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七瀬🍏
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#もりょき
七瀬🍏
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あれは、もう何年前のことだっただろう。あなたの顔が忘れられなくなったのは。あの地獄のような一瞬を、温度の感じない瞳で見つめていた顔を。
頬に触れる体温、名前を呼ぶ甘い声、熱のたまった瞳、いつも香る花の匂い、舌から伝わる体温の味。
すべて鮮明に思い出す度に、心がひどく冷えていく。あのまま僕もこの記憶と一緒に、海に消えていけたらよかったのに。
あの日、海が赤く染まったのは夕日が沈むせいではなかった。
あの日、アトランティスは神の怒りという名の光に焼かれ、人の欲望という名の闇に沈んだ。
そして――その隣には、スクレがいた。
かつて僕の未来だった人。初めて愛というものをくれた相手。
母を記憶にとどめぬままになくし、忙しい父とも少ししか会えぬ中、かつてはあなたが全てだった。口笛の仕方も、城の抜け道も、町の子との遊び方も、海がきれいに見える場所も、全部あなたが教えてくれた。
あなたが好きだと言った日、嬉しくて、でも胸にあるこの気持ちがそれと同じかは分からなかった。その時あなたは、初めて言った。
ーー人は二人で一つ
そんな言葉はただの鎖であった。僕を縛り付けておくための。その言葉一つで、どれほど胸がただれるように痛かっただろう。
あなたは今頃空の上で、もしくは生まれ変わって、あなたの本物の半身と出会っているんだろうか。…そう、願っていたい。
じゃなきゃ、あなたが僕の半身だったなら、運命の半身を失った僕はどう生きてゆけばいいのか。騙されて、利用されて、穢されて、それでもなお痛むこの胸が憎らしく、いじらしい。あなたを想うたびに、この身を割いて海で洗ってしまいたくなる。
でもあなたはそうじゃないんだろうね。僕だけが、あの日のままに動けない。悠久の月日を経ても、忘れられたことなんてない。どんな夜にもあなたが瞼に出てきて、憎らしいような、悲しいような、懐かしいような、ぐるぐるとした感情が胸に膨らむ。
決まって思い出すのは、ずっと前に見た幼いあなたの笑顔と、あの日こちらを見ていた顔だった。あの日穢れていく僕を見る目は、あまりにも冷たかった。
海が怒り狂い、神殿が砕け、人々の叫びが渦巻く中で自分の心だけが、静かに、静かに沈んでいっていた。もう、すべてがどうでも良かった。もはや深海を漂っているようで心地よかった。だってもう、すべてが消え去ってしまうんだから。
そう、思っていたのに、偉大なポセイドンの血がそうさせてはくれなかった。
あなたに裏切られたあの日から、僕の心はずっと凍ったようだった。
身体すら失ってしまった父が言う。我々は人間に奪われた。ならば次はこちらが奪えばいい。お前がやるんだ。私よりもポセイドンの血がより濃いお前なら。
人間を信じてはならない、情を持ってはならない。そう誓ったはずだった。
だから、
あの海岸で一人影を伸ばしている君に初めて会った時、胸の奥がざわついたのが、自分でも信じられなかった。
…スクレに、似ている。
笑い方も、目の奥の光も、無邪気さも。仕舞い込んで鍵をかけたはずの傷が、また疼き始めていた。
一言、声をかける。怯えていた瞳が徐々に楽しそうに細められていく。
これは、優しさなんかじゃない。救いなんかじゃない。
復讐だった。
スクレに裏切られた痛みを、人間に返してやりたかった。いや、違う。誰かに押し付けてしまいたかった。もう、抱え込んでいくには限界だった。
…海に引きずり込んでしまえばいい。おとぎ話の人魚のように、甘い音で惑わせて、海に飛び込ませて、大切なものを奪ってしまえばいい。最後になって君はやっと裏切られたことに気づく。そうしたら、きっとこの痛みも君は分かってくれる。
そう思っていた。必死になって。
でも君は僕を見て、笑った。何も知らずに、涼ちゃん、と名前を呼んだ。その声が、胸の奥の氷をひび割れさせた。
どうしてそんなふうに僕を見るの。君は人間なのに。僕は君を沈めようとしているのに。君を利用しようとしているのに。
僕の目を見て、頬が零れ落ちそうなほどはにかんで、たまに口をとがらせる。嫌なことがあった日はちょっと目が細くて、眉が寄ってる。照れるとそっぽをむいちゃう。甘え上手で、よく笑って、あんまり泣かない。
