休暇村前は、うさぎだらけだった。
さすが、島で一番うさぎの居る場所。
京平は後ろのホテルを振り返りながら、
「昼はホテルで食べるか。
お前、弁当作ってきたりするようなキャラじゃないしな」
と言う。
……ニンジンは切ってきましたよ、と思うのぞみの前でしゃがみ、京平は、何度もうさぎをカメラにおさめていた。
「そういえば、なんで、さっき撮らなかったんです?
三匹おしりがもふもふのとき」
「……なにを言っているのかわからないが。
うさぎが三匹こちらに背を向けて寝てたときのことか?」
と京平は眉をひそめて言ったあとで、またうさぎにカメラを向けながら、
「このカメラ、今日のために買ったんだよ。
最初にお前を撮ろうと思ってたから。
お前が綺麗に写りそうなとこまで待ってた」
と言う。
照れるんですが……。
真顔で真面目に言わないでください、と思いながら、のぞみは、黙ってうさぎと京平を見ていた。
ホテルでカキフライ定食を食べ、お土産を見て、またうさぎと戯れたあと、
「夕暮れの廃墟も撮りたい」
と京平が言い出したので、帰りも、廃墟ルートを通ることになった。
だが、廃墟で撮影していると、京平は挙動不審な人のように――
いや、まあ、普段から、結構、挙動は不審なのだが――、
何度も振り返っていた。
「どうしました?」
とのぞみが訊くと、
「いや、御堂かと思ったら、うさぎだった」
と言う。
見ると、倒壊しそうな建物の陰から白いうさぎがちょこんと覗いている。
「……行くか」
と言う京平について薄暗いトンネルに入ると、日陰になっているので、結構、うさぎが居た。
だが、京平は、それで和むでもなく、そこでもまた、はっ、とすごい形相で後ろを振り返る。
同じく廃墟を撮影しているらしい若い男がカメラを持ってトンネルに入ってきたのを確認したあとで、
「御堂かと思った……」
と汗をぬぐってた。
「どうしたんですか……」
とのぞみが問うと、
「いや、日が落ちてきたので、なんだか御堂が出そうだな、と思って」
と京平はカメラを手に言う。
「なんかこう、霊の一種みたいですね、御堂さん……」
とのぞみは呟いた。
そのあと、桟橋の方に戻り、うさぎを見ながら少し歩いた。
「あー、楽しかったです」
と海を見ながらのぞみが言うと、
「……このまま帰らないって手もあるぞ」
と京平は言ってくる。
「嫌ですよ」
と振り向き、のぞみは言った。
少し寂しそうな顔をした京平に言う。
「お父さんたちに、専務が悪く言われるの、嫌なんで」
そう言うと、京平は俯きがちに、
「……うん」
と言って笑う。
な、なんなんですかっ。
その可愛らしい笑い方はっ。
照れるではないですか、とのぞみも俯く。
すると、カシャッと音がした。
顔を上げると、京平がこちらに向けて、カメラを構えている。
「よし、今のが、今日の撮りおさめだ。
お前に始まり、お前に終わらせたぞ」
と満足げに京平が言ったとき、のぞみは熱帯植物の下で、うさぎが束になって寝ているのを発見した。
「あっ、専務っ。
仔うさぎも居ますっ。
お腹出して、ちょっと丸くなって、きゅーって寝てますよっ。
きゅーって」
仔うさぎたちの可愛らしさに京平は困った顔をする。
今ののぞみの写真で撮りおさめだと言ってしまったからだろう。
のぞみは、うーんという顔をしている京平の腕を引き、うさぎたちの方に連れていった。
「撮りましょうっ、専務っ」
うーん、とまだ京平は唸っている。
「撮りましょうっ」
と言っているうちに船が来た。
船に乗ったのぞみたちは、席には座らずに、離れていくうさぎ島を眺めていた。
他の客たちも、名残り惜しむように、島を見ている。
ああ、うさぎたちが……。
のぞみは海岸に並び、船に向かって、一斉に手を振ってくれているうさぎのマボロシを見た。
今日夢に出て来そうだな、と思いながら、太陽の沈んでいく方角を見る。
夕暮れの光が海に向かって広がっていて、綺麗だ。
波のせいで、細かく夕日を反射する海面を見ながら、のぞみは言った。
「やっぱり、帰ることにしてよかったです」
ん? と横に立つ京平が言う。
「この夕陽を、専務と見れてよかったです」
「……そうか」
とだけ、京平は言った。