「お前気持ち悪いんだよ、さっさと死んじまえよ!!!」
「そうそう、お前が死んだら皆がハッピーだからさw」
罵声と共に思いっきり腹を蹴られる。相手が女といえど、思いっきりの蹴りは吐瀉物を撒き散らす程に痛かった。
壁に叩きつけられるとずるずると地面へと座り込んでしまう。そんな私を蹴った張本人とその取り巻きはゲラゲラと笑って腹や太腿などと目立たない所を次々に殴っていく。その内満足したのかいじめっ子達は去っていった。
いじめっ子がいなくなった体育館裏で私はひとり呆然と佇んていた。怒りや悲しみといった感情は全く湧かなかった。ただただ不思議だった。気持ち悪いというのなら、死んで欲しいと思う程に嫌いなら何故わざわざ私に構うのか、私を殴ったり蹴ったりしたところで死ぬほどではなく意味など無い。
答えのない疑問に考えるのも面倒臭くなった私は腫れ上がり痛む脚を働かせた。
放課後の保健室、閉じられたカーテンの隙間から夕日が射し込む。
「また、傷を作って…七瀬」
「あはは、私ドジなので遊んでると転んじゃうんです」
「ドジでこんなに傷が付くわけ無いでしょう」
眼の前にいる先生に言われ私は視線を自分の体に移す。私の腕や脚には無数の青痣の他に切り傷があった。
きっと先生はこの体について気づいていることもあるのだろう。いじめを受けている事も、そして、それ以外にも傷の原因があることも。
面倒臭いだけだからかもしれないが、あえて踏み込まないでくれるのだから有り難い。このさい、いじめのことはどうでも良い、一番嫌なのは私の家について触れられることだ。過去には正義ズラした先生に今の生活を脅かされそうになったこともあった。今でも憤りを感じてしまう話だ。
「ではまた」
「先生にとっては来ないでもらえた方がいいのだけれどね」
鞄を抱えイスから立ち上がると私はドアへと向かって歩みを進めた。
「…なぁ」
いくつも並んだベッドの近くを歩いているとふいに声をかけられた。隔てりであるカーテンを開けるとそこには同い年ぐらいの男の子がおり、顔を顰めさせていた。理由が分からず思わず首を傾げる。
「どうしました?」
「…お前も保健室の常連だなと思って」
「はて?私は君のこと知らないですが」
「はぁ…だろうな」
どうやら彼もよくこの保健室に通っているらしい。知らないと言うと分かりやすく落胆されてしまった。しかし、ずっとこうやってベッドで寝ていたなら認知できないのも仕方ないと思う。なにせ私は傷の手当のために来ているのだから。ベッドに用は無い。
「お前…」
「?」
「いや、なんでもない」
「そうですか、もうよろしいでしょうか?私帰りたいのですが」
「ああ、立ち止まらせて悪かったな」
彼の「じゃあな」の言葉を背に私は保健室を出た。
カンコンと鉄を叩くような音を響かせながら錆びついた階段を登る。築何十年にもなるこのアパートは老朽化が進み、壁の塗装がかなり剥がれていた。
鍵を差し込み木製のドアを開けると真っ暗で何も見えなかった。手探りで灯りのスイッチを押して直ぐに目に入るのは散らかった部屋だった。
ひしゃげて倒れているビールの空き缶にそこらに散らばった錠剤、テーブルには突っ伏し呻くお母さんがいる。
自室に行き鞄を小さい頃に買ってもらった勉強用のイスにかけキッチンに入る。冷蔵庫を覗き、料理に使う食材を出していく。トントンと小気味いい包丁の音を鳴らし、料理を進めていく。
「楽」
「あ、お母さんただい…っ」
背後から名前を呼ばれ振り向き「ただいま」そう言いかけたところで頬に平手打ちをくらう。ああ、今は駄目だ。
「どうしてあんたはアイツに似てるの?醜い!!!醜い!!!!ああ”醜い!!!!!」
怒鳴りながらお母さんは殴る殴る殴る。容赦のない一発一発が身体に響く。いつもの事だ。
そう、いつもの事。
だからこの後起きる事も分かっている。
「…ッハ、ご…ごめんなさい…ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。楽」
「大丈夫、大丈夫だよ、お母さんは悪くない」
お母さんを抱きしめ囁くも、どうやら今日はこれでは治まらないらしい。お母さんは私を突き飛ばす。食器棚にぶつかり背中に鈍い痛みが走った。
「ああ…ああああ…あーーーーーーーーーー触らないで!!!気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!!!!痛い痛い触るな」
錯乱したお母さんが叫ぶ。埒が明かなくなった私はお母さんを抑え錠剤の水を飲ませた。するとお母さんは次第に落ち着きを取り戻した。お母さんの背中をさすり深呼吸を促す。お母さんは涙を流していた。
「ごめんなさい楽、こんなつもりじゃなかったの」
「うん分かっている。お母さんは何も悪くない」
「私には楽だけなの…お願い、捨てないで」
「うん、私もお母さんだけだよ」
私はお母さんの事が嫌いなわけじゃない。むしろ大好きだ。お母さんがいなければ私は生きていけない。お母さんと私だけの世界で十分だと思う。だからこそお母さんをこんなにした奴が憎い。あんな奴がいなければ、私が生まれることも、お母さんが苦しむこともなかったというのに。
暫くそうして話しているといつの間にかお母さんは眠っていた。私はお母さんに毛布を掛け、作りかけの料理を他所に私はキッチンを出た。洗面所に着くとポッケから剃刀を取り出す。左手首を思いっきり引き裂く。瞬間患部が熱くなる。そんなのはきにせずに何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も切り刻む。
切り過ぎたようだ。血の出しすぎて少しクラクラする。
こうして自分を傷付け痛みを感じているときだけが唯一の救いだ。
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