テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#ご本人様には関係❌
wbsb_103
50
いむしさんのリクエストで、rtttの『束縛』を書かせていただきました!
解釈に悩んでいるうちに時間はかかるわ文字数は増えるわで大変な難産でしたが、その分自分でも納得のいく出来になっていると思います。
リクエストありがとうございました!
=====
突然だが、僕の恋人であるリトくんはとても淡白な人だ。と言っても愛情表現が希薄だとか夜の方が味気ないとかそういうことではなく、それは主に『寛大』という言葉で括ることができる。
僕が他の友達と遊びに行ったりご飯を食べに行ったりしたいと言っても二つ返事で送ってくれるし、帰ってから土産話を聞かせてもニコニコしながら聞いてくれる。女性の方と一対一というのは僕の交友関係上一度も無いけど、もしそういう事態になったと言えば彼はむしろ相手の方の心配をすると思う。ちゃんと帰りは送ったのかとか、相手に恋人はいないのか、とか。
時折『僕のこと信頼しすぎじゃない?』と思うことはなくは無いけれど、僕としてもあんまり身動きの取れないような束縛をされるのは御免なのでありがたいとも思っている。僕はそういう方面に不安を覚える性分じゃないし、ただでさえこんな狭い社会に生きているんだから、できる限りは自由でありたいしね。
とはいえ、そんな彼に一切何も感じないと言うと嘘になる。と言ってもリトくんの態度が不満というわけではなく、むしろ彼を慮ってこその疑問だ。つまり──彼の『許容範囲』はいかほどか、ということ。
前述の通り、よほどのことが無い限り彼は何も言わず僕の自由にさせてくれる。その分愛情は過剰なくらいにたっぷり与えられるし、現状に不満があるわけでは決して無い。
だからこそ、このままだと僕は気付かないうちに彼の許容できるラインを踏み越えてしまうかもしれない。あの菩薩がごとく広い心を持つ彼ですら譲れない一線を越えてしまったとき、訪れるのはきっと破滅だろう。
それだけは絶対に避けたい。だって、僕は彼のことがこんなにも大好きなんだから。
──というわけで、僕は前々から考えていた作戦を実行することにした。実は構想自体はかなり前からあったものの、色々な事情が重なったせいで上手いこと二の足を踏み出せないでいたのだ。
さて、その作戦というものだけど。
§ § §
「呑み? 良いじゃん、行ってこいよ」
「いいの? 地元の友達とサシだけど」
「え、逆になんか駄目なことある? ……あ、お土産なら全然、寿司の折詰とかでいいから」
「それあれじゃん、昭和の漫画とかで酔っ払いがぶら下げてる箱じゃん」
「冗談だって」と笑う彼を横目に、僕はプライベート用の端末を操作する。連絡用SNSのメッセージ欄に《今週末久しぶりに呑もうぜ》と打ち込んで、彼に気付かれないうちにポケットへしまい込んだ。
計画内容その1、『他の人と外出したい旨を報告し、リトくんが頷いたあとで相手に連絡をする』。これで、もしリトくんが許可してくれなくても予定が打ち消しになることがなくなる。こんなくだらないことに第三者を巻き込むとか、さすがに大人としてありえないからね。
少し待てば承諾の返信が来て、今週の僕の休日が一つ埋まった。『計画通り』の顔をしてから、再びリトくんに声をかける。
「じゃあさ、木曜日はどうする?」
「木曜日? ……そういやテツも休みなんだっけ」
「そうそう。せっかく2人揃っての休みなんだからさ、どうせならどっか行きたくない?」
「え〜……うわどうすっかな〜! 確か行きたいとこあったのよ、ちょうど」
途端にリトくんの表情が明るくなり、彼は彼で自分の端末を手に取った。普段あまりSNSの類をやらない彼に、ブックマークのやり方を教えたのは僕だ。
計画内容その2、『2人揃っての休みの日はリトくんとの予定を優先する』。そりゃあ彼の方に予定があれば別だけど、大好きな恋人との甘いひとときを疎かにしてまで貫きたい計画でもないからね。
この作戦を実行するにあたって最もネックだったのはこの問題だ。何せ僕らはこの国を守る立派なヒーローであり、それぞれ大学生やジムトレーナーという別の顔もある。そんな多忙極めし僕らにまとまった休みが取れる期間などは当然無く、となるとたまの休日にわざわざ彼との時間を削ってまでこんな試し行為がしたいわけではない。
なので、僕の必修科目がそこそこ取れている状態かつ世間のイベントが一通り落ち着いており、ヒーロー業務にもゆとりが生まれているこの数週間にしかチャンスが無かったのだ。
ようやくこうして実行に移せたのだから、目に見える成果が欲しい。寛大にも程があるリトくんの許容範囲、絶対に見つけ出してみせるからな!
