淀みの無い、空気の澄んだ夕刻。
昼過ぎまでは少し暑かったが、今は気温も下がって過ごしやすい。
「すみません、お待たせして」
「あっ、いや」
待ち合わせ場所にやってきた彩葉はとても美しかった。
艶やかで、女性らしいその姿に心をグッと掴まれる。
「来てくれてありがとう」
「こちらこそ……お誘いありがとうございます」
「素敵な浴衣だ。悪かったな、浴衣姿を見たいなんて言って」
薄い緑地に、青と黒の小さめの朝顔がいくつも描かれたレトロ感溢れる浴衣。
深い緑の平帯や小物も上手く使い、全体的に上品なイメージで、彩葉の可愛らしさを更に際立たせていた。
アップにした髪型、その首すじからはしっとりとした大人の艶っぽさが感じられる。
見入っては失礼だと思いながらも、あまりにも魅力的なこの人に、どうしようもなく惹き付けられる自分がいた。
「それより慶都さんの浴衣姿、本当に素敵ですね。本麻ですか? 風合いが上品でとても良くお似合いです。その信玄袋も京扇子もオシャレで可愛いです」
「和装、詳しいな」
「実は父も浴衣が大好きなんです。子どもの頃からよく着てましたから。もちろん、慶都さん程洗練されてませんけど」
ニコっと笑う彩葉。
浴衣にその笑顔は何ともチャーミングだ。
「君は一堂社長のことが好きなんだな」
「はい。本当の親子ではないですが、私にはたった1人の大切な父です」
「良くわかる。子どもにとって、親というのは誰よりも尊敬できる存在だ」
俺は、1から仕事を教えてくれた父と、優しく包みこんでくれる母をいつも尊敬している。
だから……俺自身も、子どもに尊敬されるような父親になりたいとずっと思っていた。
「さあ、花火まではまだ少し時間があるから、屋台でも回ろうか」
「嬉しいです」
彩葉と2人きりで過ごす時間。
持ちたくても持てなかった、こんなにもゆったりと流れるかけがえのない時間。
「あっ、金魚すくいがあります」
「やってみる?」
「はい」
そんな何気ない会話さえ、嬉しい。
この一瞬一瞬を噛み締めたいと思った。
ポイを持って金魚をすくう無邪気な彩葉が愛おしくてたまらない。
「慶都さんも、早く」
「あっ、ああ」
まるで2人とも童心に返った気分になる。
この前の夏祭りの子ども達みたいに。
「また逃げられちゃいました」
「じゃあ、俺はこの黒いのを……うわっ」
「あ~慶都さんも逃げられちゃいましたね」
「次はこの赤いの」
「慶都さん、金魚をすくうのに必死になってませんか?」
顔を見合わせ笑う、彩葉のこんな屈託のない笑顔……初めて見た。
俺は、大切で愛くるしいこの人の頬に……そっと、触れたくなった。