テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
キッチンの床。
壁にもたれたまま、
翠はスマホを握りしめている。
通話は切れてる。
「あと10分で着くから」
桃の声が、まだ耳に残ってる。
大丈夫。
帰ってくる。
そう思った瞬間だった。
──ガンッ。
耳の奥で、鈍い音が鳴る。
誰もいないはずのキッチンなのに。
「……え?」
視界が、にじむ。
天井の白が、急に校舎裏の灰色に変わる。
足がすくむ。
呼吸が浅くなる。
背中が冷たい。
コンクリート。
違う。
ここは家。
でも、身体が聞かない。
──「お前バレたら終わりな?」
低い声が、脳内で再生される。
──「弟守るヒーローごっこ?笑」
笑い声。
足音。
囲まれる感覚。
翠はぎゅっと耳を塞ぐ。
「ちが……っ」
誰もいないのに、否定する。
胸が締め付けられる。
呼吸が吸えない。
──ドンッ。
身体が揺れる。
殴られた衝撃が、今さら戻ってくる。
「……っ、やだ」
床に視線を落とす。
キッチンのタイル。
でも、血が滲んで見える。
錯覚。
分かってるのに、消えない。
手が震える。
冷蔵庫のモーター音が、
あの日の笑い声に変わる。
「誰にもバラすんじゃねーぞ?」
「もっと泣けよ」
「さっさと謝れよ」
言葉が、刺さる。
翠は自分の首元を押さえる。
あの時ついた傷の感触が、蘇る。
「……俺、役に立ったのに」
守れたのに。
退学になったのに。
なのに、どうして。
どうしてまだ、怖い?
息がうまく吸えない。
視界が狭まる。
身体が固まる。
玄関の外で、車が止まる音。
でも、それすら現実か分からない。
玄関のドアが開く音がした。
その音に、びくっと肩が跳ねる翠。
リビングの床に座り込んだまま、呼吸が浅い。
視線はどこも見てない。
過去を見てる。
「翠!!」
桃の声。
その瞬間、足音が走る。
桃はリビングに飛び込んで、
床に崩れている翠を見た瞬間、顔色が変わる。
「……っ、翠、聞こえる?
桃にぃだよ。帰ってきた」
震えそうになる声を無理やり押さえながら、
しゃがんで肩に触れる。
翠の体、冷えてるのに汗でじっとりしてる。
「……桃、にぃ……」
焦点が合わない目。
呼吸、速い。
「大丈夫、大丈夫。今は家、誰もいない」
桃がゆっくり背中をさする。
「息、俺に合わせられる?
吸って……吐いて……そう、ゆっくりでいいよ」
震える翠の肩を抱き寄せる。
その時、また玄関が開く音。
バタバタと足音。
「桃にぃ!」
茈。
「……間に合ったか」
茈は息を切らしながら入ってきて、
状況を一瞬で把握する。
「フラッシュバック?」
「多分。結構深そう」
桃は翠を抱え直す。
「翠、俺もいる」
茈が翠の前にしゃがむ。
声は落ち着いてる。
でも指先は白くなるくらい握られてる。
「今、何が見えてる」
翠は小さく首を振る。
「……声、聞こえる……」
「誰の」
「……笑ってる……」
胸が締め付けられる。
桃が翠を抱きしめる力を少し強める。
「今ここには俺と茈しかいないよ」
茈が、翠の手を握る。
「触って。俺の手。今ここ」
翠はゆっくり、茈の手を握る。
震えてる。
「……茈、にぃ……?」
「いる。ちゃんといる」
「桃にぃも」
「いるよ。離れない」
翠の呼吸が、少しずつ、
ほんの少しずつ、現実に戻ってくる。
茈が目で桃に合図する。
桃は頷く。
「翠、横になろう。俺が抱えてく」
「……ごめ……」
「謝るの禁止な」
即答。
茈も静かに言う。
「謝る理由ない」
桃が翠を抱き上げる。
軽い。
軽すぎる。
胸が痛む。
ソファに横たえ、毛布をかける。
茈が水を持ってくる。
「少しだけ飲めるか」
翠はコップを両手で持つけど、まだ震えてる。
桃が支える。
「ゆっくりでいい」
ひとくち。
それだけで、翠の目から涙が落ちる。
「……こわかった……」
小さい声。
桃と茈、同時に目を閉じる。
「もう一人にしない」
桃が言う。
重い。強い。
「予定なんかどうでもよかった」
「俺も。もっと早く来れた」
茈の声は低い。
翠は首を振る。
「……俺が、弱いだけ……」
「違う」
桃即答。
「強いから今まで立ってただけだ」
茈も続ける。
「壊れなかったのが異常だった」
翠は目を閉じる。
「……役に立とうと、しただけ……」
「もうそれしなくていい」
桃が額に軽く触れる。
「役に立たなくていい」
茈が言う。
「いるだけでいい」
沈黙。
でも今の沈黙は、地獄じゃない。
あたたかい。
翠の呼吸が、やっと普通のリズムに戻る。
「……そばに、いて」
小さな声。
桃は笑う。
少し泣きそうな顔で。
「当たり前」
茈も静かに頷く。
「今日は離れない」
翠はゆっくり目を閉じる。
今度は逃げる眠りじゃない。
安心して落ちる眠り。
桃はその寝顔を見ながら、低く言う。
「俺、もっと守る」
茈は静かに返す。
「守るだけじゃ足りない。支える」
ふたりの兄は、同時に同じ方向を見る。
“もう二度と一人にしない”
その決意だけが、静かに強く、そこにあった。
コメント
1件
ああ、これはもう……胸が締め付けられました。翠くんのフラッシュバックの描写が本当に生々しくて、こちらまで息が苦しくなりました。でも、そこに駆けつけた桃さんと茈さんの「謝るな」「いるだけでいい」という言葉が、じんわり沁みましたね。役に立たなくていい、って言える兄がいるって、どれだけ救いだろう。安心して眠れるラストに、ほっと涙が出そうになりました。こはゆさん、繊細な心情をありがとうございます。
天羽(そらは)🍭💚❣️🌸
5,563
るななっち
1,188
7,104
#奇病パロ
Rea(リア)🍏💚
32,468