「……なんかお前、変なこと考えてない?」
「へェっ!? い、いや、なんにも!?」
「キョドりすぎだろ……まいいや、先週から始まってるキャンペーンなんだけどさあ──」
リトくんは僕の不審な挙動など見慣れたものらしく、特に気にする様子もなくウキウキで画面を見せてきた。どうやら僕らが2人ともよく足を運ぶカフェで秋限定のスイーツフェアをやっているらしい。リトくんって限定スイーツとか大好きだけど、男1人で行くのは緊張するからって店舗限定だと諦めちゃいがちなんだよな。
……こういうとき『男2人でいると変な目で見られるから』って考えにならないのが彼らしいというか何というか──好きなとこだなぁ、とぼんやり思う。
「テツ? 話聞いてる?」
「んぁ、いや……きみが好きだなぁって考えてた」
「…………それで許されると思うなよ?」
そう言って耳まで赤くしながら睨んでくるリトくんはいつも通り大変に可愛らしく、こんな彼を試すような真似をするのは少し心苦しい気がしないでもない。けれど、一度始めてしまったことは貫きたい。それが僕の信条だ。
計画内容その3、『リトくんが嫌だと言ったらすぐにやめる』。これも当たり前のことだけど、こういう明確なやめ時が無いといよいよただの放蕩野郎になってしまう。
今回の目的はあくまで彼の許容範囲を探ることであって、浮気したり嫌がらせをしたりがしたいわけじゃない。ヒーロー業が忙しくなってきたら強制的に終了となるわけだけど、それより前に彼の限界が来た方が嬉しい──というのは、僕の心のせせこましい部分になるけれど。
できればその『明確なやめ時』が早めに来れば良いな、なんて弱音を心の中で呟きながら、僕は来週のカレンダーを誰で埋めようか画策していた。
§ § §
「そんでさぁ、リトくんがさぁ〜……」
タァン! と思い切りグラスを叩きつけ──たりはしないが、いつもよりやや乱暴に置きつつ僕はテーブルに突っ伏した。胸までアルコールの匂いがせぐり上げたのを慌てて飲み込んで、それを誤魔化すため更にまた酒を呷る。
「さいきー……お前あんま酒強くないんやしもうやめとけって。頭痛いんやろ?」
「う゛……」
「おら、水飲め」
「うごご……」
カゲツくんに冷たい水の入ったグラスを押し付けられ、表面の水滴が火照った頬を伝っていく。それすら首筋を通る頃にはぬるくなってしまっていて、自分の身体がいよいよアルコールに侵され出していることを思い知る。
僕がしぶしぶ水を飲むのを見届けると、カゲツくんは串に残った焼き鳥を口に運びつつ呆れたような視線を寄越した。
「お前さ、うさみに相手されんからってヤケになんのやめろよ」
「んぶっ……!? は!? 違いますけど!? リトくんとはこの上なくラブラブですけど!?」
「嘘つくなって。さっきからお前うさみの話しかしとらんやん。しかも愚痴っぽいやつばっか」
……言われてみればそうだ。今日はカゲツくんと合流してからというもの、話題に困ったときに出るのは彼の話ばかりだった。
でも、リトくんから相手にされていないというのだけは否定しておきたい。わざわざ友人相手に話すことでもないから言わないけれど、昨日だって彼とは熱く甘い夜を過ごさせてもらったわけだし。
──まぁ、リトくんとのことで悩んでいるのは事実なんだけど。
当たらずとも遠からず。カゲツくんの勘は時折妙に鋭かったりするから困る。逆に恐ろしく鈍感なときもあるけど。
あれ以来僕はあの手この手で他の友人を誘い、彼の気を引くよう振る舞ってみたつもりだ。しかしながらその結果は、今もこうしてカゲツくんとサシで呑んでいる時点でお察しというものだろう。
最初の1週間はお試し期間として『明日任務ついでにマナくんと出かけることになったんだけど……』『今度西に行くついでにるべくんのお店に顔出して来ようと思うんだよね』など、今までもあったようなライトな予定で様子見をした。それでも彼はどこ吹く風で穏やかに見送ってきたため、僕は後半に向けて一気にギアを上げてみたのだが。
