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そして、翌日。
俺は言われたとおりに、休日出勤をし、ダンジョン研修を遂行していた。
学校に所属している全生徒(といっても、あわせて30人程度だが)を連れて、町から約1時間ほどの場所にあるダンジョン『密の山』を訪れる。
ダンジョンは、その出現する魔物や地形などにより、およその難易度が設定されているが、この『密の山』は初級とされていた。
地形も険しくはなく、標高が高くないうえ勾配も緩い。
そのため、研修に利用するにはぴったりの場所であった。
季節が夏に向かっていく時期という事もあり、あたりの草木は鬱蒼と茂っている。
俺は生徒に足元に注意するよう声をかけて、山の中を進んでいく。
「先生、大丈夫ですか? なんか疲れ切ってますけど」
後ろから生徒にこう指摘されたとおり、しっかり寝不足だ。
だが、もし万が一生徒が怪我をするようなことがあれば首が飛ぶと思えば、眠気も起こってこない。
決められたとおりに、研修プログラムを進めていく。
回復アイテムとして使われる木の実の採取、比較的弱いとされるコカトリス(鳥型の小さな魔物)やゲッシ(大きなネズミのような姿をした魔物)の退治などなど。
ありがたいことに大きな事故や滞りもなく、順調に研修プログラムは完了していく。
あとは帰るだけという段階になって、少しほっとしていたところ……
「な、なんでこんなところに、あんな化け物がいる⁉」
その事態は起きてしまった。
大量の冒険者たちが背後から走ってきて、そのまま出口へ逃げていく。
同時、俺の身体には悪寒が駆け抜けた。
平常状態では、明らかにありえないことだ。
『密の山』に出てくる魔物は、強くても蛇のサーバント程度。こんな凶悪な瘴気を放てる存在ではない。
もっと別の何かが、迫ってきているらしかった。
「君たち、逃げるんだ……! 出口に向かって全速力で走ってくれ!」
その正体を確認する前に、俺はまずこう叫びあげて避難誘導を行う。
ほとんどの生徒は、言い知れぬ恐怖を感じていたこともあったのだろう。素直にそれに従ってくれた。
しかし、若気の至りというのは怖いもので……。
「お、俺ならやれる!! なんだか知らねえが、俺は逃げないぜ先公! てめぇみたいなろくに魔法も使えねぇ下っ端事務員の命令、聞けるかよ」
一人の生徒が、無謀にも立ち向かおうとして、俺の指示に背いたのだ。
貴族家出身で、自信過剰な振る舞いの目立つ少年であった。
彼はやたらと立派な剣を抜いて、他の生徒とは反対に瘴気の方へと向かっていく。
頭が痛いったらないが、もうしょうがない。
俺はその生徒を追って、瘴気の発生源へと向かうほかなくなる。
いくら、生徒による勝手な判断とはいえ、責任は俺にのしかかるのだ。
そうして、走ること少し、それは目に飛び込んでくる。
魔物――いや、その規格外の大きさは、化け物と評するほかない。
そこにいたのは、人間の3倍近い背丈を持つ三つ頭の蛇。
多頭大蛇・ヒュドラであった。
少なくとも初級ダンジョンに出てくるような存在ではない。
上級ダンジョンのボスクラスだ。
「な、なんなんだ、こいつ……⁉ 聞いてねぇぞ、こんなのがいるなんて」
例の生徒は、ヒュドラの放つ威圧感にすっかり腰を抜かして地面に尻もちをついていた。
どうやら立ちあがることもできないくらい震えているようで、地面を這うようにして、後退している。
「お、お、俺の炎属性を舐めるなよ。くらいやがれ! 我が求めに応えて燃えろ炎。その聖なる力よ今この手に宿れ、|火球《ベントフーコ》!」
剣を振り、炎属性魔法により攻撃を食らわせるが、そんな初級属性魔法で効果はない。
むしろヒュドラを殺気立たせてしまい、逆効果でさえあった。
木々をなぎ倒しながら、3つある首を様々な方向へ向け、大口を開けて牙を剥く。
かと思ったら、その口から火球を乱雑に飛ばし始めた。このままでは、山火事になりかねない。
「……使いたくなかったけど」
と、俺は思わず呟く。
その奥の手は、これまで完全に封印してきたものだった。もう使うことはない、と決め込んでさえいた。
が、そうも言ってはいられないのっぴきならない状況だ。
出し惜しみをしていたら、生徒を見殺すことになりかねない。
しかも、このままこいつが町に出たら被害は計り知れない。
普通、魔物はダンジョンの放つ瘴気に縛られているが、初級ダンジョンの弱い瘴気ではヒュドラを引き留めることは不可能に近いためだ。
なんでこんな場所にいるのかは、さておき。
思考が煮詰まるより先、身体はもう勝手に動いていた。