父が私の肩をがっしりと掴んで目を合わせた。
「お前は今、悲しいんだ」
私は悲しくない。
母が亡くなったとて悲しくはならなかった。
それが正常な感情か分からない。
ただ事実として感情は湧いてこない。
「悲しいって言ってみろ」
「悲しい」
呼応して口を動かすが悲しくはならなかった。
父は悔しそうにしていたと思う。
目の前にケーキが置かれた。
白と赤のコントラストが鮮やかだ。
「嬉しいか?」
机から私に視線を動かして確認する父。
私は嬉しくない。
父は怪訝で悲しい顔をして
「嬉しくないか。」
疑問でも独り言でもない曖昧な発言がポツンと残る。
もう一度ケーキを見るがやっぱり嬉しくない。
小さな箱が目の前に置かれた。
これは何かと父に問いかけようとするが、微笑んでいて楽しそうにしていたから聞けなかった。
少しすると箱が突然開いてバネとプラスチックの顔が現れた。
父はゆっくりと箱を手に取り肩を落とした。
私のそばにずっとあった玩具を父が壁に投げつけた。
「怒ったか?」
不安感に塗れた父は眉毛を垂らしながら口角をちょっと上げていた。
「怒ってないよ」
父はごめんなと言って頭を下げた。
怒ってないから良いのに。
「怒ったり驚いたり、喜んだり、悲しんだ方が良い?」
父に尋ねると、父は視線を落とした。
間が空いて父はゆっくりと口角を上げて
「お前が思うままに反応してくれれば、お父さんはそれが一番だ」
無理矢理言っているようにも思えた。
父には苦しんで欲しくないが、私が無理に感情を出しても嬉しくないだろうと分かっていた。
「また少し待っててくれ」
白衣を着直して父は部屋から出ていった。
私はこの真っ白な部屋でまた一人だ。
「コレが本当にあの子の日記か!?」
思わず身を乗り出して尋ねる。
助手はたじろぐ所か嬉々として答えた。
「本当なんです!」
ついに感情の形成に成功したと言っても過言ではない。
涙が出そうだ。
研究成果が身を結んだからか。
それとも。
「人を思いやる心が最初に芽生えるとは分からないものですね。」
そう告げながらコーヒーを手に取る助手は、指の先さえ喜びに満ち溢れている。
舞い上がっていながら私は脳の隅で考えていた。
これを公表すべきか、すべきでないか。
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