『ちょっと先輩に誘われちゃって、今度初めて2人で遊びに行くことになったんだよね』
『大変じゃんテツ! 粗相しないように気をつけろよ? ミームだけで会話したら駄目だからな?』
『……きみ、僕を何だと思ってんの?』
『あのー……こないだ助けた人からご飯行きませんかって連絡が来まして……どうも僕に気があるらしいんだよね』
『うわ、お疲れ〜……ちゃんときっぱり断って来いよ。俺の名前も出して良いから』
『うん。きみほど手慣れてはいないけど、はっきりお断りしてくるよ』
『……明日、カゲツくんとラーメン屋さんに行こうと思ってて。ついでにこの辺で遊べる場所とか探したいらしいから、多分終電に間に合うか微妙な時間になっちゃうと思うんだけど……』
『おー……念の為にタクシー代は持ってけよ』
──と、結果は見るに堪えない惨敗だった。
一応先輩に誘われたのも任務先で助けた相手に好意を持たれてしまったのも事実で、後者に関してはきちんと断った上でリトくんの名前も出して諦めてもらった。
今朝方交わした最後のやり取りだって、実際カゲツくんに東の国の良い感じのラーメン屋さんを案内したあとで二軒目の飲み屋に来ているだけだし。相手はカゲツくんだし、さすがにそんなに夜遅くまでは付き合わせられないのでこのまま解散したあとはその辺で適当に時間を潰すつもりだ。どうせ日付けが変わった頃に帰ったとしても、彼から何か釘を刺されるようなことは無いだろうけどね。
「なにお前ら、ほんとに上手くいっとらんの?」
「いや、そんなはずは……うん、それはないよ。言い切れる」
「じゃあなんで、そんな寂しそうな顔してるん」
「……そんな顔してる? 僕」
「うん」
あのカゲツくんから見てもそんな顔をしているように見えるのか、と僕は何だか情けない気分になってくる。せっかく遥々西の国から遊びに来てもらっているのに、こっちが楽しくなさそうな態度取ってるんじゃ駄目だよな。
僕は気分を切り替えるために両頬を自分で引っ叩き、そのまま表情筋を揉みほぐす。お酒のせいで熱を持った顔が余計に熱くなった気がするけれど、その分眉間の皺と強張りは取れた。
カゲツくんは僕らの痴情のもつれなんかに興味があるわけではないようで、特に踏み込んで聞いてくる様子は無い。今の僕にとってはそれが何よりありがたく、おかげで頭の中を整理する時間ができた。
──正直、潮時かなと思っている。もちろんそれは僕とリトくんの関係自体ではなく、この馬鹿げた試し行為がだ。
あのリトくん相手に勝算があったというわけでも無いけど、まさかここまでだとは思わなかった。もし僕が逆の立場だったとしたら、そこまで関わりの無い先輩とどこへ行くのかとか、自分に気がある相手に何と言って断るつもりなのかとか、僕の知らない友達と終電間際まで何をするつもりなのかとか、そういうことが気になって聞いてしまうと思う。
けれどリトくんはこちらの事情を問いただしてくることは一切なく、どころか出かけている最中は連絡すらも寄越して来ない。あるとしたらついさっき、《ティッシュのストックってまだあったっけ?》と日常会話すぎるやり取りがあったくらいだ。
きっと彼は、僕が誰かと2人で旅行に行きたいと言い出しても二つ返事で許可してくれるのだろう。『お土産期待してるから』と冗談混じりの笑顔つきで。
今回のことで分かったのは、僕がどれだけ全力で羽を伸ばそうとリトくんは快く許してくれるのだろうということ。それ自体が寂しいだなんて思わないけど、ここまで自由を許されていると、彼自身がそのままどこかへ飛んでいってしまいそうな気がする。
束縛されないというのは一見とても喜ばしいことに思えるが、それと同時に束縛を許されないということでもある。果たして僕は、リトくんが知らない場所で知らない誰かに知らない顔を見せているとき、何も思わずにいられるだろうか。この手の届かないところへ行く彼を、引き留めずに笑顔で送り出すことができるだろうか。
「……さいき、今日はもう帰れ。うさみとちゃんと話し合った方がいいぞ」
