無蛇野と真澄が駆け抜けた事で桃太郎が次々と姿を表す。
印南、猫咲、紫苑を視認した途端に桃太郎は自慢の白いスーツを赤く染めていく。出血と痛みで霞む目のまま見れば、赤い血液でできた小魚が大群となり巨大な魚として空に浮いていた。
『水射魅』
紫苑の指示によって魚は肉だけでなく骨まで砕き喰い取る。体に穴が空いてそこからは生暖かい血液が流れ続ける。
突然の事に動けないでいれば、猫咲のナイフが動脈を容易く貫く。
逃げようと背を向ければ印南の双又ノ綻によって召喚された人形に体を両断される。
一瞬にしてフロアは瓦礫と血が混じり、死体が見るも無惨に溢れかえっていた。
「だ、誰なんだ!おまえらは!!」
額から血を流し、右足の無くなった体で逃げようと後ろに這いずりながらも恐怖に駆られるままに叫ぶ隊員。
「誰でもいいことだろう、どうせ意味のなくなる事だ」
「うるせぇな、全員にゃん殺しってきまってんだよ」
「俺らの最愛を奪ったことを後悔しろよ」
無意味な質問の返答にもなっていない声に短く悲鳴を上げた隊員は、水射魅によって顔に空洞。猫咲のナイフで喉を裂かれ。印南の人形にて心臓を打ち抜かれた。
一体どれが死因なのだろうか。3人は知るよしもないし、知ろうとも思わないだろう。
隊服を翻し、気配のない一階を進む。
「馨、一階に桃太郎は?」
「…1人も残って無い、降りて良いよ」
紫苑はインカムの声を聞いたであろう印南達と目を合わせて更に下へと進む為歩み出した。
「チッ、入り乱りすぎんだろ」
馨の案内通りに進めど、未だ最下層に降りる階段に辿りつかない。それどころか桃太郎は侵入されているとも知らずに呑気に寝ていたり、間食を取っている。
その様子をすりガラス越しに一瞥して、後から追いかけてくるであろう後輩に託す。
「!お、鬼ッ!!」
書類を運んでいたと思われる桃太郎がそう一言落とした瞬間にゴトリッと音を立てて首が落ちた。
「行くぞ」
無駄を嫌う同級生は抑えきれていない殺気の無蛇野を短く鼻で笑った後に、同意の声を長い廊下に響かせた。
「そこを右に曲がれば、3階に降りれます」
「桃は」
「50前後、一ノ瀬先輩は最奥の部屋に居ます」
最低限の会話で構成された情報を副隊長から受け取った真澄は南京錠を外しながら耳に通した。
「空いたぞ無蛇野」
「あぁ」
指輪で親指に刺傷を付け傘を作り出す無蛇野。ブチと噛みちぎる親指の血を舐める真澄。
蹴り飛ばした鉄製の扉の音が響き、何事かを桃が蛆のように現れた。
『雨過転生』
細菌を出す間もなく弓矢が頭蓋を、頸椎を、軽々と貫いた。
次々を血を吐く桃を一蹴して2人は最奥へと駆ける。
「…行くぞ」
「もうすぐ紫苑達も来ます」
「そうか」
待つ必要も無いと言いかけた途端に不揃いのバタバタという音が聞こえてくる。発生源は印南ら3名。
自分のでは無い血に所々濡れている。全員が揃った。
スライド式のドアノブを壊れてしまうほどに握り締めた無蛇野は思い切り開いた。
開けた途端に香るのは、鮮血と風化した血の混じった匂い。金属の独特な匂い。
言われずとも分かる。
拷問部屋だ。
躊躇うこともせずに進んでいけども、四季は見当たらない。しかし至る所に日付と部位が書かれた空洞では無い保存瓶。
『指』
『耳』
『目』
プカリと浮かんだ瞳と不意に目が合った気がした。
机上には記録用のパソコンと書類が散乱していた。猫咲は馨に渡されたUSBを差し込んでパソコンと睨めっこをし始める。
一際目立つフォルダには「炎鬼」の文字。意を決してクリックすれば、画像と動画。未完成のデータが所狭しと収納されていた。
「10月18日」と記入されていた、画像をクリックすれば空虚な部屋に聞き覚えのある声の喘鳴が響いた。同時に肉が潰れ、裂ける音。
タブを消してコピー済みのUSBを引き抜いて原本のパソコンを閉じる。
あぁ、胸糞の悪いものを見た。
鬼だから治る。けれども限界はある。痛覚も変わらない。ただ再生速度が早く治るだけ。
ここに来るまできっと毎日毎日彼女は耐えていたんだ。でもそれも今日で終わりになる。
最後の扉を開けた先に四季は座っていた。
両手を椅子に固定されて、項垂れて。短かった髪は背を覆い隠すほどに伸びているけれども、あの深い群青色ではない。ほんのりと淡く変化していた。
5人が寄れども四季は、顔も上げずにいた。顎を掬い顔を上げて目を合わせた無蛇野が見たのは、虚。
輝きも、光も色も失った四季がそこにはいた。
真澄が僅かに震えた手で首筋に触れれば、黒い金属製の首輪に当たる。その先では薄くゆっくりと脈が動いていた。
死んでいない事に安堵を浮かべようとするものの、四季の体は無惨なものだった。
申し訳程度に付けられた下着から見える肌には青く紫に変色した痣。火傷痕。刺傷。蹴痕。
