「ここが北部……」
私はそう呟きながら、彼の手を取り、馬車から降りた。
その光景は、何とも衝撃を受けるものだった。
干からびて亀裂が入った地面、並んでいる古びた家、そして、生気を失い、怪我を負って道端に寝転がっている人々。
思わず表情を曇らせてしまう私に、彼は口を開く。
「……ここは、魔物によって全てを失った。住まいは何とか自身たちで修復できたものの、食料を奪われて、彼らは生きる気力を失った。以前はすぐそこに井戸もあったが、破壊された」
私は言葉を失った。
何と言ったらいいかわからない。
彼は心配そうな顔で私の顔を覗き込む。
「大丈夫か?」
彼の青い瞳が、私を穿つように見つめていた。
と、彼は、突然私の身体を抱きしめる。
「馬車に戻ろう」
私は首を振った。
「……大丈夫です」
「……そんな真っ青な顔で言われても、何も説得力がないんだが」
そう言われて、初めて気づいた。
私の身体が、震えていたのだ。
……大丈夫だと思っていたのに。
私の目から雫が零れ落ちる。
それは止め処なくあふれて、彼の肩を濡らした。
彼が、私の身体をきつく、きつく抱きしめる。
「……嫌なものは、無理に見なくていい」
ただただ悲しかった。
心臓を鷲掴みにされたように、首を締められたように息が苦しい。
そのまま私は、彼の胸に顔を押し付け、そのまましばらく泣いた。
「ごめんなさい、私ったら」
私は涙を拭いながら彼に謝る。
「いや、大丈夫だ。少しは落ち着いたか?」
彼の言葉に、私はにっこりと笑ってみせた。
「はい」
「そうか」
彼はほっと安堵したようにそう言い、私の肩を抱き寄せる。
「帰るか?」
彼が心配そうにそう言った。
私はもう一度集落の方を見やる。
……もう大丈夫だ。
集落の方を見ても、もう身体は震えないし涙も出ない。
私は彼の方に向き直り、首を振った。
「いいえ。行きます」
私はまっすぐ彼の瞳を見つめる。
青い瞳が、仕方がないな、とばかりに細められた。
「わかった。行こう」
そう返してくれた彼に、私は心からの笑みを浮かべる。
「ありがとうございます」
「礼を言われるようなことじゃない」
彼はそうかぶりを振った。
私は彼に抱きつく。
彼は驚いたような気配だったが、私を抱き留め、抱きしめ返してくれ、私の頭をぽんぽんと叩いた。
「……行こう」
「はい」
少し照れたように言った彼に私は頷き、彼の身体から離れた。
そして彼の大きな手を握り、私たちは二人で集落の方に歩いていった。
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