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レオノーラさんと別れたあと、引き続きエミリアさんの案内で大聖堂の中を進んでいく。
しばらくすると、いかにも偉い人が歩いていそうな通路に辿り着いた。
左右には広い間隔で立派な扉が並び、それが長い距離で続いている。
「ここは大聖堂の、要職者の執務室がある場所なんです。
限られた人しか入れないんですよ」
「……え? そんなところに私とルークが入ってきて、良かったんですか?」
「大丈夫ですよ!
アイナさんを治すことができたら、ぜひ連れて来なさい……って言われてましたから」
「それってその、執務室まで連れて来い……っていうのとは違うような?」
「そ、そうなんですか……?
うーん、でもここまで来てもらっちゃいましたし、行っちゃいましょう!」
むむ、エミリアさんはこのまま行ってしまうつもりのようだ。
何となく礼拝堂あたりで会うものかと思っていたから、いつもの普通の服を着て来ちゃったんだよね。
相手の本拠地に乗り込むのであれば、『はったりをかます服』の方が良かったかもしれない……。
しかし時すでに遅し。いや、こういうときに装飾魔法――
……お着替え魔法が使えれば良かったんだけど……。って、無いものねだりをしても仕方ないか。
「……よし、覚悟は決めました! どんと来い、です!」
「わたしたちが行くんですけどね!」
「そういう意味ではなかったのですが、それでは行きましょう」
「はい、行きますよー」
そう言うとエミリアさんは少し先の扉の前まで進み、静かにその扉をノックした。
コンコンコン。
「――はい、どうぞ」
ノックの音に続いて、扉の向こうから男性の声が聞こえてきた。
落ち着き払った、聞いていて安心できる静かな声――
……そんなことを思っていると、エミリアさんが手招きしていることに気が付いた。
『行きますよー』みたいな感じだったので、『おっけー』っぽい感じで返しておく。
ガチャッ
「失礼します、大司祭様。ガルーナ村より、ただいま戻りました」
「……おお、エミリア! お帰り、ずいぶんと長旅をしてきたものだね。
おや、扉の向こうにいる方は――」
「はい。ガルーナ村で疫病に伏せっていた、錬金術師のアイナさんです」
「なんと! あの疫病から回復したのかね!? 何という奇跡だ……。
さぁさぁ、そんなところにおらず、部屋の中にどうぞお入りください!」
大司祭様はこちらに歩み出て、私たちを部屋の中に促してくれた。
「はじめまして、アイナ・バートランド・クリスティアと申します。
その節は大変ご迷惑をお掛けしました。
また、エミリアさんを私の看病のために残して頂きまして、本当にありがとうございます」
「これはご丁寧に、ありがとうございます。私はデリック・フラウ・ベネディクト・アディンセルと申します。
いや、エミリアがお役に立てたのなら、こちらとしても嬉しい限りです」
実際のところ、最終的には自分で薬を作って治したものの、そこに至るまでが大変だったからね。
エミリアさんの力が無ければ、薬を作ることができなかったのだから。
「お久し振りです、大司祭様」
「おお……これはこれは、ルークさんも!
そうか、そう言えばアイナさんの従者だと言っていましたね……。
またお会いできて、嬉しいです」
「私も嬉しいです。あのあと、エミリアさんのおかげでアイナ様の病を治すことができました。
私からも心より、大聖堂の皆様に感謝を申し上げます」
「ははは、エミリアが本当にお役に立てたようだ。
エミリア、私も今回の活躍をとても嬉しく思うよ」
「は、はい! ありがとうございます!」
これにてエミリアさんのミッションはコンプリート! ……って感じかな。
本当にお世話になりました。
「――それにしてもアイナさん。よくぞあの疫病を治すことができましたね?
私たちの薬や魔法ではどうしても治せなかったのですが、一体どうやって……」
「えーっと、それはですね……」
返事に困って、私はエミリアさんをちらっと見た。
エミリアさんは少し考えてから、大司祭様に話し掛ける。
「あの、大司祭様……。
これから見ることは、誰にも秘密……ということをお約束して頂きたいのですが……」
「うん? ……分かった、何を見せてくれるのかな?」
「えっと、アイナさん。
大司祭様はとても信用できる方なので、何かをバチッとお願いできますか?」
「別に構いませんけど……」
「バチッと? エミリア、それは一体……?」
話の流れからして、私が一瞬で何かを作るところを見せたいんだよね?
