愛煙家nicoさまという神絵師さまの設定をお借りしました。
バリバリ旧国、なんなら主人公。今後は戦争描写も入る予定です。
苦手な方は記憶ごとブラウザをご消去願います。
ぱちん。
乾いた音が薄闇に弾けた。
同時に、右の頬にじんわりとした熱が走る。
ぬるい痛み。
微かに呻くと、遠くでくふくふと誰かが笑っているような声がした。
薄く瞼を上げる。
視界は霞んでいて、夢の続きのようだった。
天井に星座のように散らばるシミ。木の梁には、障子の影が写っている。
「……なんだ、夢か………。」
呟いた瞬間、ぱちん、と頬を打つ音がした。
急速に意識が浮上する。
明らかな攻撃。標的は見えない。
刺客か、あるいは新手の攻撃か。
反射的に防御の構えをとった視界の端に、ありえないものが映り込んだ。
右手が、勝手に動いている。
「………は?」
思わず声が漏れる。
当然だ。
右手は自分の意思に従って、床下の曲者を探るため、床を叩いているはずだったのだから。
それがなぜか、自身の右手は楽しげにぶらりぶらりと宙をかき回している。
〈やっとおきた〜!〉
どこか弾むような、子どもじみた声。
あたりを見回しても、人っこひとりもいない。
〈ぺちぺちしてあげてたのに、ぜんぜんおきないんだもん!〉
気のせいではない。
この弾むような、子どもじみた声は、どうやら自分の頭に直接届いているらしい。
恐る恐る右手を見やる。
「……お前……いるのか……?器の中に。」
〈ここせまい!ねぇ、おそとがいい!〉
あどけない声が弾む。
右手の中……いや、もっと深いどこかに、別の何かがいる。
しかもそれはコロコロと転がって、落ち着きがなくて。
暴れたくて仕方のない子供のように、意思と感情とを持って、確かに存在している。
常識の枠を飛び越えた状況に、脳内で警鐘が鳴る。
あの伝承のことを思い出した。
__ひとつ。器は世代を超えて受け継がれる。
__ふたつ。役目を終えると、古い魂は追い出される。
__それが、国なるものが故に。
「……継承、か。」
呟いた声は、墨の足りない筆のように掠れていた。
けれども妙だ。
自分の記憶にある世代交代は、もっと穏やかで静かなものだったはず。
少なくとも、このようにピンピンと活動している状態ではない。
先代の役目が潰えたある日、気がつくと意識を掬い上げられて、少しばかりの記憶と共に器に収まる。
それが自然の摂理ではなかったか。
「……お前、なぜいるんだ。」
〈しらない!〉
尋ねてみても、幼い魂は外に出たいと繰り返すばかり。
シワの寄った眉間を揉んで息を吐いた。
「わかったわかった。庭を見せてやる。」
〈おそと!?〉
「あぁ、一応な。」
障子を開くと、枯山水の小さな庭が顔を出した。
きゃっきゃとはしゃぐ幼子に、紫陽花の葉を好きにいじらせてやる。
「私は日帝だ。お前は?」
〈にってー?じゃあ、ぼくもにってー!〉
「……ないならないと言え。」
朝露の冷たさに目が冴えて、徐々に思考が状況を整理し始める。
まず、この子は恐らく次の化身だ。
そして、かなり未熟な精神しか持ち合わせていない。
通常眠っている間に成人程度には成熟するはずなのだが。
瓦礫の山が頭をよぎる。
こんな状況だ。
器の劣化が早まっても仕方あるまい。
この子は想定より随分早く目覚めてしまったのだろう。
〈ねぇ、あれなぁに?〉
ふと、手が一点を指す。
庭の隅をふわふわと漂う何か。
「蝶という虫だ。白いだろう?紋白蝶という。」
〈ねーぇ、つかまえて!!〉
「嫌だ。鱗粉がつく。」
まぁ、少しずつ教育していけばそれでいい。
煤くささの漂う朝の空気を吸い込んで、暴れる右手を律しながら伸びをした。
***
「こら。きちんと字を書け。」
くふくふと、イタズラの成功を喜ぶ声が頭に響く。
「ちょっと大人しくしてくれ……仕事が進まん……。」
〈やだ!あそぶ!〉
不運なことに俺は右利きだ。
押印すれば、版を逆さにされる。
書類を読めば、ページをの端を引っ張られる。
ペンを持たせれば、文字の途中でぐるぐると落書きを始める。
「あのなぁ……いずれ代替わりすればお前のやることになる仕ご……」
〈かけた!〉
無邪気な声でそう言われれば、大人しく机の上にいるだけで偉いか、などと思ってしまう。
〈これにってー!〉
資料の隅の歪んだ線も、中々自分に似ているような気がしてくるのだから不思議だ。
「……お前、中々上手いな。」
〈ほんと!?やった〜!にってーほめた〜!!〉
かくして、奇妙な共同生活が始まった。
〈あちっ!?〉
「頑張れ。日本男児だろう?」
台所でおむすびを握る時も。
〈ほこりっぽい!〉
「掃除中だからな。」
畳の上をはたく間も。
何かしらの声がする。
家族ができたようで悪くない。
そんな風に思うようになった自分がいることが、ひどく不思議だった。
(続く)
コメント
7件
最高です♪Nico様だったのね!!まじ最高二人の神に感謝
未熟な日本君は美味しい
グッ、てえてえ……