも、救いようのないようでいて、どこか優しい温度が残っていて印象的でした。続きがあるならまた読みたいです。