はっとして顔を上げると、カゲツくんが表情の読めない顔でじっとこちらを見つめていた。いつの間にか握りしめていた空のグラスは取り上げられており、間髪入れずに新しいお冷が差し出される。
呼び出しておきながら楽しませるどころか愚痴を聞かせてしまい、挙げ句の果てには気を遣って『帰れ』とまで言わせてしまった。アルコールによって制御しきれなくなった感情がずうんと深く沈み込んで、もはやこの場から逃げ出したいような衝動に駆られる。
「でも、せめて駅までくらい送ったほうが──」
「お前の方がべろべろになってんのにどうするん。いざとなったらあかぎん家泊めてもらうし、ぼくのことは心配せんでいいから」
「……ごめん」
「謝らんくていいって」
カゲツくんは真っ白でふわふわな髪を揺らしながら、穏やかに僕を諭してくる。いつもは手のかかる末っ子みたいなポジションにいがちなのに、今の彼は何だか僕よりお兄さんみたいだ。
帰って話し合えと言われても、果たしてこんな僕に理性的な話し合いなどできるのだろうか。リトくんには直すべきところなんて無いのに。わがままを言っているのは僕の方なのに。
氷の浮いたお冷を飲み干したところで喉元につっかえたわだかまりが取れるはずもなく、僕は小さくため息を吐いた。
カゲツくんに『しつこいぞ』と怒られるくらい謝り倒しお金を置いてから店を出ると、外はもう帳が降りたように真っ暗だった。
とはいえ、終電までにはまだまだ時間がある。この辺でネットカフェでも探すか──そう考えていたとき、泥酔状態で千鳥足の僕は何もないところで躓いてしまった。
あ、このままだと顔面から行く。ゆっくり近づいてくる地面に早くも諦めかけた僕の身体を、後ろから飛び出してきた腕にとてつもない早さで抱き寄せられた。
その腕の丸太みたいな太さ、酔いも覚めるような力強さ、そして何より、視界の端にチラつく鮮やかなオレンジ色──僕が振り返るより前に、その主は切迫詰まった声を上げた。
「〜〜ッぶねえなお前マジで……!」
「……え、リトくん……?」
人混みの中どう見ても目立つオレンジのジャンパーを羽織ったリトくんは、呆れたような表情で僕の身体を抱き起こした。手を離したあともまだ残る熱と感触が、彼の焦りを現している。
「な、なんでいるの?」
「なんでって……お前が連絡寄越したんだろ、駅前で動けなくなってるから迎えに来いって」
「は? 僕そんなこと……あ、」
──カゲツくんか。僕は直感でそう思い至った。
さっき僕が自己嫌悪に浸っていたとき、こっそりスマホをくすねてリトくん宛てに連絡したのだろう。念の為弁明しておくけど、カゲツくんだって平常時に人のスマホを勝手に操作するような人じゃない。見るからに挙動の危なかっかしい僕が、端末をバッグから抜き取って顔認証をパスしても気付かないほど意識が朦朧としていた今だからこそこんな強硬手段に出たのだろう。
今日のカゲツくんには本当に世話になってばかりだ。今度会ったとき何とお礼をすれば良いのか──またしても思考が脱線しかけている僕へと、リトくんが気まずそうに口を開く。
「やっぱお前、なんか変なこと考えてるだろ」
「……考えてない、よ」
「俺に言えないようなこと? ……俺、そんなに頼りない?」
「ち、違う! そんなことない、……そうじゃ、なくて……っ、」
「じゃあ教えて、テツ」
ラムネ瓶の底みたいな色が、じっと僕を問いただす。ただただひたむきに、切実に、僕から逃げる場所を奪っていく。
「っ、ここじゃ、やだ。きみ以外に聞かれたくない」
「……分かった、家かえろ。……俺と手繋ぐの、嫌じゃない?」
「うん」
そっと差し出された手を取って、よろめきながら彼のあとを着いていく。今更言い訳をしようとも思えないから、できるだけ本心をありのまま言えるように考えておかなくちゃならない。繋いだ手は汗ばんでいて、どれだけ心配をかけたのだろうと思うと胸が苦しくなる。
どんな言葉にすれば彼を傷つけずにおけるんだろう。どうすれば、このくだらない気持ちに折り合いをつけることができるんだろうか。
