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第1話「薄い記憶の約束」
朝の通勤電車。揺れる車内に身を任せながら、中田祐介はぼんやりと窓の外を眺めていた。
彼は二十一歳。数年前、事故で記憶を失った。幸い時間をかけて多くは取り戻したが、今もなお、ところどころに白い靄がかかったような穴が残っている。
普段の生活に支障はない。仕事にも慣れ、日常を過ごせている。――ただ、その靄が時折、奇妙な違和感となって胸をかすめるのだった。
その日もそうだった。
近くに座っていた高校生二人が楽しげに話している。
「なあ、タイムカプセルって覚えてる?」
「うん、公園に埋めたやつだろ? 今度みんなで掘り返そうって話になっててさ」
――タイムカプセル。
その単語を耳にした瞬間、祐介の胸がざわめいた。懐かしい、けれどはっきり思い出せない。
自分も、誰かと一緒に……? そんな映像が頭の奥で霞のように揺れるが、すぐに消えてしまう。
仕事を終えた帰り道。どうしてもその感覚が拭えず、祐介は足を止めた。
近所の年配の男性に声をかける。
「すみません、この辺に昔、子供がよく遊んでた公園ってありますか?」
「ああ、あるとも。君もよくそこで遊んでたじゃないか」
――自分が?
記憶の靄はさらに濃くなった。
案内されたのは、雑草の伸びた小さな公園だった。ブランコも錆びつき、人気はない。
しかし祐介の心臓は、そこで大きく脈打った。
見覚えがある。いや、思い出せないのに、なぜか懐かしい。
半ば衝動に駆られるように、彼は砂地を掘り始めた。手のひらが土に汚れていく。
――そして、何か固いものに触れた。
錆びた金属箱。震える手で取り出すと、表面に薄く残った文字が見える。
“中田祐介”――自分の名前。
その隣には、知らない名前が並んでいた。
けれど確かに、自分と“誰か”でここに埋めたのだ。
箱を開けると、中には古びた写真が入っていた。
――少年少女4人が笑顔で肩を組んでいる。
その中の一人は間違いなく、今の自分の面影を持つ少年だった。
だが、他の3人の顔には何の記憶もない。
さらに紙切れが出てきた。拙い字でこう書かれていた。
「一生健康で、4人で仲良くできますように」
胸が強く締め付けられる。思い出せないのに、涙がにじみそうになる。
いったい、この人たちは誰なんだ?
自分は、何を忘れているんだ?
夜風が吹き抜ける公園で、祐介はひとり、その小さな箱を見つめ続けていた。
「この紙や写真はなんなんだ、??」
見つめる度にモヤモヤが強く胸を締め付ける。
その日は一旦タイムカプセルは公園に置いておくことにした。
静かな涼しい田舎の道で一人でとぼとぼ家へ帰った。