テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
羊と亀のお遊戯会
23
奏音•*¨*•.¸¸♬︎💙
10
映え無し
1
【短歌】
初詣君と並んで手を合わせ願いの中に君がいること
【短歌をテーマにした物語】
元日の朝、私はいつもより少しだけ早く家を出た。
待ち合わせ場所の駅前には、振り袖姿の女の子や、家族連れの人たちが行き交っている。吐く息は白く、冬の空気は頬に冷たかった。
それでも、寒さなんて気にならなかった。
今日は、恋人の悠真と初詣に行く約束をしている。
付き合い始めて、もうすぐ半年。
去年の今頃は、まさか今年のお正月を恋人と過ごすことになるなんて、想像もしていなかった。
「お待たせ!」
聞き慣れた声に振り向くと、悠真が小走りでやってきた。
「ごめん、待った?」
「ううん。私も今来たところ」
本当は十五分も前から待っていたけれど、そんなことは言わなかった。
悠真は私の顔を見て、にこっと笑った。
「明けましておめでとう。今年もよろしくな」
「明けましておめでとう。今年もよろしくね」
たったそれだけの挨拶なのに、胸の奥がくすぐったくなる。
去年までは、友達として交わしていた新年の挨拶。
今年は恋人として、隣に立っている。
それが嬉しくて、私は何度も彼の横顔を盗み見た。
神社に着くと、境内は大勢の参拝客で賑わっていた。
参道には屋台が並び、甘い匂いが風に乗って漂ってくる。遠くから聞こえる太鼓の音や、楽しそうな人々の声。
私たちは人の流れに合わせて、ゆっくりと本殿へ向かった。
「何をお願いする?」
悠真が尋ねた。
「えっ、まだ決めてない」
「俺は決めた」
「何を?」
「それは秘密」
そう言って、彼はいたずらっぽく笑った。
「ずるい。気になるじゃん」
「じゃあ、そっちも秘密にすればいいだろ」
「……そうする」
私は少しだけ頬を膨らませた。
でも、本当はもう決まっていた。
お願いしたいことは、ずっと前からひとつだけ。
やがて私たちの順番がやってきた。
賽銭を入れ、鈴を鳴らす。
隣には悠真がいる。
私は目を閉じ、静かに手を合わせた。
今年も、悠真とたくさん笑えますように。
嬉しいことがあったら、一緒に喜べますように。
悲しいことがあったときには、隣で支え合えますように。
そして、来年のお正月も、その先も。
こうして隣にいられますように。
願い事を思い浮かべているうちに、ふと気づいた。
私が願っていることの中には、いつだって悠真がいる。
学校であった出来事を話したいときも。
きれいな景色を見つけたときも。
おいしいものを食べたときも。
真っ先に思い浮かぶのは、彼の顔だった。
いつから、こんなふうになったんだろう。
いつから私は、自分の未来を考えるとき、当たり前のように彼の姿を思い浮かべるようになったんだろう。
目を開けると、悠真もちょうど手を下ろしたところだった。
「何をお願いしたの?」
私が尋ねると、彼は少し考えてから答えた。
「秘密って言っただろ」
「まだ秘密なの?」
「うん。でも、ひとつだけ教えてやる」
彼は私の目をまっすぐに見た。
「今年も、お前といっぱい思い出を作りたいって思った」
心臓が、どきんと音を立てた。
「……それ、お願い事なの?」
「そう。だって、思い出って勝手には増えないだろ。一緒に出かけたり、話したり、いろんなことをしたり。そういうのが必要じゃん」
悠真は少し照れくさそうに頭をかいた。
「だから、今年もよろしくな」
私はすぐに返事ができなかった。
胸がいっぱいになって、言葉がうまく出てこない。
私が願ったことと、彼が願ったこと。
まったく同じではないかもしれない。
それでも、同じ未来を見ているような気がした。
「……うん。今年もよろしくね」
ようやくそう答えると、悠真は嬉しそうに笑った。
参拝を終えた私たちは、おみくじを引くことにした。
私は小吉、悠真は大吉。
「やった。俺、大吉!」
「いいなあ。私、小吉だった」
「いいじゃん。これから運がよくなるってことだろ?」
「そういう考え方もあるね」
おみくじを結びに行こうとしたとき、悠真がふと思い出したように言った。
「そうだ。小吉でも大吉でも、今年も一緒にいられたら、それでよくない?」
私は思わず彼を見た。
そんなことを、さらりと言ってしまう。
ずるい人だと思った。
何気ない言葉ひとつで、私の心をこんなにも温かくしてしまうのだから。
「……そうだね」
私は笑って答えた。
神社を出たあと、私たちは屋台で甘酒を買い、並んで飲んだ。
熱い甘酒を両手で包みながら、悠真が今年行きたい場所をいくつも挙げていく。
春には桜を見に行きたい。
夏には花火大会。
秋には紅葉を見に行って、冬にはまたこうして初詣に来る。
「全部行けるかな?」
私が尋ねると、彼は迷いなくうなずいた。
「行こうよ。まだ一年もあるんだから」
その言葉が嬉しかった。
未来の話をすること。
その未来の中に、自分がいること。
こんなにも幸せなことがあるのだと、私は初めて知った。
帰り道、ふと空を見上げる。
冬の空は澄み渡り、雲の向こうから柔らかな光が差し込んでいた。
特別な願いが、必ず叶うとは限らない。
来年も、再来年も、同じように笑っていられるかどうかは、誰にもわからない。
それでも私は、今日のこの気持ちを大切にしたいと思った。
隣を歩く悠真の声。
並んだ足音。
何気ない会話の合間に交わす笑顔。
ひとつひとつを積み重ねていけば、願った未来に少しずつ近づいていける気がした。
「ねえ、悠真」
「ん?」
「来年も、一緒に初詣に来ようね」
彼は一瞬驚いた顔をして、それから笑った。
「もちろん。来年だけじゃなくて、ずっと来ればいいじゃん」
その言葉に、胸がじんわりと温かくなった。
私はもう一度、心の中でそっと願った。
来年も、その先も。
あなたと並んで、同じ景色を見られますように。
神様に届けた願いは、たぶん、とても小さなものだ。
けれど、私にとっては何よりも大切な願いだった。
初詣。
君と並んで手を合わせた。
新しい一年の幸せを願ったとき、私の願いの中には、いつだって君がいた。
コメント
1件
ああ、これはすごくあったかい物語でしたね。「願いの中に君がいること」——気づいたときの心の動きが丁寧に描かれていて、読んでるこっちまで胸がぎゅっとなりました。悠真くんの「思い出って勝手には増えない」って台詞がすごくいいなあ。二人の時間をちゃんと積み重ねていこうとする誠実さが伝わってきます。今年もこの二人の景色を見続けられたらいいな、と思いました。