§ § §
元々そんなに遠くで呑んでいたわけでもないので、2人で住んでいるマンションには徒歩で帰ることができた。そうしてやっとのことで家に帰っても、リトくんがすぐさま問い詰めてくることは無い。
彼は今汗で濡れた僕の服を着替えさせ、火照った身体を労わるように冷たい麦茶を出して、ソファに座らせたあとでようやく自分も隣に腰を落ち着けたところだ。我が彼氏ながら出来すぎていて怖い。こんな彼に何を苦心させているんだ、僕は。
「……煙草吸ってもいいよ」
「いや、無理でしょ。この状況で吸えるほど肝座ってないよ」
「そっか。……じゃあさ、話してくれる? お前のペースでいいから」
リトくんは穏やかな声でそう言って、自分の麦茶に口をつけた。
話すことは決めてある。僕は同じように麦茶を飲んでから、ゆっくりと深呼吸をした。
「──リトくんはさ、最近僕が出かけたりすることについて、何か思ったりした?」
「何かって……何が?」
「だから、僕がきみ以外の人と、そうやって……頻繁に会ってたりするの、嫌じゃなかった?」
「……あー……なんか、分かったわ。お前の言いたいこと」
それだけ言うと、リトくんは脱力したようにソファへと背中を預ける。普段から察しの良い彼は、早くも僕の浅知恵の全てを理解したようだ。
……どうしよう。やっぱり幼稚だって呆れられちゃったかな。僕はリトくんの方を向けないまま、ぎゅっと膝の上で拳を握る。いつまで経っても言葉が続けられないのがさすがに怖くなり、ちらりと横目で彼の方を見遣る。
こちらを覗き込むように頬杖をついている彼と、目が合ってしまった。
「引き留められるわけねえじゃん、そんなの。俺もお前も人間なんだからさ、いくら一緒に暮らしてたってプライベートな時間は欲しいだろ。……それはテツの自由であって、俺が干渉していいことじゃない」
「それはそう、だけど……」
「……不自由な思いさせたくなかったんだよ。いくら大学生でも、お前は分別ついてる方だし。でも、それで不安にさせたんなら……ごめんな」
リトくんの綺麗な瞳がふっと翳るのを見て、僕は今度こそ泣きそうになる。彼はいつだって冷静で大人で、僕だけが子供みたいに狭量なだけなんだ。今言われたのだって全部ぐうの音も出ないような正論で、彼の精神年齢の高さにはつくづく頭が下がる。
きみが謝るようなことは何も無い。そう言おうとしたのを、他でもない彼に遮られる。
「……でもさ、一個だけ分かっといて欲しいことがあんの。今のテツから見た俺って多分、すげー薄情な奴に見えてんだろうけど──」
「っ違う! そんなこと思ってない。今回だって悪いのは全部僕で、」
「んーん、テツは悪くないよ。てか、俺も別に悪いことしてないんだけど。……分かって欲しいことってのはさ、俺はお前を束縛しないけど、だからって何にも思ってないわけじゃねえってこと」
少し下がった声のトーンに、僕は疑問符を浮かべる。僕に意味が理解できていないことを悟ったのか、リトくんはため息混じりに笑いながら僕の頬に手を伸ばす。とうに冷めきった温度が彼によって継ぎ足され、じわりと甘い熱を宿した。
「……あるよ。俺にも、独占欲とか。テツのこと思って出さないだけ……ってか、かっこつけてるだけで」
「かっ……こつけ、てる……?」
「……うん」
色気のある流し目は恥ずかしそうに細められ、いつもより露出したおでこが赤い。
かっこつけてるだけ。独占欲はある。……リトくんは、本心では僕を独占したがっている。時間をかけて言葉を理解した瞬間一気に体温が蘇って、それでも、リトくんに触れられている頬が一番あつい。
動けなくなってしまった僕に更なる追い討ちをかけるべく、リトくんはぐっと半身を寄せて近づいてきた。
「こういうこと言うとやっぱ面倒くさいだろうし、嫌がられるかなって思って言ってなかったんだけど──……あんま他の人の前で、無防備なとこ見せないでくんない?」
