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デビューしてすぐにしては大きめなライブ会場は今日も大勢の人でにぎわっていた。来てくれる人はだんだんと多くなり、新しいファンも増えてきた。
そんな会場の照明が落ち、客席がざわめきに包まれる。
スポットライトがステージに当たると静寂が訪れ、元貴の声がステージを満たした。
「――愛してる、なんて、もう遅いのに」
息を呑むような高音。
ギターの音が寄り添い、ピアノが響き、ドラムが脈を刻む。
ステージの端で、涼架は柔らかな笑みを浮かべながら指を動かしていた。
彼の弾く音が、どこかで聞いた旋律に変わる。
その音を聴いた瞬間、元貴は胸の奥がきしむような苦しさを覚えて、見たことのないはずの光景が頭の奥でかすかに再生された。
月の下、光るような白いドレス。
風に揺れる柔らかな髪。
涙を浮かべた 瞳。
微かに聴こえるのは俺が好きだった彼女が弾くピアノの音。
――そして、元貴の手が、その頬に触れようとしていた。
「……誰、だ?」
ライブの最中、元貴の声がわずかに震えた。
動揺しないようにいつも通り歌い上げる、観客は気づかない。
ただ、元貴の隣にいた滉斗だけが、その変化を感じ取っていた。
(思い出したか……)
ギターを鳴らしながら、滉斗はわずかに目を伏せる。
ずっと前から知っていた。
静かにその時を待っていた。
元貴が、涼架が、あの遠い時代の魂を宿していることを。
だが口には出さなかった。
元貴が混乱しないように。
涼架が悲しい記憶を思い出して壊れてしまわないように。
だからこそ、黙って音を奏でる。
今世の彼らが、ようやく同じステージで笑っていられることが――何よりも尊いから、それが自分にとっても今の彼らにとっても幸せだと分かっているから。
曲が終わり、ライトが消える。
余韻の中で、元貴は自分の胸に手を当てた。
心臓の鼓動が、どこか遠い誰かを呼んでいる気がした。
ライブが無事終了したあと、隣で涼架が穏やかに笑う。
「今日、すごく気持ちよかったねぇ、お客さんも盛り上がってくれてて!」
「……ああ」
その笑顔がまぶしすぎて、元貴は言葉を飲み込んだ。
曖昧でまだ完全じゃない記憶に、蓋をするように。