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むかしむかし、あるところにフラン・ラルムという大変美しく、勇敢で真っ直ぐなお姫様がいました。彼女の笑顔は、誰もが幸せになる魔法だと言われ、国民に愛されていたのです。
「いい加減にして!
こんな事も理解出来ないの?もう貴方しかいないのに。貴方は私の生きがいよ、しっかりして」
ですが、時間が経つにつれて彼女の笑顔は偽りのものと変わってしまったのです。
フランが10歳になった頃、父であるアイルが病で急死しました。それから、母のカトリーナは変わってしまい、フランを支配するようになりました。優しかったカトリーナは、フランに声を荒らげ、暴力を振るっていたのです。
「どうして私を縛るの?」
この国を現在統制しているのはカトリーナでした。アイルが亡くなってから7年が経ちました。フランが結婚をしなければ後継者は現れません。しかし、身寄りのいないカトリーナは、フランが誰かと結ばれて離れてしまうのが怖かったのです。
「貴方は私の物よ。結婚なんてさせないわ。
政治など、私や貴方がやればいい」
「そうしたら、この国は滅びるわ。
後継のいない国など、終わりよ」
カトリーナは思い切りフランを叩き、部屋から出ていってしまいました。国民から愛されていたフランは、好きに生きることができなくなっていたのです。
「フラン様…大丈夫ですか?」
そんなフランの支えは、メイドであるアリスでした。アイルが亡くなって直ぐに配属されたアリスは、フランに寄り添ってきました。
「…アリス、大丈夫だよ」
「フラン様、今日は特別な日にしませんか?」
アリスは、フランに白いレースの、綺麗な花柄のドレスを渡しました。
「…これは?」
「今夜、この城を抜けましょう。
私がフラン様に幸せを贈りたいのです」
その夜は満月でした。アリスは、カトリーナの目を盗んでフランを城の外へと連れ出しました。そこはとてもいい香りのする、大きな大きなガーデンでした。
「…ここは?」
「アイリスの花畑です。フラン様に、お似合いだなと思って」
「アイリス…?」
「フラン様には希望を持って生きて欲しい、そう思ってます。…これを」
アリスは、つけていた美しいサファイアのネックレスを彼女に贈りました。
「綺麗…いいの?」
「お守りです、私は貴方の傍にいつもいますよ」
「言われなくたって、いつも一緒でしょ」
そのサファイアは、フランの胸元でそっと輝いていました。
「いい香り、ここまた来たいな」
「行きましょう、何時でも連れて行きますよ」
「ありがとう、アリス。アリスとの時間は私の幸せだよ。アリスは、いつも温かい時間をくれる」
部屋に戻ったフランは、久しぶりに幸せな気持ちで眠りについたのです。
しかし、そんな幸せは一瞬で過ぎ去りました。
とてつもなく大きな物音で目が覚めたフランは、音の聞こえたキッチンへと向かいました。すると、カトリーナは血の着いた果物ナイフを持って立ち尽くしていたのです。
「…お母様?」
カトリーナの目の前には、青白くなったアリスがいました。
「…え、どうして?