それじゃ、大司祭様の悪いところを治す薬でも作ってみようかな。
えぇっと、大司祭様の悪いところをかんてーっ。
──────────────────
【状態異常】
腰痛(小)、疲労(小)
──────────────────
……ふむ。重いものでは無いけど、地味にしんどいやつだね。
腰痛の薬はアドルフさんに作ってあげたことがあるし、それと同じもので大丈夫そうだ。
それじゃ、れんきーんっ。
バチッ
「――ッ!?」
いつもの音と共に、右手の上に液体の入った瓶が現れた。
「大司祭様、これは腰痛の薬になります。
よろしければどうぞ」
そう言いながら瓶を差し出すと、大司祭様は思わず手を伸ばして受け取ってくれた。
「こ、これは一体……?」
「大司祭様、アイナさんはその……とても凄い錬金術師でして。
効果の高い薬を、一瞬で作ることができるんです」
「一瞬で!? ……まさか、そんな……。
それで、この薬は――」
「大司祭様は腰痛をお持ちのようでしたので、それを治す薬を作ってみました」
「なんと……!?」
「ガルーナ村でも、このように疫病の薬をたくさん作って……そして、たくさんの人々を救ってくれたんです。
それ以外でも旅の途中で、怪我をした方や、腕の動かない方も治療してこられたんですよ」
「にわかに信じられないが……。
……それではこの薬、頂いてみよう」
そう言いながら、大司祭様は薬を一気に飲み干した。
一応、結果を鑑定しておこうかな。かんてーっ。
──────────────────
【状態異常】
疲労(中)
──────────────────
……うん、ばっちりだね。
「――おお、確かに痛みが消えた……。
これは凄い、何ということだ……」
大司祭様は宙を仰いだあと、目線を私の方に移した。
「なるほど、確かにこれは神の御業。
アイナさん、あなたは一体どういったお方なのでしょうか」
まっすぐな大司祭様の目。
圧されるような、吸い込まれてしまうような……このままだと、洗いざらい話してしまいそうだ。
恐るべし、偉い人の雰囲気……!
「えぇっと……。エミリアさん、これ以上は勘弁してくださーい」
大司祭様の眼力に耐え切れず、私はエミリアさんに助けを求めた。
「あっ、そうですね……。
アイナさん、あっちの話もしちゃって良いですか?」
そう言いながらエミリアさんは、両手の人差し指で、四角のラインを宙に描いた。
「あー、……あれですね。
えぇっと、エミリアさんが大丈夫だと思うなら、どうぞ」
「あの、大司祭様。実はアイナさんは――
……プラチナカードをお持ちなんです」
「な、なんと!?」
それを証明するために、私は鞄の中からプラチナカードを出して、遠目ながらに大司祭様に見せてみた。
「……た、確かに。
なるほど、それでは余計な詮索はするところではないな……。
しかしまさか、そのような方だとは……いや、恐れ入りました」
「いえ……、ご理解頂けて嬉しいです」
大司祭様クラスでも、プラチナカードはばっちり効果があるんだね。
本当に凄いカードだなぁ……。
「ところで大司祭様。
アイナさんはこれから、しばらく王都に滞在する予定なんです。
その間、わたしは引き続きアイナさんと行動を共にしても良いでしょうか」
「ふむ……。
エミリアが留守の間、ずいぶん仕事が溜まっているのだが――」
「そ、そうですよね……」
「ちなみに、レオノーラが全部代わりにやってくれているんだぞ?
会ったら礼を言っておくようにな」
「そ、そうだったんですか? あとで会う予定なので、そのときに……はい」
やっぱりレオノーラさんはツンデレだったんだね!
私はそんなことを能天気に考えていたが、大司祭様とエミリアさんとの間には、しばらく沈黙が続いていた。
「――……よし。
エミリアがアイナさんに同行することを許可しよう」
「えっ!? 本当に良いんですか?」
「うむ。私が今まで出会ってきた中でも、アイナさんのように素晴らしい力を持った方は見たことがない。
『強さ』に関して言えば英雄クラスの冒険者はいたし、『癒し』に関して言えば高名な聖職者はいた。
だが……多くの可能性を持った錬金術師としては、ここまでの方は初めてだ」
「はい、アイナさんは素晴らしい方です!」
「そんな方に付いていれば、学ぶこともたくさんあるだろう。
……それに、エミリアも以前より良い表情をするようになったしな」
「え? そ、そうですか?」
大司祭様の言葉に、エミリアさんは驚いていた。
確かにエミリアさんは、最初に会ったときよりも明るくなったような気はする。
……まぁ、食いしん坊キャラの方が板についてしまったけど。
「それではアイナさん。しばらくの間、エミリアのことをよろしくお願いします。
何か問題があれば、私の方に連絡してください」
「えへへ♪
それでは引き続き、よろしくお願いしますね!」
エミリアさんの笑顔が今日も可愛い。
またしばらく――
……王都を出るまでは良いのかな? その間はまだまだ、一緒に冒険が出来るってことだよね。
まずはひとつ、王都での第一歩目がスムーズに始められたっていうのは嬉しい限りだ。