──潤んだオレンジ色が、真っ直ぐに僕を見つめている。への字に曲がった唇はいつもの彼からは想像できないくらい幼くて、囁かれた声の低さとのギャップで僕は息ができなくなる。
すり、と汗ばんだ首筋を撫でられて反射的に肩が跳ねる。甘ったるい視線はそのままに「ね、」なんて首を傾げて言い含められてしまえば、もう僕に頷く以外の選択肢なんて残されていなかった。
「……外で正体失くすくらい呑むの、危ないから禁止な」
「う、ん……」
「あと、これで懲りたら試すようなことはもう二度とすんな。……正直、次の相手でも探してんのかと思ってすげー焦った」
「はぁっ……!? んなわけないでしょ。よりによってよって僕が、きみ以外に目移りするなんて……」
「はは、分かってる。テツはそんなことするような奴じゃない。でも……気付くとありえないことばっか考えちまうんだよ、」
──お前が傍にいてくれないと。
顔が見えなくなるほど耳元で呟かれたその言葉は、いつになく小さくて、か細くて、じっとりと熱の篭った響きを孕んでいた。
どんどん上がっていく体温に耐えられず、脚を擦り合わせて身じろぎをする。このままするのかな、なんて考えていると、火傷しそうなその熱は呆気なく離れていってしまった。
「あ、ぇ……リトくん?」
「今日はもうさっさと風呂入って寝ろよ。テツは明日任務あんだし、早めにアルコール抜いといた方が良いだろ。……それともなに、期待しちゃった?」
「なっ、……〜〜〜〜ッッ!!」
──その気にさせたのはそっちのくせに!!
ムカついて強めに肩パンするが、リトくんの大木のような体幹は当然のごとくビクともしない。「否定しねえのかよ」とコケコケ笑っているリトくんだけど、どれもこれも彼なりの優しさだということは十分分かっているので二発で許してやることにする。
僕は今日だけで死に目に思い出してもおかしくないようなとんでもない痴態を晒してしまったわけだけど、彼の方もそれなりに恥ずかしいカミングアウトをしたようなので今回は痛み分けといったところだろうか。
少なくともこれで僕の不安は解消されたわけで、これからは思う存分自由を満喫しつつ、お酒とリトくんの機嫌はほどほどに取るようにしてやろうと思う。
§ § §
「そういえば、やめたんですね。『あれ』」
星導はそう呟いて、主語の代わりにリトの方を見た。
東本部の休憩室にて、偶然行き合った2人はこうしてコーヒーとカフェオレを片手に雑談に興じているわけだが。星導の問い詰めるような視線にリトは特別取り乱すこともなく、至って穏やかに応答する。
「……『あれ』って? 俺分かんねーんだけど」
「え、いちいち説明させるんですか? イッテツが他人と出かけるたんびにリトが遠方彼氏ヅラでマウント取りまくってた、『あれ』の話なんですけど」
「あ〜……バレてた?」
「はは、隠す気あったんですか?」
わざとらしく乾いた笑い方をする星導に、リトは「ないねえ」と同じく笑って返す。手元のブラックコーヒーから暖かな湯気が立ちのぼり、空調に乗って星導の鼻の先をくすぐった。
「イッテツが西に来たついでに俺の店寄るってだけなのに、わざわざ自分のアクセ着けて来させて『ついでにこれも鑑定してもらって来いよ』とか伝言されても……何? マジで。犬も食わないだろ。0円だよ0円」
「ええ〜、偶然じゃない?」
「まだ言うかこの筋肉ダルマ……いや、カゲツにも聞きましたよ、イッテツと居酒屋行ったらリトから《ティッシュのストックあったっけ?》とか連絡来てたって。何? カゲツ相手に同棲アピールして何になんの??」
「……まあ、念には念を、みたいな?」
「何の念だよ……」
あっけらかんと答えるリトに、星導はげんなりして睨みを効かせる。リトはいつもの鶏のような笑い声を上げ、しかし目元は微かに笑っていない。
隠すつもりが無かった、というのは本当だ。それは星導や他の誰しもにであったし、イッテツ自身にでもあった。
