ワスレナグサ
夏のはじまり
「なつくん、今日は放課後どこ行く?」
「……知らねえ」
素っ気ない返事。けれど、その声の端にだけ、微かにあたたかさがあった。
こさめはそれが嬉しくて、くすっと笑って後をついて行く。
何も知らなかった。
なつくんが、教室の外で「物」みたいに扱われていることも、
彼の靴が何度も隠されていたことも、
机に赤ペンで「死ね」と書かれていたことも。
なつくんは、こさめの前でだけ、
「なつくん」でいようとしてくれていた。
溢れるもの
「なつくん、なんか最近、元気ない?」
「別に。いつも通り」
その日は、珍しくなつが自分から歩み寄ってきて、
こさめの髪を優しく撫でてくれた。
夕暮れの風が心地よくて、こさめはうっとりしていた。
「こさめ、なつくんとずっと一緒にいたいよ」
「……そうだな。お前だけだよ、そんなこと言ってくれるの」
なつの声が、どこか遠くに聞こえた気がした。
海辺の町にて
なつは海が嫌いだった。
でもこの日だけは、
波の音が静かで、冷たくて、優しくて、
「全部、包んでくれる気がした」。
夜の海。
星も、月もない。
誰も見ていない、誰にも届かない場所。
なつは、こさめに手紙を遺した。
翌朝
「こさめくん、なつくん……昨日の夜、海で……」
ざわついた校内。
先生の震える声。
信じたくないという感情すら、こさめには湧かなかった。
ただ、呼吸がうまくできなかった。
机の中に、小さな封筒があった。
「こさめへ」とだけ書かれていた。
手紙
こさめへ
ごめんな。最後まで、ちゃんと話せなくて。
こさめの前では、優しい”俺”でいたかった。
教室ではずっと、俺は”いないもの”みたいに扱われてた。
それでも、生きてたのは、お前がいたからだ。
俺が何も言わなかったから、お前は気づかなくて当然だ。
お前は悪くない。でも、俺のこと、覚えててくれたら嬉しい。
最後に、これをやるよ。
“俺”72のヘアピンと、白いワスレナグサ。
俺を、忘れないで。
なつ
その後
こさめは笑わなくなった。
青いピアスの片方を外し、代わりに「72」のヘアピンを髪に挿している。
夏のたび、海辺に一人で立って、
青いワスレナグサを波に流す。
「なつくん、ごめんね……こさめ、なつくんの痛み、知らなかった」
潮風に涙が混じる。
「こさめ、ずっと、なつくんのこと、忘れないから」
「なつくん、愛してる」
___完
白いワスレナグサ→私を忘れないで
青いワスレナグサ→真実の愛 誠の愛
コメント
7件
感動、…ッ!!!(泣) 花にも意味があるんだ、…!!✨️ え、2人とも花のセンス良すぎね?? うーん…私はなつくんを追い詰めたバカクソ野郎にマシュマロをプレゼントしようかな(⌒▽⌒)🔪🔪🔪🔪 次も待ってるね!