腹部に走る一本の縫い痕。
そして、太腿には白濁が垂れている。下着のクロッチ部は変色し、滲み出ている。
「…おやおや、遅かったな」
「鬼共」
背後からの声に振り向けば、隊長特有のマフラーをした桃が偉そうに踏ん反り帰っている。
「鬼神といえど、人質と拘束でどうにかなるもんだな」
黙っていれば吐き捨てるように笑いながら自慢げに話し出す。
「部下を使って強姦もした!」
「…なぁ、何人だと思う?」
手を広げて問う。
「何がだ…」
「わかってんだろ?その女が子を孕んだ回数だよ」
静かに問いただす無蛇野を嘲笑い、四季を指差しながらそう言った。
桃は気付かない。無蛇野に。紫苑に。猫咲に、印南に睨まれていることを。
桃は気付かない。
透明化し背後からナイフを突き刺した真澄に。
「…う、そだろっ、ゴホッゲホッ」
「俺はっ!まだっ!!」
さっきまでの威勢はどこへ行ったのやら、血走った目で喚き始めた桃の喉を無蛇野の傘が押し潰した。
「返してもらうぞ」
頬に跳ねた返り血を指で拭い無蛇野は傘を引き抜いた。
「鍵見つかりました〜」
呑気に見せかけた紫苑の声に深い憎悪を殺意から身を引き出して、四季の元へと向かった。
細く長くなった髪をかき分けて首輪に電子キーを差し込んだ途端に短いカウントダウンが始まる。即座に投げ捨て距離を取れば首輪ごと爆発が起きた。
「自分で外した時に確実に殺すようだな」
手足の拘束を取りながら真澄は冷静断言する。偵察隊隊長がそう言うのであれば確率は限りなく高いだろう。
カチリと拘束が外れた四季の体はグラリと前方に倒れた。
印南と猫咲は手を掴み、無蛇野は後ろから腹を、真澄は顔を、紫苑は肩を優しく支えた。
支えたどの場所も細く弱り、軽く握るだけで折れてしまうかと思えた。
「四季帰ろう」
無蛇野の声が優しくその部屋に響いた。
真澄の上着を掛けて無蛇野に姫抱きにされて拠点を後にする四季。
その体温は酷く冷たく感じる。
血まみれの道を通りながら地上に向かう。侵入時と同じように病院のガラス扉を開ければ、馨と京夜が駆け寄る。
腕の中の四季を見れば、青い顔を歪める。絶句としか言いようがない。
触れる首に体温も脈もある。瞳孔も生命反応を表している。
四季は精神が壊れた状態で戻ってきた。
番外編Part2
1
「今日は時間あるんでしょう?」
「ん〜もちろん」
甘ったるい砂糖みたいな声に笑いながら返す。
「実はデート行きたいなって思っててぇ」
サラリと揺れたロングヘア。色は青。
いつからか青髪の子を気にかける事が増えた。声を掛けて彼女になって。
けれどもやっぱりあの深い深海のような紺には勝てない。一度見れば惹きつけられて手を伸ばしたくなるほどの青に。
「紫苑いるかぁ!!」
大我の呼び声に軽く返事をすれば、長い廊下から姿を現した。
「何〜、俺今女の子と遊ぼうとしてたのによ〜」
「よ、紫苑…ってスマン取り込み中だったな」
大我の後ろからひょっこり現れた紺の髪色。換えが効かないその色の主が現れた。
「一ノ瀬先輩!!」
抱き寄せてた女子から手を離して四季に抱きつく紫苑。
「会いたかったよ〜、色々話したいことあってさぁ」
「俺、羅刹の教師になろうかなって思ってて〜」
「えっ?彼女は??え?」
紫苑に相手にされないだけでなく急に現れた短髪のこの女は何なのかと、睨みをきかせてくる。
「今日はちょっと急用できちゃったからデートはまたね〜」
「紫苑…」
「何々?惚れた??」
人を見るような目ではないほどに紫苑を見つめる四季。
「お前って本当屑だなぁ…」
「えー、俺本命には一途なんですけど〜」
一途って誰だよ、と紫苑に肩を回されている四季は楽しげに笑った。
2
「真澄〜」
「断る」
「!まだ何も言ってねぇだろぉ!!」
「ウルセェ」
悪態を付けど楽しそうに笑って、一緒に外で格闘しようぜ?と女子らしからぬ誘いをしてきた。
「チッ、テメェは動いてねぇと死ぬのかよ一ノ瀬ぇ」
「んなわけねぇだろ!」
「昨日は無人とやったから今日は真澄としたいなって思っただけ…」
おやつを取り上げられた犬のように耳が垂れ下がっているように見える。
その見た目よりも硬くないふわりとした髪を軽く混ぜてポーカーフェイスのまま答える。
「時間があったらな」
そう言って、無理矢理にでも時間を作るであろう自分にも真澄は鼻で笑った。
特大遅刻ぶちかまして本当に申し訳ございませんでした…
桃源暗鬼を最新刊まで先週購入したは良いものの読む時間が全く取れず…
はい、そうです。すみません言い訳です…
本当に申し訳ございませんでした…
コメント
5件
今回も最高でした〜〜!見るの遅れちゃった…
朝起きたら更新されていた、! ありがとうございます😭