何故そんなことをしたの?アリス…!!!」
「貴方が悪いのよ。私の前では少しも表情を変えないくせに、こいつの前では凄く幸せそうで。私の方が貴方を知っているし、貴方を愛しているのに」
「おかしいよ…こんなの」
フランは慌ててアリスに近づきましたが、もう遅かったのです。冷たいアリスの手にはアイリスの花びらが握られていました。
「…アリス!!!!!」
その声が届くことは、なかったのです。
フランはカトリーナを遮って、白いレースのドレスを身に纏い、城の外へ向かいました。
「…生まれてこなければよかったのよ」
青く、雲ひとつない空を見てフランはそう言いました。甘く、優しい香りに包まれた彼女はある決意をするのです。
付近を彷徨っていると、割れたティーカップが落ちているのを見つけました。フランはその破片を持ってガーデンへ行きました。
「…もっと幸せに生きたかったな」
その破片を首元へ突き刺そうとした時、低くて優しい声が聞こえました。
「美しいサファイアですね」
「誰…?」
彼はフランの持つ破片を、そっと取り上げ、微笑みました。その瞳は美しいもので、こんなにも綺麗な人に出会ったのは初めてだとフランは驚きました。
「花冠、一緒に作りませんか?」
彼の手先は器用で、アイリスの花冠は直ぐに出来上がりました。
「差し上げます、お姫様」
「…ありがとう」
水たまりに映る自分の姿を見たフランは静かに彼にそう言いました。
「お名前は?」
「レオです、レオ・ブラァーヴと申します」
「レオ、どうして私を助けてくれたの…?」
「貴方は国民を幸せにする魔法使いですから」
「…それは、昔の話なんだけどね」
「そうですか。
ですが、今の貴方も素敵ですよ」
何処か心地の良いこの空間は、フランの傷ついた心を癒しました。ただ会話を交わしただけなのに、胸元にあるお守りと共に生きていこうと自然に思えたのです。そして、もっとレオを知りたいと思いました。
「レオ、私のお友達になってよ」
「喜んで」
こうしてレオとフランは出会いました。
それから2人は毎週土曜日の13時にガーデンに待ち合わせをしました。アイリスの花冠を作っては、談笑をする2時間が幸せだったのです。
しかし、そんな幸せも直ぐに去ってしまいました。
フランが城を抜け出そうとした11回目の土曜日のことです。
「フラン、何をしているの?」
「あ、お母様…」
「貴方、私にバレてないとでも思った?
毎週土曜日の昼過ぎ、コソコソと何してるかと思えば男と会ってる。あのメイドが死んだのも貴方の責任なのに、反省も何も無いのね」
カトリーナはそう言って、フランを突き飛ばしました。その時です。フランは近くにあったアンティークのフォークをカトリーナの足に突き刺しました。
「いたっ…!何す…」
「貴方を母だと認識したのは、7年前が最後よ。
貴方を母だとはもう思いたくない」
フランはそう言って、城の外へ行ってしまいました。いつも通り待っていたレオは、腕に大きな傷が出来ているフランを見て驚きました。何があったのかと聞いても、彼女は答えません。
「…私を、遠いどこかへ連れて行って欲しい」
レオを真っ直ぐ見つめながら、フランはそう言いました。
それからというもの、レオとフランは沢山の場所へ行きました。街中の商店街で美味しいフルーツを丸かじりしたり、満天の星を見に行ったり、ガーデンよりも広い花畑でたくさんの花冠を作ったりと、1週間があっという間に過ぎてしまいました。
「サファイアが霞んでる」
「サファイアは、太陽に弱いんだ。けれど、この色も美しいよ」
「そうだね、綺麗だね」
星空の下で、ただ2人だけがこの世界にいるような空間が広がっていました。
「…私ね、大切な友人を亡くしたの。
父が死んでから、変わり果てた母に何度も何度も傷つけられたけど、アリスがいたからここまで来れた。なのに、母がアリスを殺したの。終いには、貴方と会っていることもバレて、閉じ込められそうになった」
息継ぎもせず、そう言い切ったフランは不安そうにレオを見つめました。フランは、恋をしてしまったのです。父を亡くし、優しかった母は消え、心の支えだったアリスを殺されたフランは、大切なレオを失うのが、怖くて堪らなかったのです。気がついたら涙が溢れてしまっていて、慌ててフランは笑いました。
「…ごめん、忘れて」
レオは、そっとフランの涙を拭ってこう言いました。