自分の知らない先輩に誘われたとあれば菓子折りを待たせて身内アピールをして、イッテツに気がある相手へは未練が残らないよう自分の名前を出すよう勧めた。あからさまなくらいの独占欲は別に隠しているつもりも無いが、だからといってあえて明言することも無い。イッテツが気付かないのならそれまでだし、聞かれたのなら答えるつもりだ。
──それにしたって、相手が見知らぬ人間であるならまだしも、星導やカゲツのような友人兼同期であっても同じような対応をするとは。星導としてはイッテツもリトと同じ大切な友人の1人であり、そこを疑われるというのはあまり良い気のするものではない。
リトもそれが分かっているから、やや気まずさの滲んだ表情で後頭部を掻く。
「いや、申し訳ないとは思ってんのよ。本当に。でも、何つうかさ……」
「……イッテツのこと、信用してないんですか?」
「そういうわけじゃ──ああいや、でも……そういうことになんのかなあ……?」
へらりと笑うその顔は、いつもよりずっと覇気の無いように見える。星導は浅くため息を吐き、『リトって案外面倒くさいな』と思った。
──イッテツのことを、信用していないわけではない。あんなにも無垢で真っ直ぐで不器用な恋人が、あんなにも全力で愛を伝えてくれているのだ。それは時に言葉であり、行動であり、今回のような遠回しな方法だったりする。リトだって分かっていないわけではない。信じていないはずがない。
……けれど。自分の手元から離れた彼が何をしているのか、自分の視界にいない彼が何を見ているのかなんて、知る術は存在しない。イッテツが人を裏切るような人間ではないと信じてはいるが、それでも。
あの華奢な身体に触れていないと落ち着かなくて、あのくるくる変わる表情が見えていないと不安でしょうがなくて、つい要らぬことばかり考えてしまうのだ。
いくら恋人同士といえど、踏み入ってはいけない領域というものがある。それは人として当たり前にあるべき自由であり、どれだけ親しい者であっても侵すことはできない。
人と人の関わりなのだから、押し付けるばかり、求めるばかりでは立ちゆかない。相手の自由を尊重して、最低限の節度を保って接さなければいけない。
そんな潔癖なまでの精神性を以ってしてなお、この独占欲は大人しくしていてくれないのだ。
「だってさあ、ダサいとこは見せたくないだろ。誰だって」
「はぁ……? ……何言ってんのか分かりませんけど、イッテツは今更リトのダサいとこ見たくらいじゃ嫌いになりませんよ。むしろ人間味があって好かれるんじゃないですか?」
「そうかなあ、だと良いけどさあ……」
視線を落とせば、カップの中で自信なさげに笑うオレンジ頭がゆらめいている。その瞳には、光など一切宿っていなかった。
「……もしテツがどっか行っちゃったら俺、何するか分かんない。タガが外れちゃって、今はまだ踏み止まれてることとか平気でやり出したらとか思うと……ぞっとする。……俺が一番怖いのはさ、俺自身なんだよ」
何かを確かめるように右手を握って開く動作をするリトを見て、星導は額に冷や汗を滲ませた。
東の国の麒麟児は、黒豹によほどお熱らしい。これからもし本人の言う『タガが外れちゃった』状態になったとしたら、星導は果たしてそれを止めることができるだろうか。自分の実力に自信がないわけではないが、瑞獣の力を借りて雷光のように突き進むエネルギーの塊みたいな男を、一体どうやって制御しろというのだろう。
触らぬ神に祟りなし。申し訳ないが黒豹には、これからも荒御魂を鎮める贄であっていただこう。
「──リトくん? こっちの検査終わったけど」
「……ッ!!」
「お、呼びに来てくれてありがとな。んじゃこれ飲み終わったら行くわ」
南無三と手を合わせかけた相手が後ろから登場し、星導は腰を抜かしかけた。だというのに、さっきまでああだこうだとぼやいていた張本人は涼しい顔で応対しているのだから腹が立つ。
リトは宣言通り残りのコーヒーを飲み干すと、呆然としている星導に向かって空いた方の手をひらひら振った。
「るべも、話聞いてくれてさんきゅ。……あ、内容は他言無用で頼むわ」
「……はぁ、話す気にもなれませんよ。あんなの」
