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ここで働き始めて今日で五日目。
どうにかこうにか環境にも仕事にも少しずつ慣れてきた。
初見で、異性だから仲良くなれそうにないと勝手に線引きをしていた道路整備推進係臨職の高橋清さんとも、実はとっても仲良くなれていたりする。
高橋さんは私が来る一ヶ月前にこの課にいらっしゃったらしい。家業を継ぐための勉強がてらここで働いておられるという高橋さんは、とても目端のきく方だった。
先輩として本採――公務員――の皆様をどうサポートしていったらいいか、どうすれば効率よく仕事がこなせるか、など様々なノウハウを懇切丁寧に教えてくださる。
年齢が私より数歳年上なだけと近いのと、仕事が出来る割にそれを鼻にかけないフレンドリーな性格が相まって、すぐに打ち解けることができた。
「高橋さん、この資料の綴じ方なんですけど……」
高橋さんと親しくなってからというもの、私は塚田さんの手をわずらわせたくなくて、高橋さんに聞けば分かりそうなことはそちらに聞くようになっていた。
そのほうが、中本さんの心を変に逆なでしなくて済むし、何より私自身が塚田さんと接しているとどんどん彼に惹かれていきそうで怖かったから。
「ああ、それは左上をこういう風に……」
私が差し出した資料を見て、わざわざ一部見本を作ってくださった高橋さんに、私は彼の人となりを垣間見た気がして、思わず微笑んだ。
「えっ? 何?」
いきなりクスッと笑った私に、高橋さんが戸惑った顔をなさるから、「高橋さんって弟さんか妹さんがいらっしゃるんじゃありませんか?」と聞いてみる。
「……ああ、妹が二人いるけど……。って、え!? 何で分かるのっ?」
藤原さん、エスパーか何か?としきりに驚く姿がまたおかしくて。
「だって……物凄く面倒見がいいんですもの。私、高橋さんみたいなお兄様が欲しかったのです」
一人っ子の私は、兄弟姉妹という関係に物凄くあこがれてしまう。
何の気なしにそう言ったら、「姉になりたいって話なら大歓迎なんだけど……妹は間に合ってるかなぁ」と笑顔で返された。
そりゃ、そうですよね。もう、二人もいらっしゃるんですもの。
私は高橋さんより年下だし、逆立ちしたってお姉さんにはなれない。
「とっても残念ですっ」
にっこり笑ってそう返すと、高橋さんが何でもないことのように「ところで」と話題をふってくる。
「?」
視線でその問いかけを受けると、高橋さんが気持ち私の方に身を寄せるようにしてささやいていらした。
「藤原さん、許婚がいるって本当ですか?」
前置きも何にもない、直球な質問に私は思わず息を飲む。
隠していたわけではないし、そもそも自分で中本さんにカミングアウトしたりもしている。むしろ周知されている方が私自身、塚田さんへの気持ちを抑える歯止めになっていいかもしれない。
「はい、実はそうなんです」
そう考えた私は、うなずきながらにっこり微笑んだ。
「――で、藤原さんはその男のこと、好きで嫁ぐんですか?」
私の笑顔を真顔で受け流すと、高橋さんがさらに言い募ってくる。
「え?」
まさかそこまで突っ込んだことを言われるとは思っていなかった私は、間の抜けた声を発してしまった。
幼い時分から両親に、「お前には許婚がいる」と言われて育てられてきた私は、今の今まで健二さんのことを好きかどうかなんて考えたこともなかった。
親に決められた許婚なのだから、結婚しなければいけない。そう思っていたから。
「……分かり、ません。――実は……幼い頃に一度お会いしたことがあるだけなので……」
健二さんのことを好きかどうかと思いを巡らせた途端、何故か頭の中に塚田さんの笑顔が思い浮かんでしまって、思わず語尾が曖昧になる。
「俺、妹が二人いるって言ったじゃないですか。だから藤原さんのこともうちの妹らに重ね合わせて見ちゃうところがあるんですけど……いまどき親に言われたからって好きでもない相手と添い遂げる必要なんて微塵もないと思うんですよ。要らんお世話かもしれないですけど……相手だって貴女に会いに来ないってことはどういう気持ちか分かったもんじゃないと思いますし」
相手が、貴女に夢中というのならいざ知らず……と小声で付け加えられて、私は図星をさされた気がした。
自分自身、健二さんからの指令でここに働きにきてはみたものの、どうしてお父様伝でそんなことを仰るんだろう、と薄々思っていたから。
直接顔も見にきたくない興味のない娘だから、何だかんだ理由を付けて断る口実を探しておられるんじゃないだろうか。
考えてみれば、そもそも私だって健二さんに会う努力をしてこなかったのだから同罪だ。
私みたいな世間知らずを嫁にもらわねばならない運命を背負わされた健二さんを思うと、申し訳ない気持ちになってしまった。
latte
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コメント
2件
高橋さん、核心つくなぁ。
高橋さん、いいキャラしてますね!「妹が二人いる」って日織に当てられたときの驚き方が可愛くて、思わずニヤニヤしました。それでいて「好きでもない相手と添い遂げる必要ない」と核心を突いてくるあたり、単なる優しい先輩じゃないのが面白い。日織が塚田さんへの気持ちを自覚しつつ“許婚”で抑え込もうとしているジレンマ、すごく伝わってきました。この二人の関係、どう転ぶのか気になります!