父の車で実家に戻ると、母が美味しい煮物を作ってくれていた。
「あら、二人一緒だったの?」
「うん、そこのコンビニでね、ね?お父さん」
「あ、うん、偶然な」
なんとなくよそよそしい父、でもそれを特に気にする様子は母にはない。
「そう。あ、杏奈、煮物持っていくでしょ?」
「うん、ありがたい。煮物ってなかなかおいしくできないし、少し作ったつもりでも量が多くなっちゃうんだよね」
どことなく他人行儀な両親は気になったけど、かといって喧嘩しているようでもなかった。
「またゆっくり遊びに来ていい?」
「もちろんよ、実家なんだから」
今度時間があるときに、ゆっくり話を聞いてみることにした。
◇◇◇◇◇
それからも、相変わらずの日々が続いた。
あのランチの時に居合わせた仲道京香は、特に何も言ってこない。
結婚式のときに作ったグループLINEも、コメントが何もない。
_____いらなかったなぁ、このグループは
かといって今更抜けてしまうのも気が引けたので、そのままにしておいた。
舞花からは時折り個人宛に、コメントが届いていた。
妊娠や出産の、ほんの小さなことでも私に訊いてきたので、頼られることで妹ができたようでうれしかった。
晩ご飯の片付けを終えてお茶を飲んでいたら、ふと自分の爪が気になった。
爪が伸びてきて、ネイルがもうダメになってきている。
時間が経てば仕方のないことだけど、残念だなとため息が出る。
「はぁー」
「どうしたんだ?何かあったのか?」
リビングでビールを飲んでいた雅史に聞こえてしまったようだ。
「あ、うん。これね、ネイルがもうダメになっちゃったから残念だなあって思ってたとこ」
ネイルをやり直したいけど、そんな理由もないし。
「ネイルなんてしなくてもいいだろ?安いもんでもないし。そもそも家事や育児には邪魔だと言ってたじゃないか」
「ん、まぁ、そうなんだけど……」
「まぁ、どうしてもそういうことをしたいなら、自分で稼いでからやってくれよな。これから先、俺の仕事もどうなるかわからないんだし」
_____自分で稼いでから?
アルバイトしてることは知らないはずだけど。
「え?じゃあ、自分のお金だったらいいの?そうだよね、うん、自分でなんとかするよ。これから先、圭太の教育費も準備しないといけないし」
遠藤が言ってたように、仕事の幅を広げるとこれからはもう少し貯金もできるだろう。
アルバイトを始めていてよかった、そしてそのことを雅史に言ってなくてよかった。
「あのさ、主婦が稼ぐってそんな簡単じゃないんだぞ?まだ圭太も小さいんだから、まずは圭太を最優先にしてもらわないと」
「わかってる。でも、もうすぐ幼稚園で昼間に自由時間ができるから、そこでなんとかしてみるよ」
これから圭太が大きくなるから、それに合わせて仕事を増やしていこう。
家事や育児の手は抜けないけれど、雅史は私が働くことに反対するつもりはないことがわかってホッとした。
「じゃ、お風呂入ってくるね」
雅史はずっとスマホを見ていたけれど、それが仕事のことなのかそれとも別の……たとえば浮気相手とのことなのかわからなかった。
_____まだ決定的な何かがあったわけでもないし
あまり細かいことを詮索して、反対に私のことも突っ込まれたらイヤだから、そっとしておく。
さっき遠藤からメッセージが届いていた。
《また、いいお店があったら、ランチという名のミーティングをしましょう》
それだけでワクワクしていた。