ケーニライヒ王都学校には、特別な遠征がある。
学校の部活に騎士科や魔術科があるように、都市の外には普通に魔獣がいて、中々スリリングな世界となっている。
冒険者なども普通にいて、攻略対象男子の中にも冒険者に片足を突っ込んでいる子もいたりする。
遠征授業は、聖女の泉と呼ばれる、かつての聖女が浄化した神聖な泉へと行く。泉のそばには祠があって、そこで触れた者が聖女かどうかを判定する光の壁がある。
優秀な若者を集めたケーニライヒ王都学校は、この聖女を見つけ出すのも存在の理由のひとつであり、生徒に触れさせて聖女はいないか確かめるのである。
乙女ゲーム『赤毛の聖女』におけるヒロイン、メアリーが聖女として認められるイベントであり、こちらの世界でも同様の手法が取られている。
聖女を探すなら、一定年齢の少女全員に触れさせて確かめればいいのに、と思うのだが、ゲームでの設定を引きずっているこの世界では、そうはならないらしい。
「まあ、生まれながらの聖女ばかりじゃないらしいから」
アッシュが馬上からそう言った。
私は普段のドレスではなく、騎士に準じた装備をまとい、こちらも馬で移動している。私たち上級生は、一年生の護衛として参加している。
卒業を控えての実戦演習も兼ねているから、騎士科などははりきっている。
「一度目は無反応でも、二度目をやったら聖女だと判明した例もあるらしい。アイリスもどう?」
「私? 別に聖女に興味などないわ」
「でも、参加しているよね?」
アッシュは食い下がった。
「もしかしたらチャンスがあると思ってないか?」
「王子殿下が参加されているのよ? 私も出ないわけにはいかないじゃない」
貴族生徒の半数近くは、なんやかんや理由をつけてこの遠征授業を避けて留守番をしていたりする。
全員が全員戦う教育を受けているわけではなく、『疲れる』授業を受けても、今後に影響しないと言い切る者もいるのだ。
私だって、本当は学校で留守番していても文句言われない立場ではあるのだけれどね。……ただ、今回の一年生の参加者にはメアリーがいる。彼女必須のイベントだから、当然ではあるのだけれど、同時に荒事が起こるのも確定しているイベントでもある。守ってあげないとね。
「そう言うアッシュは? あなたは騎士科でも魔術科でもないし、参加しなくてもよかったんじゃない?」
「俺が参加している理由は知っているくせに」
「どうかしら? わからないわ」
王子の護衛でしょ。もちろん知っているわ。
「意地悪」
アッシュは周囲へと視線を向けた。
聖女の泉への道中警戒は、上級生のお仕事だ。もちろん教官もいるし、数えるほどではあるが護衛の兵士もついている。
私は後ろを確認する。一年生を乗せた馬車が数台あって、その周りに騎馬や徒歩移動の武装生徒たちがいる。
騎士科のレヒトや、魔術科のメランも同行している。
ヴァイス王子も白馬に乗って、一台の馬車のそばにいる。……その馬車にメアリーが乗っているのだろう。……わかりやすい。
「前方に狼ー!」
先頭集団から報告の声が聞こえた。
緊張が走ったのも一瞬、授業の監督をするメントル教官がレヒトを見た。
「騎士科で蹴散らすか?」
「はっ、お任せあれ!」
レヒトが三騎を連れて前方へと駆けていった。……まあ、その程度の敵ということね。
私は護衛の位置を崩すことなく、そのまま前進を続けた。
やがて、聖女の泉へと一団は到着した。
「どういうことだ……」
メントル教官は、その厳つい顔をしかめていた。
がっちりした体格の持ち主である教官は、まさに強者の戦士という風貌で、こうした野外での行軍などでは存在自体が頼もしく感じる。
そんな彼が顔をしかめていると、ただでさえ近寄りがたいのだが、そうなるのも無理はないと私は思った。
聖女の泉に到着して、祠の近くでキャンプを設営したのもつかの間、やたらと魔獣が現れて、現在防衛戦を展開中なのだ。
「一年は、祠の中に退避しろ!」
メントル教官は、剣を手に怒鳴った。
「三年は兵たちと、祠の前で防衛線を敷く! ヴァイス殿下、祠へお下がりください!」
「馬鹿な! 俺も戦うぞ!」
護衛という名目でこの授業に参加したヴァイス王子である。外出する王子の専属護衛が三人ついていて、さらに自身も軽装備ながら鎧や剣を持っている。
「皆が戦っているのに、王族である俺が下がるわけにはいかん!」
高貴なる者は率先して事にあたらなくてはならない。ノブリス・オブリージュ。貴族や王族は特権があるのだから、その分、戦場で戦う義務がある、というやつだ。
その観点で言えば、私も武装している以上、戦わなくていけない。……いやもう、戦う気満々なんですけどね。
「殿下、一年を守る者が不足しております! 殿下は彼らをお守りください!」
メントル教官は、できるだけ王子を傷つけないよう、さりげなく後方へ下げようとする判断を下した。しかし、それでは賢い王子様には――
「そちらは別の者をあてろ。……そうだ、アイリス! 一年生たちを頼む!」
あらら、こっちへ一年のお守りがきてしまったわ。私が女で、侯爵令嬢だから、後ろに下げておこうという、レディファースト的なご判断かしら?
ああ、このパターンか。まあいい。
「承知いたしました、殿下!」
「アイリス様、ここは我らにお任せを!」
レヒトが騎士らしく言えば、メランも。
「我々で、敵を蹴散らして御覧に入れます!」
皆、やる気を出しているのは嬉しいけれど、それ王子様に言ってあげてー。一番守らなければいけないのは、王族でしょー!
「殿下から目を離さないで! 絶対お守りするのよ!」
「ハッ、アイリス様!」
私は後方、祠の前へと移動する。私が最終防衛ラインよ! ということで、野郎ども、頑張って、魔物の群れをやっつけてね!
ということで、教官や王都の兵と共に三年の武装している生徒たちが、魔物の群れと交戦する。
気合いの声。
魔物の咆哮。
悲鳴、怒号。さまざまなものが混ざり合い、混沌と化す。
敵は狼に、ゴブリン。イノシシもいる。中々数が多い。
……さて、この状況はパターン3。そろそろヴァイス王子が――
「下がれ! 殿下がご負傷されたー!」
王子負傷のパターンだ。絶対大丈夫なお守りはどうしたのよ?
私がいる祠の前に、腹部から血を流しているヴァイス王子が、アッシュと近衛騎士に支えられてきた。
「祠の中へ!」
私は彼らに叫んだ。さあ、イベントの始まりよ!