はぐらかすためなのか何なのか、わざとらしいニヤニヤ笑いに言及する気力もない。藪蛇を突くもんじゃないな、と星導は曖昧な笑みで返した。
リトはそのまま休憩室を去り、代わりにイッテツがその場に残る。星導としても職員に渡した書類の手続きが終わらない限り部屋を出られないことになっているので、暇つぶし相手になってくれるのはイッテツしか居ないようだ。
とはいえ、先ほどあんな話を聞いてしまった手前どうしても気まずさが残る。どう切り出したものか、と思案しかけたそのとき、先に口火を切ったのはイッテツだった。
「ごめんね、るべくん。なんか変な話に巻き込んじゃって」
「……は、え? 聞こえてたんですか?」
「うん、ほら、俺耳が良いからさ。……まぁ、聞き耳立てちゃった部分もあるんだけど。リトくんもあれだよね、ああいうのは直接僕に言ってくれれば良いのに……」
イッテツは平然とそう話しながら、自販機で紅茶のボタンを押す。後ろで聞いている星導は、目の前で起きていることが信じられないとでも言うように目をぱちくりとさせている。
「ま、待ってください。知ってたんですか? リトの言ってたこと」
「え? いや、初めて知ったけど……あぁいや、気付いてはいたかな、何となく。彼も秘密主義だけど、こう付き合い長いと薄っすら察しちゃうとこもあってさぁ。
──ね、ほんと、僕がそんなことで嫌いになるわけないのにねぇ?」
すぅ、と細められるアメジストの瞳に、星導はさっきとはまた違う意味で背筋が冷える。イッテツはリトの重たい独占欲を察していた? 一体どこからが計算尽くで、いつから始まっていたのだろうか。
リトの飲んでいたコーヒーの香りが、イッテツの紅茶で上書きされていく。
「……それ、リトには言ってやらないんですか? せめて安心させてあげよう、とか」
「なんで? あっちが言い出さないんだったら別にこっちだけ教えてあげる義理も無いでしょ。それにどうせ、リトくんが心配してるような日は来ないんだしさ」
「あれ聞いてそれ言えるの、まぁまぁすごいですよ」
「あ、そう? へへ、褒〜められちゃった」
別に褒めてはいないんだけど。星導が口を挟む暇も無く、イッテツはドアの方へ逆戻りしていく。
「リトのとこ行くんですか?」
「いいや? 喫煙所」
イッテツは平然と答え、紅茶を片手にポケットをまさぐる。そしてドアノブに手をかけたかと思いきや、あっと何か思い出したようにこちらを振り返った。
「ごめん、これもリトくんにはオフレコでお願いできる? 僕は別に良いけど、彼は気にするだろうからさ」
「あぁ……だから、他に話す気なんか起きないって」
「はは、だよね」
そうして今度こそ部屋を出ていくイッテツを眺め、星導だけがその場に取り残される。リトの持つあれだけの感情を笑って受け入れてしまえるというのも『寛大』だと言えば聞こえは良いが、振り回される周囲の人間はたまったものじゃない。
──前言撤回。あれは荒ぶる神を鎮める贄なんかじゃなく、気まぐれに楔を抜いたり隙を見て脱走したりする愉快犯そのものだ。
見ようによってはお似合いカップルと言えなくもないかもしれない。言えないかもしれない。
……とにかく、もう二度と巻き込まないで欲しい。
「付き合ってられねぇ〜……」
心底うんざりした星導は壁にもたれて脱力し、冷め切ったカフェオレを一気に呷った。
コメント
6件
コメントするのめちゃくちゃ久しぶりで申し訳ないです( ; ; )♡ 終始""rtttの束縛""が詰まってて最高だったし特に🌩️の🐙と話してる時の内容が某ボイス過ぎて「わ〜〜‼️‼️‼️」ってなってました😭😭原作リスペクト過ぎてほんまに最高の作品でした🙏🏻✨
まじ小説かくのうますぎます!
[束縛]という難しいリクエストだったのにも関わらずリクエストにお答え頂きありがとうございます🙂↕️ 何とか嫉妬させようと奮闘している🤝🈂️がと、独占欲を隠している🌩🦒🈂️があまりにも解釈一致過ぎて、‼️ 作品の途中で[此処に伏線があったのか‼️]と終始興奮冷めやらずでした、‼️