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第26話(最終話):やさしさの種
夜明け前の魔王城。
薄明かりに染まる中庭で、トアルコはひとり立っていた。
茶色の髪が風に揺れ、やや痩せた頬には、ここ数日分の疲れがにじむ。
けれどその目は、どこまでも穏やかだった。
彼の胸の奥――
**「魔王の種」**が、静かに光を放っていた。
それはもう、暴走の兆しはなかった。
むしろ、あたたかく、やさしく、まるで別れのあいさつのように、心臓の鼓動と重なっていた。
「……ここまで、一緒に来てくれて、ありがとう」
トアルコは胸に手を当て、そう語りかけた。
すると、光がふわりと浮かびあがる。
透明な球のようなそれは、彼の手から静かに離れ、空へと舞い上がっていった。
やがて、それは弾け、幾千もの細かな粒となって――世界中へと飛び散った。
それは、“魔王の種”の終わりであり、はじまりだった。
その日から、世界のあちこちで、小さな変化が起きた。
争いが止んだわけではない。
理不尽がなくなったわけでもない。
けれど――
> 「ちょっと待って、相手の話も聞いてみよう」
> 「この人も、怖かったんじゃないかな」
> 「今日、誰かを救えるかもしれない」
そんな言葉を口にする人々が、ゆっくりと、確かに増えはじめた。
“やさしさ”という名の、目に見えない小さな種が、
世界のあちこちで、誰かの胸に芽を出し始めていた。
魔王城・その中庭。
今日も花壇には、白い花が咲き誇っている。
「ねえ、トアルコ。あの種、もう戻ってこないの?」
アルルが尋ねる。
「……はい。でも、どこかでちゃんと、育ってくれるって思ってます」
「魔王がいなくなって、平和がくるって保証はないけど――」
「“願う人”が増えれば、それだけで、戦わなくて済むこともあるって……信じたいんです」
「バカね」
「……でも、それがあんたらしいや」
遠くでパクパクが叫ぶ。
「おーい! 畑の毒草にネムルが埋まってるー!」
「zzz……毒と一緒にねむるのが……しあわせ……」
「はーい、すぐ行きますー!」
トアルコは小さく笑って、スコップを手に歩き出す。
その背には、もう“魔王の印”はなかった。
けれど彼の歩く先には――確かに、しあわせの芽が息づいていた。
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