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放課後の音楽室は、昼間の喧騒が嘘みたいに静かだった。
窓から差し込む夕陽が、金色の埃を舞い上がらせる。
まるで舞台のライトみたいに、その中心に立つ涼ちゃん――
藤澤涼架が、銀色のフルートを構えていた。
「じゃあ、ちょっと吹くね」
涼ちゃんは、柔らかく微笑んで口元に楽器を運ぶ。
息を吹き込むと、空気が震えた。
フルートの音は軽く、でも真っ直ぐで、胸の奥に染み込んでくる。
夕陽の色と混ざり合って、心の中がふわっと温まった。
横で座っていた若井が、肘で俺の脇腹を突いた。
「おい、元貴。ガン見しすぎ」
「……いや、すごいなって」
「だろ? この人、マジで上手いから」
若井はニカッと笑ったけど、その声には少し誇らしさが混ざってた。
演奏が終わると、涼ちゃんは少し照れくさそうに首を傾げた」
「どうだった?」
「……すごいです。なんか、映画の中にいるみたいでした」
俺がそう言うと、涼ちゃんは目を細めて笑った。
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいな」
そんな優しい空気を切るように、
若井がギターケースをドンと床に置いた。
「よし、今度は俺らの番だな」
「……俺もやんの?」
「当たり前だろ、相棒」
若井は赤髪を揺らしながらケースを開け、
中から真っ黒なエレアコを取り出した。
俺も渋々、古びたアコギを構える。
「じゃあ、セッションしてみようか」
涼ちゃんが言ったその瞬間、俺と若井は目を合わせた。
「……セッションって、そんな簡単にできるもんなの?」
「大丈夫、僕が合わせるから」
その自信満々な笑顔に、なぜか心臓が跳ねた。
若井が軽くコードを鳴らし、俺が後からついていく。
すると、フルートがすっと重なった。
音が絡み合い、夕暮れの音楽室が一瞬で別世界になる。
俺たち三人だけの時間。音が重なるたび、距離も少しずつ縮まっていく。
曲が終わると、涼ちゃんが「楽しかったね」と笑った。
その笑顔は、たぶん音楽よりも心に響いた。