「僕が、フランにかけられた呪いを解くよ」
「呪い…?」
「フランが__」
その瞬間、激しい音が聞こえました。馬が走る音、男性達の声が2人に近づきます。
「…逃げよう、フラン」
2人は、更に遠くを目指しました。しかし、そんなに人生は上手く行きません。兵士に捕らえられてしまった2人は、城へと連れて行かれました。
少しの間気を失っていたフランが目を覚ますと、目の前にいたのはカトリーナでした。
「…なんで!!!!!」
「フラン、久しぶりね。探してたのよ?」
「彼はどこにいるの?」
「あー、あの王子様?」
「王子様?彼は王子じゃ…」
「何も知らないのね、貴方は」
レオは隣国の王子様だったのです。父親の外交の付き添いで来ていたレオは、フランを見つけ、そして出会いました。カトリーナは、哀れむようにフランを見ては、レオのいる場所を指しました。
そこに居たのは、血に塗れ、意識のないレオでした。
「レオ…!!!何をしたの?」
拘束されたフランは、何とか解こうとしますがフランの力では無理でした。
「殺してないわよ、今は。貴方の前で、彼の息を止めようと思ってたの。この間のお仕置よ?」
「…やめてよもう」
カトリーナの笑みは、悪魔のようでした。鋭く、光沢の増した剣を持ったカトリーナは、そのままレオに近づき、突き刺そうとしました。
「待って…!!!」
フランは、1つ思いついたのです。大切な人を失わない方法を。
「この間のこと、本当に悪かったと思ってる。
あの日は言い過ぎたわ、お母様。ごめんなさい」
「…本当にそう思っているなら、貴方の手で彼を殺しなさいよ」
「…ええ、分かったわ」
拘束が解けたフランは、重い剣を受け取り、レオに向けました。その顔は濁りなく、覚悟を決めたようでした。
「…フラン、僕は大丈夫だよ」
目を覚ましていたレオの声が聞こえた途端、フランは静かに言いました。
「貴方に出逢えて良かった」
そして、自分の腹に剣を刺したのです。彼女の覚悟とは、レオを殺す覚悟ではなく、自分を殺す覚悟でした。母親の操り方など、もうとっくに理解していたのです。
「何してるのよ…!!!!
これじゃ、これじゃ私は独りになってしまうじゃない…!!!貴方を愛しているのに…失いたくないわ」
「それは、愛なんかじゃない。本当に愛していたのなら、彼女の幸せを願うべきでした」
レオはそう言って足を引きずりながら、血に塗れたフランを抱き上げ、あのガーデンへと行きました。
「…レオ、お願いしたいことがあるの」
「なんでも聞くよ、どうかしたの?」
「生まれ変わったら、貴方のお姫様にしてくれる?
私ね、あなたが好きで、失うのが…怖かった」
「僕も、好きだよフラン。
君と、共に生きていたかった。なのにどうして…!」
「…レオに出会わなければ、もう少し早くこうなってたのよ」
レオがフランに街で贈った桃色の華やかなドレスは、やがて真っ赤に染まり、フランの綺麗な唇は青紫色に変化していきました。
「やくそく…だからね」
フランはそう言って、小指を差し出しました。レオは小さなフランの小指に自分の小指を絡めました。
「…レオは私の未来の王子様なんだね」
幸せそうに笑い、フランは目を閉じました。
それからこの話は街中に広がり、フランに付けられた名前は、”指切り姫”でした。
その後、カトリーナは国民に批判され死刑となりました。隣国と合併されたこの国は、フランと名付けられたそうです。レオは、王となり国中にアイリスの花を咲かせました。
しかし、彼は誰とも結婚せず、弟に王の座を譲り、最後は孤独に死んでいったそうです。
強くて、真っ直ぐなお姫様は優しくて美しい王子様に恋をしました。
生まれ変わったフランは、レオのお姫様になれているのでしょうか?
それはまた、いつかのお話で。
コメント
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第0章「指切り姫」、一気に読んじゃいました。童話のような美しい語り口なのに、フランの置かれた状況の重さがひしひしと伝わってきて、胸がぎゅっとなりました。アリスの優しさ、レオとの出会い、どれもが暖かくて、だからこそ最後の指切りのシーンが切なくて…。サファイアのネックレスやアイリスの花冠などの小物の使い方がとても綺麗で、物語の世界に引き込まれました。続きが気になります!