君の、そこにまさに柔らかい命がある、そんな温かさに触れるのがずっと怖かった。記憶を抜くたびに、君の手を放す度に、もう二度と帰ってこないんじゃないかと震えた。
君に微笑むたびに、まるで本当に君のことが愛おしく感じるように、なってしまった。
…ずっとわかってた。この胸の痛みがすでにスクレにつけられた傷ではなくなっていたこと。君を見つめる瞳が、スクレを通したものではなくなったこと。スクレへの気持ちと、君への気持ちが違ってたこと。
「…元貴、ひとつだけ、覚えていてくれる?」
幼い君のきょとんとした目が、こちらを見上げる。
「人ってね、もともと二人で一つだったんだって。その運命の人を見つけるために、人は恋をするんだよ。
…とっても、素敵だよね。」
これは呪い。そしてほんの少しの希望。君がこの日のことを忘れないように。たとえ君と僕が運命じゃなくても、君に素敵な人ができても、心のどこかに僕がいるように。そんなちょっとした、残酷な執着心。
「元貴は、きっといつか…大切な人に出会うよ。その人はね、元貴の心をあたためてくれる。暗闇が怖くなくなるくらいに。」
これはほんと。暗闇が怖い君の隣は明るく照らしてくれるような人がいい。僕じゃきっと無理だから。僕は海の底に沈んでいるしかできないから。
「涼ちゃんみたいな人?」
…そうできたらよかったね。…僕がもし、アトランティスには生まれてなくて、スクレにも出会ってなくて、ただ一人の人間として君と出会えていたら。そしたら君の隣に入れたかな。
泡のような光が君の頭から抜けていき、夕日に照らされながら漂っていく。
「大丈夫。またいつか、会えるよ。その時は…もう少し大きくなった元貴に会いたいな。」
ごめんね。僕から遠ざけるのに。大人になった君はきっと、とっても綺麗な顔をしていて、あの夕日のように眩しいだろうね。ああ、…見てみたかったな、
「…おやすみ、元貴。」
それから何十年も、海に沈んだ人間の記憶を奪いながら、胸に残る痛みには見て見ぬふりをして、惰性のように生き続けていた。
深海は、今日も同じ静けさ。何も変わらない、永遠の闇。僕だけが、取り残された世界。
しかし、その日、水が震えた。光が揺れた。
そして、胸の奥が痛むほど熱くなった。
…元貴?
信じたくないのに、でも、確かに感じた。
あの子の心が、暗闇の底へ沈んでいく気配を。 苦しみと、孤独と、自分を責める声。そのすべてが海の揺らぎとなって僕の胸に届いていた。
僕は、アトランティスの中心に座ったまま動けなかった。また会えたことが、嬉しくて、胸が震えるほど嬉しくて――
でも同時に、その嬉しさが、ひどく残酷だった。
君が自分自身を捨ててしまう姿なんて、見たくなかった。君が壊れてしまうなんて、そんなの、耐えられない。
目を閉じると鮮明に君の姿が見えた。元貴の心が沈んでいく。ゆっくりと、静かに、まるで光を失った羽が落ちていくように。
震えていて、傷ついていて、それでもどこか、僕が知っている光を宿していた。
…やっぱり、君なんだね。
胸が痛い。嬉しくて、悲しくて、苦しくて。全部が同時に押し寄せて、息ができなくなる。
かつて君を沈めてしまおうと思っていた。その曇りのない美しい瞳を。
憎しみの代わりに。復讐の代わりに。自分の痛みを押しつけるために。
でも今、沈んでくる君の気配を感じて、胸が張り裂けそうになった。
ああ、願うことなら会いたくなかった。だってそれは君の不幸をあらわすから。でも、…また一目でも会えてしまったことが、たまらなく嬉しい。
…ごめんね。また君を傷つける。君を救いたいのに、君を守りたいのに、僕は“案内人”である限り、君の願いを奪い、君の記憶を奪い、君の心を奪わなければならない。
指で頬を押し上げ、無理に口角を上げる。そう、僕はただの案内人。このアトランティスに大切なものを捧げる手助けをする存在。感情はいらない。思い出なんていらない。
それがきっと君にとって一番幸せだから。何もかも全部忘れて、輪廻の理で新しい人生を歩んでいくことが。
君が壊れてしまわないように。君が消えてしまわないように。過去は置いていくから。そう、僕たち今初めて出会ったんだ。
何粒かの泡が漂う。それを後ろに追いやるように、手ではらった。
コメント
4件
遅くなりましたー!すみません😢毎週出したいなとは思ってるんですが難しいですね…
うわ、今回のエピソードすごく重くて綺麗だった…。「僕」の視点でスクレへの想いと元貴への想いが重なっていく感じが切なくて。特に「会いたくなかった…でもまた一目でも会えてしまったことがたまらなく嬉しい」って部分、胸が詰まりました。案内人としての役割と、どうしても消えない個人の感情の葛藤が本当に苦しくて美しい。続きが気になりすぎます…!